クスクス笑いと優しさ

はぁ、とひとしきり笑ったのち、じゃあ行こ、夜遅くなっちゃうから。とまた歩き出す菊原。

一歩、二歩、と歩いたところで、また菊原は足を止める。

ちょうど街灯の下。電柱にはたくさんの虫が引っ付いていた。


菊原は闇の中にいた。コートの赤色だけがぼう、と夜の中に浮かび上がっている。


「あのさ、天見くん。変なこと聞くけど、いい?」


先ほどの愉しさはどこにも感じさせない、やけに落ち着いた声。こちらは振り返らないので、どんな表情なのかわからない。


いいけど、と答えると、


「昨日私の家、来たんだよね」

俺の返答を待たず、菊原は続ける。

「なんで来たの?私が君を殺しかけたのは覚えてるってのに」


「来ちゃまずかったのか?しかも殺したのは俺だから。行かなきゃ…って思っただけだ。あと、俺のことを知りたかったから、かな。結局よくわかんなかったが」



菊原の意図が読めない。何を確かめようとしているのか。声からは何も読み取れないのだ。

俺は初めて菊原が、自らの中身、実情を隠すことに長けているのに気付いた。

あの笑いも、一体どこまでが本当なのだろうか。


「そっか。天見くんは優しいんだね」


首を捻るようにしてこちらを見上げるように菊原が振り向き、くすり、と目を細める。

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