生存の意志

ふらり、と足元を乱す。先程とは違い、もう踏ん張りは効かない。天見の方は倒れてはいるが、怪我は無いようだ。よかった、という安堵と共に、こちらの視界が狭まる。


ダメだ、私は死んではいけない。死ぬわけにはいかないのだ。“天見ナノヤを化け物にしたまま”で終われるか。


これ以上、自分のせいで人が苦しむのは見たくない。そのために、自分は死のうとしていたというのに。そして今、生きなくてはいけなくなったというのに。


いつの間にか、自分は血だまりの中に倒れていた。ポケットから溢れた携帯電話の着信が鳴る。朦朧としながら通話を始め───



そこで、百年ぶりに彼女の意識は途切れたのだった。




首筋が、寒い。俺はやけに重い体で起き上がる。辺りには見覚えのある建物があって、そして俺の寝ていたのは地面である。


頬にくっついた砂を払い落とし、はて、俺はなぜここに、と回らない頭で数秒考えた。

目の焦点が合ってきて、そして五感が本格的に働き始め───

濃い、血の匂いがした。その匂いのもとはすぐにわかった。俺の横だ。


そこには、菊原桐李が、うつ伏せで血溜まりの中にいた。手元にはバッテリー切れかけのスマートフォンが転がっている。赤みがかった髪の毛先には血が染み込んで固まっていた。


「菊原、おい、何があった?おい」


俺は菊原をひっくり返す。心臓が止まっているならばそれなりの対応を、と思ったからだ。

顔には血の気がなく、青白くて首も据わっていない。


その首には手のひらほどの大きさの血痕がこびりついていた。血痕は重力に従い、下に垂れたようで、それを思わず目で追う。


そして、彼女の薄い胸、心臓のちょうど上にあるそこには、四つの穴が空いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る