第9話

「ねえ見てみて、天城くん!こんなに格好いい感じになったの、生まれて初めてだよ!」


「はいはい格好いい格好いい。松永さん、今日は急に来たのに髪切ってもらって、本当にありがとうございました。お代置いておきますね」


「あははは!裕貴くんはもう弟みたいなもんだから、いつでも遊びに来てね〜!」


 曽根山のカットとシャンプーが終わり、仕上げにワックスで髪型を整えた曽根山は、ウキウキワクワクしていた。

 松永さんにお礼を言いお金を置いて行くと、曽根山と黒崎を連れて美容室を出る。


「んじゃ、曽根山さっさと美容院代出せ」


「お金の話早くない!?もうちょっと僕に夢見させてよ!」


「ウチは10日5割トゴだ。早くしないと利息で首回らなくなるぞ」


「闇金アマギくん!?」


 馬鹿野郎、売上が10万円って決まってんだから、経費落とすのは当たり前だろうが。松永さんの店は学生も来やすいように学割が効いてカット2000円で、俺のような常連にはシャンプー代はサービスされる。だから曽根山でも問題なく払えるはずだ。


 黒崎は素知らぬ顔でスマホを弄っていた。曽根山の動機があまり褒められたものではないと気付いてから、どことなく曽根山への態度が冷たくなった気がする。潔癖な奴だ。そういう所も恋愛斡旋人に向いてないと思う。本当に。


「さっさと金出せ、オラ」


「ちょーーーーーっと待ったーーーーー!!」


 曽根山から金を受け取ろうとしたその時、遠くから甲高い女の声が⋯⋯って、このパターン今日でもう3回目だぞ⋯⋯。

 声の方に顔を向けると、案の定白澤が顔を真っ赤にしながら怒り狂った表情でこちらへ近付いてきた。もう白澤が言いたいことは分かっている。


「お前の次の台詞は『カツアゲなんて許しません!』だ!」


「カツアゲなんて許しません!——ハッ!」


 本当にそのまま答えたよコイツ⋯⋯。こんなの引っかかる人間、世界中探しても白澤くらいしか居ないんじゃないか?マジで面白いな。


「し、ししししし、しららららら」


「落ち着け曽根山。あれが学校一の美少女と名高い白澤だからといって、ビビりすぎキョドりすぎキモすぎだぞ」


「うわぁ!今、天城くんの怒りのおかげでパニックになっていた感情が掻き消えたよ!凄い!ありがとう!!」


「はっはっはっは!感謝しろよ曽根山!」


 曽根山と肩を組んで笑い合い、俺たちが気の知れた仲だと白澤に見せつける。大方、気弱そうな曽根山が俺からカツアゲされてると睨んで注意しに来たんだろう。俺、白澤からどんだけ悪人に見られてるんでしょうか?


 しかし、白澤はこちらを疑り深い目で睨んでいる。そんな状況を見かねてか、黒崎はため息を吐いてから俺たちの前へ立ちはだかり白澤と目を合わせて口を開く。


「白澤さん⋯⋯だったかしら?さっきまでそこの美容室で曽根山くんの髪を切っていて、そこのお代を天城くんが代わりに払った。そのお代を曽根山くんから回収してるだけよ」


「?あなたは⋯⋯確か昨日転校してきた黒崎さんですね。黒崎さんは天城くんの何なんですか?どうして庇うんですか?私は、決して悪を見逃しませんよ!」


「え?悪って俺のこと?悪者ってこと?うっそーん⋯⋯」


 衝撃の事実。白澤って、俺のこと悪の秘密結社の工作員か何かだと思ってたの?好きだけど素直になれなくて俺に構ってきてると思ってたのに⋯⋯。

 まぁ白澤の言いたいことは分かる。俺が美容室代を立て替える理由が無いからだろう。どうせ払うのは曽根山なのだから、わざわざ俺が金を出すのはおかしい。


 ⋯⋯言えない。昔からの知り合いで、姉のように慕っている松永さんの前で格好つけたかっただけなんてこと、口が裂けても言えない。スマートに支払い済ませる姿が格好よく映るかも?なんて思ってることは絶対に言えない。俺のキャラ的に。


 仕方ない、ここは適当に誤魔化すか。


「ただの成り行きだよ。曽根山が浮かれてさっさと店の外に出るから、俺が会計済ませて後から曽根山から貰うつもりだったんだよ」


「⋯⋯⋯⋯曽根山くん、本当ですか?私は風紀委員です。もし脅されてるとかだったら、遠慮なく私に言っていいんですよ」


「い、いやまぁ、それは本当かな⋯⋯。あ、天城くんに⋯⋯ななな、成り行きで立て替えてもらっただけで⋯⋯!」


「そ、曽根山くん?どうしてそんなに震えて⋯⋯はっ!まさか、やはり天城くんに脅されているんですか!?」


「近い近い近い!それ白澤の可愛さに曽根山がやられてるから吃ってんだよ!ほら、白澤が曽根山の眼前まで前のめりになるから、曽根山パニックになってクラクラなってるじゃん!曽根山みたいな男子は、白澤みたいな可愛い子のそういう態度に、コロッとやられて好きになっちゃうんだからやめなさいよ!!」


 うおっ、心の声のつもりがめちゃくちゃ声に出してツッコんでしまった⋯⋯!


「かっ、かかかかかかかかかか、可愛いいいいいいっ!?」


 俺の「可愛い」に対して、白澤は顔を真っ赤にして仰天の表情を浮かべた。こいつこんなに可愛いのに言われ慣れてないのだろうか。⋯⋯しかし、うん。これこれこういう反応だよ、こういう女の子に「可愛い」って言いたいんだよ。どこかの見た目が良いことしか取り柄の無い女に、白澤の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいね!


「お前、特技は全校生徒の顔と名前を覚えてることだろ?それなら、曽根山の髪が短くなってること分かるじゃん。俺の言うことも信じてくれよ」


「ぐっ、ぐぬぬぬぬ⋯⋯!た、確かにあの空き教室は武田先生から許可を取っていたし、嘘はついてなかったけど⋯⋯!⋯⋯今回は信じてあげる!次また怪しいことをした時は、今度こそ風紀委員の力を見せてやるんだから!」


 そう言い残した白澤は、真っ赤な顔で走って帰っていった。なんだったんだアイツ⋯⋯嵐みたいなやつだ。


 白澤が見えなくなったあたりで、俺は黒崎に軽く頭を下げる。


「悪いな黒崎、助かった。同性で第三者の黒崎が説明してくれたから、より説得力が増したと思う」


「そ、そう?なんだか結局、私は何もしてなかった気がするけれど⋯⋯。まぁ、感謝は素直に受け取っておくわ」


 ⋯⋯見た目を褒めた時以外で素直に反応した黒崎、初めて見たな。コイツも、白澤くらい常に素直だともっと可愛げがあるんだが⋯⋯。


「⋯⋯ねぇ、いま白澤さんと私を比べてなかったかしら?」


「比べてねーよ。くだらない事言ってないで、さっさと帰るぞ。あと曽根山は有耶無耶にして2000円チョロまかそうとすんな」


「バ、バレてる!」

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