第2話 母を亡くした親子は.....

 (あぁ、もう朝か)カーテンの隙間から入ってきた日差しで霧崎 智也(きりさき ともや)は目覚める。

 智也は内閣総理大臣の父を持ち、母は五年前のあの事件で亡くなってしまった。

 遡ること五年前、父はまだ一人の政治家として働いていた頃だった。母はとにかく本が好きで毎日、家事の合間に本を読んでいた。

 しかし、5月6日、家に泥棒が入った。俺はまだ小学六年生で帰るのは早くても4時を過ぎてからだった。

 俺はいつものように学校が終わって家に帰ってくると、何者かが入ったであろう足跡がそこら中にあり、母がいつも本を読んでいる書斎にはぐったりと倒れ、頭から血を出している母がいた。

 窓側を見ると破片が粉々になって、床一面に散らばっていた。母が倒れているすぐ傍には母がいつも読んでいた白くて大きな本が真っ赤に染まって床に置いてある。

 何度も「お母さん」と呼んでも、肩を揺さぶっても、返事をしなかった。母の手を握るといつも暖かかったのが冷たくなっていた。

 6時を少し過ぎてから、父が帰ってきた。ぐったりとした母を見るなり、顔が青白くなっていき、父はすぐさま110番通報し、救急車は呼ばなかった。

 少しするとこちらに近づいてくるようなサイレンの音がけたたましくなり、やがてドアを開けて警察が4人入ってきた。父は一人の警官と話していて、他の3人が母の死体の近くで何かもぞもぞしていた。父が「ちょっと行ってくるから、何か適当に食べててくれ」と伝えると警官の一人と一緒に外に出て行った。

 俺は仕方なく冷蔵庫の中を物色すると、魚肉ソーセージと卵、醤油を取って、何もかき混ぜていない炊飯器の中から水分でふやけたご飯を盛り付け、卵を割り、醤油をかけて、かき混ぜる。それからご飯の上にかけてまた混ぜた。俺がいつも食べていた卵かけご飯ができた。一口食べると涙が止まらなかった。

 すべて食べ終わる頃には涙はもう止まっていた。時刻は7時、この時間は家族全員でソファーに座って、テレビをつけて、みんなでバラエティー番組を見ている時間だった。でも今日は俺一人だけだった。見る気にもなれず、俺はもう一度母の死体がある場所に行った。既に警察の人たちは帰っていて、母の死体も無く、今は母の死体に沿って形作っている紐と番号が振られている黒い置物、あちこちに飛んでいる血痕しか無かった。

 その後俺はいつもより早く宿題を終わらせて、自分のベッドに行き眠りについた。

 何時だったか忘れたが寝てからしばらくすると、ドアの開いた音が聞こえた。様子を見に行くとコンビニ袋をぶら下げた父だった。俺は「おかえり」というとすぐにまた自分の部屋に戻って眠りについた。

 朝起きて時間を見ると7時、父はまだ寝ていた。それから俺の鼻に酒の匂いが入ってきた。その臭いの元を探すと、ソファーとテレビの間に挟まれているテーブルにビールの空き缶と食べかけのスルメやチーズがあった。父は普段あまり酒を飲まない人だった。

 学校へ行く準備を整えていると父が来た。

「今日は、学校を休みなさい」

「わかった」

それきり、会話は無かった。

 父は早々学校に連絡をし、いつもと違うスーツ姿に身を纏って、数珠を俺に無言で渡したら、車に乗せ、いつもは行かない葬儀場に来た。少し経つと母と話していた近所の方や、全く知らない人と色々な人が来た。その中には親戚も居て、いよいよ母の葬式が始まった。

...眠い..。そして腰が痛い。初めての葬式の記憶は長いお経を聞き、今か今かと終わるのをひたすら待って、やっと終わって立とうとしたら、足を攣る。俺は葬式とは足を攣る物だと思ったりしなかったり。

 葬式が終わると親戚の人と一緒に火葬場へ行き、母の棺はこれから火の中に入るらしい。

 その間俺たちは親戚の人と一緒にご飯を食べていた。

 しかし

「明美(あけみ)が亡くなったのはお前のせいだ!」

 勢いよく叩くと同時に親戚の一人が立ち上がった。

「何で明美はこんな奴を選んだんだ」

 それは何処にも向けることのできない悔しさや悲しさを口に出しているかのようだった。

 それ以降は何も無いまま、食事を終えて、母の骨をトングや箸で拾って箱に収めた。これが母との最後のお別れだ。

 家に帰り、父がこう言った。

「まだ明美を殺した犯人が捕まっていない。どんな手を使ってでもそいつをこの世から失くす」

 それから父は人が変わった。酒を毎日飲むようになり、偉い人と良く宴会を開いて帰りが遅くなる日が多くなってきた。やがて今の家である月何十万もかかるタワーマンションの最上階に引っ越し、それからしばらくして内閣総理大臣が辞任した。新しい総理大臣に父が立候補し、大きな差をつけて、父が勝った。

 ここまで上手く行った理由には偉い人に良く宴会を開く事にある。父はこっそり偉い人達に賄賂を渡している。しかも警察のお偉い人達にまで渡し、隠蔽をしている。何故知っているのかは、今は話せない。かく言う俺も父の秘密を知ってしまった時から平気で嘘をついて隠そうとしてきた。そして今に至るまで父の功績は鰻登り状態だった。一つの例として、法改正のあの今まで誰もしなかった法改正時の手続きの簡易化をした。これも父の賄賂を貰ってる人達の支援の下だ。

