第6話

「っていうかさ⋯⋯あの金髪美少女⋯⋯黒崎さんだっけ?」


「ん?黒崎がどうした?」


「いや⋯⋯なんか流れで僕に協力してくれる感じになったけど、彼女一体誰なの?」


 空き教室で曽根山とジャージに着替えていると、流れで存在を有耶無耶にしていた黒崎について曽根山が質問してきた。一応、恋愛斡旋人という仕事は一般人には秘密ということになっている。恋の神業ラブ・スキルなど諸外国に知れ渡ったら、各国のスーパーエージェント的な人達から命を狙われかねないからだ。


 なので、馬鹿正直に「恋愛斡旋人の同僚だぜ!」とは説明できないのである。


「まぁそうだなぁ⋯⋯。良く言えば助手、そこそこで言えば弟子、悪く言えば足手まとい⋯⋯。そんな感じだ」


「酷い言われようだ!?天城くんの友達とか彼女とかじゃないの!?」


 曽根山は、たいそう驚いている。残念だが、黒崎は俺の友達でも彼女でも無い。俺を独占したいってことは、世界中の女を敵に回すことに等しいからな。生半可な覚悟では、俺を射止めることは出来ないため、俺はこれまで彼女を作った事がなかった。


 いやほんと、黒崎が助手になれるかどうかはこれからの働き次第だ。今のところ俺のモチベーションを下げているだけなので、現在の評価は『足手まとい』である。


「全然違うぞ、あいつ昨日転校してきたらしいし。俺の活動に興味を持ったらしくて、手伝いをしたいって懇願されたから仕方なく手伝わせてるだけだ」


「そ、そうだったんだ⋯⋯。天城くんにも、人並みの愛情とか友情の心があるのかと期待したんだけど」


「おい、人を感情の無い怪物みたいに言うな。こちとら人情派でやらせてもらってんだ」


「人情派⋯⋯?」


 失礼なやつだ、全く。俺ほど情に厚い恋愛斡旋人、全国津々浦々探し回っても見つからないだろう。黒崎以外の斡旋人を見た事は無いが。多分そう。部分的にそう。


 人の思いやりに対して、物凄い疑念の表情でこちらを見てくる曽根山。こんな態度のやつでも真面目に仕事しなくてはならない⋯⋯恋愛斡旋人の辛い所だ。


 そんなアホな事をしている間に着替え終わった俺たちは、隣の空き教室で着替えている黒崎を廊下で待つことにした。それから約3分後、ジャージ姿の黒崎が廊下に出てくる。


「馬子にも衣装⋯⋯いや、なんて言うんだ?この場合。 公卿くげにも襤褸つづれ?鬼に金棒?⋯⋯とにかく、ただのジャージなのにお前みたいなのが着ると、ちゃんとした衣装に見えるな」


「くげ⋯⋯?ちょっと何言ってるか分からないけれど、貴方なりに褒めてくれているのかしら?まぁ、私可愛いから」


 なんか得意げに胸をそらす黒崎。果たして俺は今、褒めていたのだろうか。まぁ黒崎の承認欲求が満たせたのなら、それで良いだろう。適当に頷いておく。


 なお『馬子にも衣装』は良く知られている通り、馬子(下賎な者)でも立派な衣装を着れば立派に見えるという意味のことわざだ。反対に『公卿にも襤褸』とは、公卿のような立派な人でも粗末な衣装を着れば粗末に見えるという意味の諺である。

 今回は、黒崎のような美少女が着ればジャージという芋臭運動着も、そういう衣装に見えるほどランクアップして見えるという事を伝える術がなかったのだ。どのみち、黒崎には通じなかった気もするが。


「なんだか、美男美女に囲まれて僕のデブスっぷりがより際立つような気がするよ⋯⋯」


「当たり前だろ、世界一のイケメンと学校一くらいの美少女だぞ」


 イケメンすぎる俺と可愛い黒崎に囲まれて、曽根山は劣等感が刺激されたようだ。狙い通り、曽根山の劣等感が曽根山を強くするだろう。

 曽根山はニンジンをぶら下げるより、自分でケツを叩きたくなる状況を作り出す方が燃えるタイプだと、長年の経験が伝えていた。


 こういうタイプは、こちらからケツを直接叩いてはならない。小さい頃に親から勉強しろ、と言われると「今勉強しようと思ってたのに!もうやらない!」とか言ってしまうタイプの人間だ。

 故に、勝手に努力するような環境を用意してやらねばならない。もちろん無駄な努力をしないように、最低限こちらからもケツは叩く。本当に面倒くさいな曽根山。


 暗い炎が曽根山の心に灯っている時、黒崎は非常に不服そうな顔でこちらを睨んでいた。


「学校一『くらい』って何よ。というか、天城くんが世界一のイケメン⋯⋯?」


「白澤って女が今日来てたろ。あいつと同じくらいの黒崎は、白澤と同じ『学校一』の美少女って意味だよ。俺は言うまでもなく。説明させんな恥ずかしい」


 数々の女を見てきた俺の目から見ても、黒崎と白澤はとびきりの美少女だ。本来、二人は学校程度のフィールドで評価されるようなルックスでは無い。ただ学生の狭い視点では、学校一という評価になるだけである。俺?俺より格好いいやつが世界のどこにいるんだ?


「白澤さん⋯⋯って、あの貴方に泣かされていた黒髪の可愛い子かしら?」


「そうそう。あいつはキャンキャン煩いが、成績優秀スポーツ万能才色兼備⋯⋯間違いなくこの学校で一番良い女だ」


「⋯⋯意外と貴方って、褒めるところは褒めるのね」


「確かに、今日の僕の歌も褒めてくれたもんね!」


 こいつら、人を冷酷無比な悪口マシーンか何かだと思ってないか⋯⋯?


「俺は素直なだけだ。良いと思った事も悪いと思った事も、どっちも勝手に口から出てるだけなんだよ」


「天城くん⋯⋯優しい嘘って言葉知ってる?」


「知っとるわ!無駄口叩いてないでさっさとグラウンドに行くぞ!!」


 曽根山に説教されたか?今?許せねえ⋯⋯必ずシバキ回す。そう決意した俺は、般若の顔をすぐ出せるよう表情筋を解しつつ、竹刀を取り出して曽根山を追いかけ回した。

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