デコピンと火事場

唇に人差し指を当て、菊原は言う。整った顔に自覚的なのだ。この仕草をするということは。


それでも腹が立ったので、一発のデコピンで済ませておいた。いでっ、と濁った声を出して蹲る菊原。

それを見下ろしながら、俺は「帰るからな」とバッグを担ぐ。


「ま、待って!ちょ、話があるから!」

「何だよ」


赤くなった額を抑えながら立ち上がる菊原。


「君さ、火事が起きたっていう工場、知ってる?」


言うまでもない。小さい街だ。ちょっとした事件でも騒ぎになると言うのに、火事なんか起きれば一週間はずっと語り草になる。


「それさ、私がやったんだよね」


なるほど、こいつは殺人だけでなく放火まで起こしていたのか。ツネアキの話ではヤクザだと言うことだったが、まさかこんなに犯人が近くにいたとは。だけどこいつならやりかねない。心からそう感じた。


もう、拳すら握る気になれない。呆れるということはここまで力が抜けることだったのか。


「で、それがどうしたんだ?オマエが罪を告白するなんて、どうせなんかあるんだろ?」

「ありゃ、バレた?いやぁ、付き合いらしい付き合いなんて今日が初めてなのに。やっぱり命のやりとりって絆が深まるんだね」

「いいから。さっさと言え」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る