ハード・アンド・ドライ

思えば、懐中電灯のひとつも使っていないのに、夜の闇の中を視認できている。無論暗くはあるが、決して覚束ないわけではない。

嗅覚だけでなく、視覚も強化されているのか。昨日はいろいろなことがありすぎて考える暇もなかったが、山の中でも様々な音がしていた気がする。蛇の這う音、鳥が枝を掴む音、猪の蹄が土を抉る音。そして今朝も同じように、様々な音が耳に飛び込んできた。違うのは、山よりもずっと不快な音が多かったということ。鬱陶しい、と思った瞬間止んだので気のせいかとも思ったが───俺が不快に思えば無意識的に制御できるのだろう。俺の耳も御多分に洩れず、そこらのノイズキャンセリングイヤホンよりも高性能になったらしい。


少しだけ、ほんの少しだけ、俺はこの体のことが好きになった気がした。愛情というウェットなものでなく、利便性でのドライな面から、だが。




廃工場という話であったが…巨大な金属の戸はピッタリと、俺達を入らせるような隙間すらも残していなかった。

ふん、と俺が力を入れて動かそうと微動だにせず。ガタガタと、そう言った揺れも軋みもない。何か固定されているような、そういった類の感覚がした。

試しに蹴りを入れてみたが、金属特有の低く響くような音がしたのみ。揺れるということは一切なく。


ぼーん、ぼーん、ぼーん

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