第5話

「とりあえず曽根山、お前は痩せてない期間でもなるべくキモい印象を与えない方向で行きたい。その為、まずはその陰毛みたいな髪を全て剃り落とす」


「とんでもない悪口!!天城くんには人の心とか無いの!?」


 俺の言葉にブチ切れ唾を飛ばしまくるデブ、曽根山。俺は心を鬼にしてわざわざ強い言葉を使っているというのに、やはり親の心子知らずということだろうか。俺の優しい厳しさは、曽根山には伝わっていないらしい。お父さん悲しい!


 しかし、曽根山の微妙な長さの天然パーマは剃った方がマシだろう。生きてるだけで清潔感の反対を歩いているのがデブだ。それが、汚い毛を縮れさせておいて彼女が欲しいだぁ?舐めたこと言ってんじゃねえぞ。


 デブはデブでも、髪がすっきりしているだけで清潔感は爆上がりする。ぽっちゃりしてても人気のある芸能人は、誰も彼も髪の毛が短いだろう。デブな時点で清潔感が無いのに、体毛というまた不潔な要素を掛け合わせてしまえば事故が起こるのは必然である。


「悪口じゃない、事実だ。そもそもその贅肉は、お前の日常での自堕落が積み上げたものだろうが。良いか曽根山、脂肪は不潔だ。体毛も不潔だ。どっちもあったら最悪だ⋯⋯こう説明すれば分かるだろ?」


「天城くん⋯⋯正論って、人をこんなにも傷付けるんだね⋯⋯」


 うわ、曽根山泣いてる⋯⋯誰が楽しくて男の涙なんて見ないといけないんだ⋯⋯。


 そんな曽根山にドン引きしていると、立ち直ったらしい黒崎がこちらを見つめていた。


「なんだ?俺のイケメンさに惚れたか?ごめんな、俺今付き合うとか考えられなくてな⋯⋯仕事に集中させてくれ」


「何も言ってないのにフラれたのだけど⋯⋯心底腹が立つわね」


「恥ずかしくて言えないんだな⋯⋯。分かった、覚悟が出来たらまた告ってこい。ちゃんと受け止めてやるから」


「ねえ曽根山くん?一緒にこの男殺さない?」


 殺人教唆!?こ、こいつ⋯⋯もっと大事で捕まる前に、俺が警察に通報しといてやるのが優しさなのかもしれない。少年法効くうちにブタ箱にぶち込んどくか。


 曽根山も「まぁ悪くないかも」みたいな顔で見るんじゃない。その腹に付きまくった贅肉、このエンジェルハンドで引きちぎってやろうか?


 しかし俺も鬼ではない。黒崎はまだ若く、過ちを犯すこともあるだろう。う〜ん、こんな事を言われても優しく流す俺、優しすぎないか?天使かよ。天使でした!


「まぁ良い。黒崎が俺に惚れてる件は有耶無耶にするとして⋯⋯」


「よし、今すぐここで殺すわ」


 指をポキポキ鳴らして威嚇する黒崎。たぶん自分の気持ちに素直になれないんだな⋯⋯さしずめ、今まで好かれることはあっても好きになったことがなく、素直に気持ちを伝える術を知らないんだろうな。可愛いやつだ、まったく。


 俺は黒崎の照れ隠しをさらっと流し、曽根山の恋愛成就へ黒崎を巻き込み始める。


「⋯⋯なぁ黒崎。曽根山の髪、お前も無い方が清潔感あって良いと思うよな?」


「⋯⋯⋯⋯ごめんね曽根山くん、貴方のためを思って言うけれど⋯⋯流石にその髪型はちょっと⋯⋯」


「う、うわあああああ!初対面の金髪美少女から見た目ディスられたんだけど!?こんな体験しないよ普通!僕泣いて良いかな!?良いよね!?」


 おぉ、効いてる効いてる。やっぱり曽根山みたいな甘ちゃんには、容赦ない現実を突きつけてやってケツを叩く必要があるな。これで折れるようなやつなら、最初から彼女なんて作れない。傷つきながらも立ち上がる⋯⋯そこは、曽根山の数少ない良いところだ。


 だからこそ、曽根山にはデブと罵り、デブとなじり、デブと言い続けているのだ。反応が楽しくてやっているわけではない。断じて。


「分かったら今すぐ床屋に行くぞ。それと、今日からお前のランニングには黒崎が着くことになった。こいつは中身はアレだが、見てくれだけは良い。お前のモチベーションアップにも繋がるだろ」


「えっ!?そ、そんな現場を木下さんに見られたら、勘違いされないかな?」


 うわ、曽根山が変なこと言うから黒崎凄い顔してるじゃん。「え?私と付き合ってるって勘違い?このデブが?」みたいな顔してるじゃん。ちょっと黒崎さーん、その顔を曽根山くんが見たら多分泣いちゃうよー。だからその顔やめてー。


 黒崎が曽根山の命を刈り取ってしまう前に、俺から曽根山の自意識過剰を解いてやろう。え?俺優しすぎない⋯⋯?トゥンク。

 俺は曽根山の肩をしっかり掴むと、門外不出のエンジェルスマイルを曽根山に向けて、現実を突きつけてやる。


「曽根山⋯⋯⋯⋯!その心配は絶っっっっっっっっっっ対に無いから、安心しろ!」


「ねえ!今小さい『つ』10個分くらい溜めたよねぇ!?いや分かってたけどね!?万が一って事を気にして聞いただけなんだけどね!!?」


「⋯⋯はぁ、あのなぁ曽根山。悪いがお前と黒崎じゃ、天地がひっくり返っても釣り合わん。さっきも言ったが、こいつは中身はアレだが見てくれだけは超一級品だ。デブ曽根ちゃんじゃ、誰もお前らが付き合ったなんて思わない」


「い、今の僕なら⋯⋯」


 そう、今の曽根山——通称デブ曽根ちゃん——ならだ。俺の変身プロジェクトを完了した曽根山——通称イケ曽根くん——ならば、黒崎とランニングしている姿は絵になるだろう。

 あのイケメン(笑)は誰だと噂が噂を呼び、焦った高木から曽根山に告白⋯⋯なんて事も有り得ない話じゃない。


 もちろん、コイツが目指してるのは雰囲気イケメンだ。だが、青春フィルター通してる高校生アホ共の目で見るなら十分なビジュアルになるはず。高木みたいなのなら、間違いなく引っかかるだろう。むしろ俺みたいな絶世のイケメンだと高嶺の花すぎて近付きにくいだろうから、イケ曽根くんくらいが丁度良いのではないだろうか?

 そうか!俺がまだ誰からも告られないのは、俺がイケメンすぎて近寄り難いからだったのか⋯⋯。はぁ、なんて罪な美しさなんだ。


 おっと⋯⋯俺がイケメンなことなど、今更だったな。今は曽根山に集中せねば。


「ほら、将来に希望を見て目を輝かせてる曽根山がいるんだぞ。黒崎もさっさとジャージに着替えて来い」


「⋯⋯あの⋯⋯⋯⋯いえ、なんでも無いわ。私たちは恋愛斡旋人⋯⋯曽根山くんの恋愛成就のため、私も一肌脱いで頑張るわ」


「おう、たかだかジャージに着替える程度で、偉そうなこと言ってないでさっさと着替えろ。ほら曽根山もさっさと着替えんだよ!」


 黒崎が不安そうな顔してた気がするが⋯⋯まぁ良いか。軽くトリップしている曽根山を叩いて正気に戻し、俺もさっさとジャージに着替える。今日は鬼教官コースで行くとしよう。

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