後輩(♂)が美少女になって困っている件 中編

 術の行使は終わった。俺は妙な感じが無いかどうか、目の前にいる雷獣の若者に問いかけた。少女の姿に変化していたから梅園六花と名乗っていたけれど、今の彼は普段通り雷園寺雪羽と呼んでも構わないだろう。

 六花は、いや雷園寺はそれこそ狐につままれたような表情で俺を見つめていた。しかしややあってから視線をおのれの胸元や手許に向ける。両手を見つめながら握ったり開いたりを繰り返してもいた。

 それからやにわに顔を上げる。その面は驚きと笑みで彩られていた。


「凄いっすね先輩! まさか、変化術に変化術を重ねて普段の姿に戻してくれるなんて」


 興奮気味に語る雷園寺の声は、普段通りの男子の声色である。俺は軽く微笑みつつ息を吐いた。若干妖力を消耗したためか、ため息みたいになってしまったけれど。

 少女の姿になった雷園寺を元に戻す。その方法として俺は変化術を応用してみたのだ。つまるところ、自分の力で変化している最中の雷園寺に、俺が更に変化術をかけるという物だった。チビ狐とかチビ雷獣を変化術で顕現させて二人でモフモフしている間に思いついた事だった。変化術は自分の姿を変化させるものだと思いがちだが、自分以外の物品を変化させる事も出来るわけである。

 とはいえ生きている対象に、生身の妖怪に大々的に変化術をかけたのは初めての事だった。普段の姿を再現できるか、雷園寺自身に違和感や負担は無いか。内心あれこれ心配してはいたものの、それらは杞憂だったのかもしれない。雷園寺は普段の姿に戻った事を無邪気に喜んでいるし、特にしんどそうな様子もないからだ。

 余談だが俺が「普段の雷園寺雪羽の姿」として変化術をかけたのは首から下の部分に相当する。もちろん首から上も変化術を使っても良かったのだろうが、梅園六花としての顔も本来の顔とさほど変わらない感じだったから敢えて変化術は使わなかった。顔の造形は変化術の中でも割合難しい。自分の容貌に自信のある雷園寺の事であるから、俺が変に再現しても気の毒だと思ったのだ。

 なので今の彼の顔は梅園六花という少女として変化した時の顔そのままなのであるが、思っていた以上に違和感は無い。雷園寺の面立ち自身がやや中性的な事と、変化の際にやたらと元の面影のイメージを残そうとしていたのが功を奏したのかもしれない。


「まぁともあれ良かったぜ。ひとまずはその姿を維持し続けて、自分の変化術が解けるのを待てば良いんじゃないかな。良かったな雷園寺君。紅藤様の手を煩わせずに問題が解決したぞ」

「ほんまやな」


 経緯はさておき普段の姿に戻った――厳密には戻ったのとは違うが、ややこしいので便宜上そう言う事にしよう――雷園寺は、俺に対して無邪気な笑みを見せている。俺も彼を見ながら笑っていた。もちろん雷園寺が喜んでいる事が嬉しかったというのもあるにはある。しかしそれ以外に自分の変化が思った以上に応用力がある事、師範である紅藤様に頼るまでもなく問題解決出来た事を思うと笑いが止まらなかった。

 仔狐扱いされる事には慣れてはいる。だがそれでも、自分の出来る事が明らかになるのは嬉しかった。


「それじゃあ俺はこの後どうしようかな。折角だから先輩と遊ぶのも面白そうだけど、先輩のこれからの予定は?」


 雷園寺は腰を上げて立ち上がり、何処か物欲しげな眼差しを俺に向けた。休みの日という事もあり、俺と遊ぶという選択肢があるのが何と言うか彼らしい。用事が済んだから帰るとでも言いだすと思っていたのだが。

 そんな事を思っていた丁度その時、雷園寺の姿に異変が生じた。彼の姿の輪郭がぼやけ、揺らいでいったのだ。こいつはまずい。そう思った時にはもう遅く、雷園寺雪羽の姿は梅園六花と名乗る少女のそれに戻ってしまっていたのだ。


