殺意の獣

彼の足が動いた。蹴り上げられた砂粒が落ちるよりも速く、彼の爪はこちらの皮膚を突き刺した。いつの間にか獣のように尖ったその爪は赤黒く染まり、あの忌まわしいエネルギーはそこに凝集している。腕を刺され、手のひらを削がれ、首の皮を破られる。


幸い深くはなかったが、こちらもできる限りの回避をしたのである。しかし彼は


「合わせてきたね…!めちゃくちゃに腕振ってるんじゃなくて、私の回避行動を追ってる」


空中で拳と爪を打ち合ったのち、先に着地をしたのはこちらだった。かがみ込み、彼の着地と共に大きな一撃を放とうと構えるが───しかしあちらは体をくるりと縦回転させる。

危険を察知し飛び退いた桐李。その足跡が爪痕で上書きされるのは殆ど同時であった。


そのまましなやかに柔らかに両手で着地するナノヤ。その一挙一動はさながら獣のようであったが、しかし彼自身の存在は獣とは程遠い。彼女はそう確信していた。

すべての攻撃、行動の根底に、生存する気が更々ないのである。見ればあちらの衣服はボロボロだ。一応の再生能力があるらしいのだが、それにしても、こちらの攻撃を避けない。

先ほどの攻撃を打ち合えたのは、あちらがすべての動きを攻撃に投げ打っていたからだ。ここまでの害意を、殺意を、普通の獣は持ちはしない。


あくまで生存ではなく、わたしを殺すための存在。

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