獣、躍動す

手負いの獣は恐ろしいというけれど───


「まさかここまでとはね」


頬から垂れる血を手で拭いながら、菊原桐李はほくそ笑む。化け物として、あまりに長く生きてきた彼女にとっても初めてなのだ。

この程度の傷で、血を流し続けるということは。


小さな擦り傷ならば、瞬きの間に癒着してしまう。骨折、打撲など一笑に付す。欠損して初めて、彼女にとっての怪我と言えるのだ。


しかし現に今、その出血は止まらない。止まらないと言っても治癒が遅れているだけであるが───それは紛れもない異常事態だ。


傷に何かしらの呪いを掛けられている?それとも──


彼女は相対しているそれを見遣る。先程まで、彼女にとってあまりに矮小だったそれは今、彼女にとっては久しく見ない脅威となっていた。

「君は私に何の細工をしたのかな、ねぇ天見くん?」


正直な話、あの一撃を止められることは織り込み済みであった。というかあれぐらい根性で止めてくれないと困る。

しかし、そうは言っても、さすがに自分の反応速度を超えろとは言ってない。避けられたのは経験によるカンだ。少しでも遅れれば顔が潰れていただろう。


彼の、その細い体には、先ほどとは違う、熱く、激しい、そして何よりも、攻撃的なエネルギーに満ち溢れている。明らかに自らの与えた力とは全く違う何かが関与しているのだ

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