「…………」

「…………」


 無言で視線を交わす俺たちの間には、気まずすぎてため息すら出てこなかった。



「雷園寺君は少し妖力の循環が滞っているみたいね。それで今回の症状が出てしまったと思うわ」


 紅藤様は俺たちに視線を配りながらそう言った。落ち着いた物腰は崩していない。あの後俺たちは出来そうな事をやってみて変化術を解こうと試みた。しかし俺たちの力ではどうにもならなかったので、紅藤様の許を訪れたのだ。元々萩尾丸先輩から連絡でも入っていたのだろう。梅園六花という少女の姿をした雷園寺を見ても紅藤様は特段驚きはしなかった。むしろ休日なのにナチュラルに研究センター事務所に詰めている紅藤様に対して俺たちが驚いたくらいだ。


「それって大丈夫なんですか?」


 声を上げていたのは俺の方だった。雷園寺は何も言わない。俯いて恥じ入るような表情でおのれの身を隠そうとしているだけだった。あんまり女子変化を嗜んでいないからやはり恥ずかしいのだろう。俺も昔はそんな気持ちを持っていたような気もする。

 しかし若き日の事に思いを馳せている場合ではない。いち同僚として雷園寺の容態の方が気になった。もしかしたら、紅藤様の前で妙にしおらしいのも体調が悪いからなのかもしれないし。

 あれこれ考える俺に対し、紅藤様は静かに微笑んでいた。


「生命にかかわるか否かという意味あいでは大丈夫と捉えても大丈夫よ。そもそも大丈夫でなければ、萩尾丸もわざわざ雷園寺君を島崎君の所に送り込むなんて悠長な事はしないでしょうし。ただ……本調子ではない事には変わりありませんが」


 確かにその通りかも。紅藤様と雷園寺を交互に見ながら俺は密かに思った。萩尾丸先輩はおイタが過ぎた雷園寺を手許で引き取って再教育を行っている。しかし世話係として、彼の体調管理も担っていた。かつては雷園寺の心身の調子を慮り、正式な保護者である三國さんの許に静養させる事さえ行っていたお方だ。本当に雷園寺の体調が悪ければ、それこそ有無を言わさず紅藤様か三國さんの所に彼を送り込んでいただろう。

 妖気の循環が滞っているのは、やはりストレスや疲労の蓄積が原因であろうと紅藤様は仰っていた。


「雷園寺君だけじゃなくて島崎君もだけど、ここしばらくの間色々と立て込んでいて大変だったでしょう。意識下では普段通りと思っているかもしれないけれど、身体には疲れが溜まっていたんじゃあないかしら」

「確かに仰る通りですね、紅藤様」


 雷園寺はここでようやく顔を上げた。緊張の余韻が残っているのか、火照ったように頬が紅潮している。しかし物言いや表情は既に凛としたものだった。俺は少しだけ気後れしてしまったが、次の瞬間には気安い笑みをその面に浮かべていた。


「ただでさえ生誕祭がある時期なので、それだけでも幹部の皆様もそれに付き従う妖たちもピリピリしてますもんね。しかも今年の夏は、泊りがけの出張もありましたし。しかも、資料を作っても作っても萩尾丸さんは僕たちにダメ出しばっかりしてたんですよ。そりゃあ疲れますよ」


 生誕祭の後に泊りがけの出張。ダメ押しとばかりに萩尾丸先輩の横暴な態度。雷園寺はこうした事を直近のイベントとして並べ立てていた。

 紅藤様はその話に耳を傾けていたが、何故か首を振ったのだ。


「雷園寺君はそれだけじゃあないでしょ。この前のお盆休みに、大阪にある雷園寺家にも足を運んだんでしょ。三國さんたちや萩尾丸と一緒に」


 雷園寺家に足を運んだ。思いがけない言葉に俺は目を瞠った。俺の知らない話だったからだ。確かに雷園寺は「久しぶりに本家の弟妹達に会えたぜ。いやはや当主候補の異母弟が甘えん坊で困ったけどなぁ」みたいな事を話してはいた。しかしまさかそんな事だったとは。

 当主の座を目指す雷園寺ではあるが、そもそも彼は雷園寺家から放逐され、叔父である三國さんに引き取られたという経緯を抱えている。本家での思惑はさておき、雷園寺家の面々と顔を合わせるのは相当なプレッシャーがあるだろう。

 そりゃあストレスも溜まるし妖気の循環も滞るはずだ。俺は一人腑に落ちていた。もっともそれは口には出さないけれど。口に出したら最後、雷園寺が平気だと強がる恐れがあるからだ。雷園寺はそう言う所があるのを俺はよく知っている。

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