 そんな人の悪いところしか見てこなかった俺は簡単に人を信じなくなった。そして周りの人達は俺を避けていくようになった。

 昨日の"特別措置"については何も聞かされていない。いつもなら何か言ってから報道されるのに。俺は不信感を抱きながらも今日帰ってきたら聞いてやるという思いを背負い、学校へ向かう。学校へはロードバイクで駅まで10分かけて行き、次の駅まで電車に揺られ5分、それから徒歩で5分のよくありそうな通学だった。

 教室へ入ると隣の席の本居が本を読んでいた。

 俺は声をかけて

「おい、本居。またそんなもん読んでるのか?」 

 俺は続けて言う

「お前、懲りない奴だな。昨日国から言われてたのにまだ読むんか?」

 すると

「何、悪いか?」

 返事が返ってきた。思えば本居が俺に話したのは初めてかもしれない。

「悪くは無いが.....まあいいか、とりあえず言っとくが本を読む場所に気をつけろよ?」

 そういえば本居も俺と同じなのか、親しい奴が居ない。理由はあの無愛想な顔だろうか?

俺はそう考えながら教室を出て、下の自販機へ飲み物を買いに行く。

 買ったのは四矢サイダーだ。最近では缶のタイプが販売されてコーラに並ぶ人気商品になった。一口飲むと口の中で炭酸の中の空気がしゅわぁって弾ける。やっぱりこの感じが堪らない。四矢サイダーを飲んでいると耳に誰かの足音が聞こえる。ここに来るのは大抵飲み物を買いに来る人しか通らない人通りが少ない所だった。

「あら、こんな所で会うなんて偶然ね」

 見知った声が聞こえる。声の主は今こそ少ない絶滅危惧種のツンd.... 幼馴染でストーカーの川井 陽菜(かわい はるな)だ。

「何か用か?」

 俺は何故こいつにストーキングされているのか未だに分からないでいる。次第にもうめんどいし、諦めようと半ば諦めモードなのだ。

「用って程じゃないけど....。あんた昨日の事について何か知ってる?」

いや知らないです。むしろ俺が知りたい。

「知らないよ」

「知らないわけないでしょ!あんたのお父さんが発表したんだから」

流石長年俺のストーカーをしているだけあって、そんな事まで知っているなんて...いやふつうに怖ぇ...。

「いや、昨日は父さんが家に帰ってこなかったんだ。だから何も知らないよ」

「ふーん。そうなんだ...。じゃ分かったら教えなさいよね」

 そう言って陽菜は立ち去っていった...はずだよな?いやこれでこっそりまだ壁に張り付いていたりとかしたら怖いんだけど...。あいつならやりうる。

 でも、また陽菜に嘘をついてしまった。陽菜はこれが嘘と分かっていないだろう。だってストーカーの相手は俺だし、流石に父さんのストーカーとなると色々不味いとこが...。そんな事を考ていたらいつのまにか缶は空になっていた。空になったソーダを捨てて、教室に戻ると時刻は8時15分だった。

 少しして、担任の先生がやってきた。

「えー...国からの特別措置により、本日から朝読書を無くして簡単な小テストの時間とします各自筆記用具の準備をしてください」 

 俺は本が嫌いではない。だが父の前で本なんて読んだら何を言われるか分からないから読みたくても読めないだけだ。元は父も本を多少なり読んでいた。しかしあの事件以降本を読む姿を見なくなった。母の死因が本による頭部外傷だからかもしれない。

 周りはヒソヒソと話す声やザワザワする声など小テストの事について話してるようだった。テストが全員に配られるとその声は一斉に無くなった。問題を見ると.....

問1 1➕1=? (...は?)

 簡単過ぎだろ...いや、待てこれはもしかして引っかけ?通常なら2だが柔軟さで考えると田だ!

俺は=の後ろに漢字で田を書いた。

 俺が書き終わると既にみんな描き終えているみたいだった。

 さて時間が余ってしまったし、もう一度よく考えてみよう。父が今回出したのは"相次ぐ図書館のマナー問題"による特別措置という名の本消滅作戦だった。実際のところを見てみると報道されているのは二つの事件だった。一つ目はこの区で起きた図書館放火事件。これは父から教えてもらった事件だった。確か起きたのは今から20年前で当時、18歳と19歳の男女が深夜1時に図書館へ放火した事件だった。しかし妙な事に、警察は何故こんな事をしたのかを問い詰めてもずっと黙秘しており、痺れを切らして検察官へ送って裁判所で裁かれ、当時は成人年齢が18歳まで引き下げられていて、引き下げられた日から僅か3日後の初めて起きた事件なので裁判員は懲役5年をそれぞれに言い渡した。

 二つ目は今年の1月16日に起きた書店での万引きだった。その犯人は何回も万引きを行なっていて、その被害総額は10億というありえない金額だったのでメディアに広く報道されていたはず、やはり父は昔の賄賂以外に何か隠している。そこまで考えたところで10分が経っていた。

答えを配られて答えを見ると...

綺麗な2だった。



 








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る