第12話
「はーい、どちら様⋯⋯⋯⋯」
曽根山が髪を切った翌日。俺は、朝早くに曽根山の家へと訪れていた。理由は、朝から曽根山に助けを乞うメッセージが届いていたからだ。
『天城く〜ん!何回やっても、昨日みたいな髪の毛にならないよ〜!助けて〜!』
『天城く〜ん!』のイントネーションが『ド〇えも〜ん!』と同じ感じに見えるメッセージを朝から見て、俺は思わず頭を抱えた。の〇太未満だ、お前は。
まあ、松永さんに髪のセット方法を習ってはいたが、初めてセットするのは慣れていないと難しいだろう。仕方あるまい。
そういう理由で、俺はランニングを普段の半分に抑え、朝っぱらから曽根山宅へ自転車を走らせたのである。
俺の目の前には、小学生くらいの女の子が立っていた。曽根山の妹だろうか?どことなく似ているような気もするが、妹?はスレンダーで性格もしっかりしていそうで、曽根山のだらしなさを感じない。妹を見習え、曽根山よ。妹も曽根山だけど。
「し、慎二!イケメンさんが来たんだけど!?お友達なのー!?」
「もぉ〜朝からうるさいよぉ。あ、天城くんいらっしゃい!待ってたよぉ!」
「おう、おはようさん。妹さん?も、おはよう」
「お、おおお、おはようございますっ!」
おぉ、キョドり方に血の繋がりを感じる。間違いなく曽根山の妹だな。
曽根山を見ると、ワックスの付けすぎでベタベタの髪の毛になっていた。こいつ、ちゃんと松永さんの話聞いてたんだろうな?
「曽根山、まずはシャワーでワックス流して来い」
「了解であります!」
ドタドタとシャワー室に走っていく曽根山。
そうなると、必然曽根山妹と俺だけが玄関に残った。
「あ、兄がなんだかすみません⋯⋯!どうぞ、狭いリビングですが!⋯⋯って、うわぁ!掃除してたっけ〜!?」
「流石に朝から人の家に上がり込むほど、非常識じゃないから安心して。曽根山⋯⋯お兄さんに髪の毛のセットをお願いされたから、お兄さんの部屋だけ借りても大丈夫かな?」
朝早くから人の家のインターホン鳴らしてどの口が言ってるんだ、と思われるかもしれないが、一応曽根山からの救援要請に応えただけなので許して欲しい。ごめんなさい曽根山パパ!曽根山ママ!
俺が心の中で見たことない曽根山の親に謝っている事を知らない曽根山妹は、リビングに案内しなくて良いことにホッとした後、急いで曽根山の部屋へ案内するように道を開けてくれた。
「ど、どうぞどうぞ!ご案内します!」
「ありがとう。えーっと、曽根山の妹さんだよね?名前はなんて言うのかな?」
「さ、さくらです!『曽根山さくら』と申します!」
「さくらちゃんか、良い名前だね。それにしっかり者で偉いね」
「ふぁぁぁ!」
中々見ないレベルでお利口なさくらちゃんを褒めると、さくらちゃんは甲高い呻き声をあげていた。中々男子高校生と話す機会も無いだろうし、緊張しているのだろう。あと、俺が世界一のイケメンだからというのもあるかもしれない。
しかし、素直に俺の事をイケメンだと褒めてくれたのは、さくらちゃんが久しぶりだ。やれ目が死んでるだのなんだのと言われるからなぁ⋯⋯。やっぱり、子供には俺の純新無垢な心が分かってしまうのだろう。妖精さんかな?
