第8話

「あら、裕貴くんいらっしゃい!今日はお友達を連れてきてくれたの?」


「はい。こいつが彼女欲しいって言うんで、松永まつながさんの力を借りたくて」


「え?あの歩く邪智暴虐傍若無人唯我独尊の天城くんが、めちゃくちゃ礼儀正しっ————ぶへっ!」


 曽根山を走らせたあと、学校のシャワー室でシャワーを浴び着替えた俺たちは、学校帰りのその足で行きつけの美容室へと足を運んでいた。


 この美容室は数年前に出来た所であり、小さい頃から通っていた美容室で担当だった松永さんが独立して建てた店だ。松永まつなが恵理子えりこさんは現在28歳の独身女性で、美容師一筋でオシャレへの愛は凄い。俺も二週間に一回はこの美容室へ通い、髪の手入れや髪の長さの調整をしているのだ。


 そんな幼い頃からお世話になっている松永さんに対して、曽根山がとても余計なことを言いそうになっていたので、この剛腕で黙らせてやった。油断も隙もない失礼男子である。

 こっちは松永さんの時間を取らせないために、わざわざ曽根山が友達という不名誉な誤解を解かないで話を進めているのだ。


「ええ、今はお客さんもいないし構わないわよ。⋯⋯あらあら?そちらの可愛いお嬢さんは⋯⋯もしかして裕貴くんの彼女さん!?」


「ねえねえ、ナチュラルに僕の彼女って可能性捨てられてなかっ————ぶへっ!」


 話の腰が折れるから喋んな曽根山!

 俺は曽根山を黙らせると、誤解のないよう速やかに説明しろ、と黒崎にアイコンタクトを行う。黒崎は心底嫌そうな顔で、松永さんに説明を始めた。


「いえ。私はなんと言いますか⋯⋯非常に不服ですけど、天城くんの友達のようなものでして、付き添いに来ただけです。黒崎花織と申します」


「あらそうなの?裕貴くんこんなに格好いいのに、中々彼女出来ました!って報告に来てくれないから、私のヘアカットが悪いのかなって不安なのよね」


「それは大丈夫かと。天城くん、目が死んでること以外は中々悪くない見た目ですし、髪質も髪型も問題ないと思いますよ」


「そ、そうかしら?でも花織ちゃんが言うなら、おばさん安心したわ!」


 もちろん、松永さんのカットや髪の手入れはまるで問題無い。俺のヘアセット力も問題無い。ついでに、俺の目は死んでいない。つまり完璧なイケメンだ。

 俺は彼女ができないのではなく、作っていないだけである。勘違いも甚だしい。


「松永さん、今日はこの曽根山を格好よく仕上げて欲しいんです。なるべく清潔感多めの短い感じで」


「分かったわ!よろしくね、曽根山くん」


「よ、よよよ、よろしくお願いします!曽根山慎二ですっ!」


「それなら慎二くんって呼ぶね〜」


 曽根山は美容室に行ったことが無いと、ここに来る時に俺にボヤいていた。坊主にするだけなら激安床屋でも良いのだが、坊主だと芋っぽくなりすぎて高木の趣味から大きくかけ離れるだろうと予想。その為今回は、天然パーマを適度に活かしつつベリーショートスタイルで仕上げてくれるだろう松永さんの店へ連れてきたのである。


 人間、やはり見た目において髪の毛はかなり大事になる。そこそこ痩せていれば、髪型だけそれっぽくすれば雰囲気イケメンが作れるほど、髪による可能性は無限大なのだ。


 曽根山の荷物を預かると、曽根山をカット用の椅子へ案内する松永さん。初めての美容室であることと、美人の松永さんに話しかけられたことも相まってか、曽根山はかつてないほど緊張していた。


「それじゃあまずは髪質の確認からするね。髪の毛は太い方で、天然パーマと⋯⋯。ねえねえ裕貴くん、慎二くんの髪質なら結構カワイイ系に仕上げることも出来るんだけど、カッコイイ系で大丈夫そう?」


「そいつの好きなやつのタイプがカッコイイ系なんで、とりあえず大丈夫です。曽根山も可愛いよりは格好いいって言われた方が良いだろ?」


「ぼ、僕はどっちでも⋯⋯」


 まあ曽根山はカワイイ系もカッコイイ系も完成系が予想できないだろうし、そんな感じの回答になるのも必然だろう。

 しかし、曽根山を可愛い売りする方向は考えてなかったな⋯⋯。確かに曽根山の顔と髪質なら、もっと伸ばして上手いことセットすればパーマ強めの可愛い感じにも出来たかもしれない。さすが松永さんだ。


「じゃあ、どんどん刈り上げていくよ〜」


 松永さんはそう言うと、バリカンを使って曽根山の髪の毛をどんどん剃っていく。とりあえず6ミリのブロックを入れるようだ。あんまりヤンチャすぎるツーブロックを入れると、生徒指導の先生に目をつけられるからな。


「ねえねえ、慎二くんの好きな子ってどんな子なの?」


「ふぇっ!?あ、あああ、あののの」


 曽根山キョドりすぎだろ⋯⋯。いざ高木と話す時にこの調子だと困るため、これから少しずつ異性との会話にも慣れていってもらわなくては。

 なお、松永さんは喋るタイプの美容師だ。喋りかけるなオーラを出しまくる人には喋りかけないが、基本的にはどんな初対面の人でも会話を楽しむ。


「た、高木さんは⋯⋯あっ、好きな人は高木さんって言うんですけど。⋯⋯ぼ、僕こんな感じなので高校二年生の今までまともに女の子と話したことなかったんです。そんな僕にも優しくて⋯⋯挨拶してくれるし。好きな音楽の話とかも聞いてくれたり⋯⋯。

 初めてだったんです、あんなに女の子から優しくされたの!だから、気付いたら好きになってまして⋯⋯」


「そうなんだ〜良い子だね〜!」


 松永さんが笑顔で曽根山の話に相槌を打っている時、黒崎が俺の肩をトントンと叩いた。


「ねえ天城くん。曽根山くんって————」

「分かってる。それ以上言うな」


 どうやら、黒崎は曽根山の歪な想いに気付いたようだ。俺もわかっていてそのままにしているので、ここは黒崎も共犯で黙っておいてもらうとしよう。

 

 そう、曽根山が高木を好きな理由は悲しくて歪だ。

 曽根山は何か出来事があったとか、見た目が好きとか内面が好きとかそういう話では無いのだ。普段話しかけて貰えない女の子で、初めて自分に話しかけて優しくしてくれた高木が好きなだけだ。悪く言ってしまえば、高木ならワンチャン自分の好意を受け止めてくれると思っているだけ。

 つまり、好きな人が高木である理由は無い。高木以外に優しくしてくれる女の子がいたら、その女の子でも良かったのだ。今まで手の届かない位置にいた女子が、自分の手の届くところにあると錯覚しているから、その女子を手放さないために足掻いているのだ。


 悲しいかな、非モテ男子よ。だが、そんな始まり方の恋愛でも俺は応援する。このパターンは、大抵身の程を知らない男が優しい女に勘違いして告白してしまう。優しくしてもらっただけで、相手も自分のことが好きなのだと本気で思ってしまう。

 そして大失恋をかまし最悪ストーカーになる。こんな暗い未来を許せるほど、俺は恋愛斡旋人の仕事でプライドを捨てていない。


 始まりが勘違いだとしても、その後の努力で本当に相手に好きにさせる。動悸が正しくないとしても、終わりが正しければそれで良い。結局、好きと好き同士で付き合うのが一番の幸福なのだ。恋愛に、正しいも間違いも存在しないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る