さくらちゃんの後を付いて行き、二階にある曽根山の部屋に入る。もっとグチャグチャの汚部屋を想像していたが、思ったより普通にちょっと汚いだけの部屋だった。漫画やゲームが転がっているが、普通の男子高校生の範囲を抜け出さないな。
変わったところといえば、有り得ないくらい大量のCDだ。洋楽、邦楽、HIPHOP、ありとあらゆるジャンルのCDが並んでいた。この電子データの時代に、CDをこんなに集めているやつがいるとは⋯⋯。音楽好きキャラという属性が曽根山に追加された。
曽根山の部屋をキョロキョロ眺めていると、シャワーでワックスを洗い落としたであろう曽根山が部屋に入ってきた。
「お待たせ!いや〜、朝早くからごめんねぇ!助かったよぉ!」
「本当に迷惑。今日だけだからな、こんなことすんの。後ほら、今日の分の弁当だ。忘れないうちに鞄に詰めとけ」
「えへへ、天城くんってなんだかんだ面倒見良いよねぇ!ありがとう!」
「俺は自分の仕事に責任と誇りがあるだけだ。分かったら、今すぐドライヤーとワックス持ってこい。スプレーは持ってきてやったから」
「それ先に言って欲しかったな!?んもう、ちょっと待っててよね!」
ドタドタと階段を駆け下りる曽根山。一挙手一投足がうるさいの、もう才能だろ⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良いか、まずは
「はい!」
俺は、曽根山の髪をコームでといてからドライヤーを当てていく。今回はベリーショートの天然パーマなので、前髪を立ち上げて爽やかな感じに仕上げる。
曽根山は癖毛だが、髪の毛が太く硬いためセットはしやすい。逆に直毛軟毛細毛のやつは、髪のセットが激ムズである。そう、俺みたいなね。
癖毛に無理に逆らっても良い事は無い。癖毛を利用しつつ、ドライヤーである程度の形を作って人工的な癖毛を作るイメージだ。
「トップ⋯⋯髪の毛の頂点、この部分な。ここがへこたれてると、めちゃくちゃダサい。だからトップは立ち上げをしっかりすること。あとハチの部分、ここ。ここが膨らんでるのもダサいから、ここはちゃんと潰せ」
ドライヤー処理がある程度終わった俺は、ドライヤーを脇に置いてワックスをつけ始める。
「髪の毛が短いし、天然パーマだから今回はヘアアイロンは使わない。いきなりワックスいくぞ」
「よ、よく分からないけど了解であります!」
「よし、ちゃんと松永さんに言われたワックス買ってんな。そしたら、こんくらいだけワックス取れ。だいたい10円玉一つ分くらいだ」
ワックスの種類や量は、髪の毛の長さや髪質にもよる。今回は、プロである松永さんが言った通りの種類を言った通りの分量使う。料理と一緒だな。
「ワックスが多いと取り返しがつかないが、少ない分には取り敢えず足せばどうにかなる。最初の慣れてないうちは、少なめに取っとけ」
「分かりました!」
「んで、ワックスはしっかり手に馴染ませろ。ムラが出来たら汚いしダサい。どんなに急いでる日も、ドライヤーとワックスの馴染ませだけは、手を抜くんじゃないぞ。
んで、手に馴染ませられたら髪の後ろからワックスを付けていく。次にトップ、サイド、最後にフロントだ。ベリショだと髪の毛握るのも難しいから、ぺらぺら捲るように髪の毛に塗りつけていけ。今回は前髪を上げるから気にしなくて良いが、ベリーショート以外の時はなるべく前髪にワックス付けないようにな」
「こ、ここが意味わからないんだけど!」
世界一わかりやすいワックス講座をしていると、曽根山から講義の声が上がる。理解力の無い男は嫌われるぞ?知らんけど。
「これは慣れみたいな部分も大きい。ワックスついてない時に、何回か自分の髪を手のひら全体で捲る練習しとけ。こんな風に」
そう言って、俺はどんどん曽根山の髪にワックスを塗っていく。あぁ⋯⋯何が悲しくて、朝っぱらから男の髪を触らなくちゃならないんだ⋯⋯。
悲しんでも仕方ないので、髪のセットに集中する。
「最後に、捲った髪をつむじから毛流れに沿って振り下ろす。ここがつむじで、放射状に振り下ろす感じだ」
「おぉ!なんとなく分かったかも!」
「ホントかよ⋯⋯。んで、振り下ろしたら最後に指先で形を調整する。髪長い時は、この時に前髪にワックスつけて調整しろよ」
ちょちょいと曽根山の髪を整え、最後にスプレーを軽く振りかけて固める。俺みたいな軟毛だとスプレー多めだが、曽根山なら軽くで良い。
「おぉぉぉぉぉ!昨日見た、イケてる僕だ!凄い凄い!天城くん、美容師も行けるんじゃない!?」
「アホ言え、俺に出来ないことなんて基本無いんだよ。遅刻するから、さっさと行けよ。俺は先に行く」
俺は曽根山をスクールバッグで軽く小突くと、先に曽根山宅を出た。だってこれから自転車で行かなくちゃいけねーんだもん!遠いわ!遅刻したら、曽根山の髪の毛全て毟りとって火にくべてやるぜ⋯⋯!
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