4,『黎明』
「起きてくださいませ」と呼ぶ声がして、ああ自分は眠っていたのだ、と気付く。まだ寝足りない気分を振り払って礼は瞼をこじ開けた。
黒ずくめの魔女の姿はそこにはなかった。
代わりにメイドがそこに立っていた。
ここはどこだろう。彼女は数時間前と同じ疑問を抱いた。昨夜の出来事は夢だったのだろうか。否、朝日の差し込むこの部屋は記憶にある通りだ。
「おはようございます、お客様。朝食をお持ちしました。皿洗いと片付けの
「あー、えーと……、烏丸さん? はどちらに?」まだ状況が飲み込めない。
「綾羽様は先程自室にお戻りになられました。『夜が明けるまでお客様を保護・観察する事』が隊長様より仰せつかった任務でしたので。
「……ええと、あなたは人間じゃないんですか?」
「はい、わたくしは人形でございます。
脳髄から全ての疑問符が消えるまでの
*
礼は入院患者よろしくベッドの上で朝食を摂る事になった。カルメンは
「カルメンさんは外国の人なんですか?」トーストを手で千切りながら礼は尋ねた。
「『外国の人』という表現は適切ではありません。わたくしが造られたのはお嬢様が日本にいらしてからです。そして、わたくしは人ではなく人形です」
「お嬢様というのは?」
「お嬢様は南米・コロンビアのお生まれでございます。父方の祖父に当たるお方が日本人であると聞いております。ここへいらしたのもその縁だとか」
「ふむふむ」スープの白は牛乳の風味がした。「あっ、ところでカルメンさんはご飯食べないんですか?」
「わたくしには有機物を代謝する機能はありません。それと、わたくしを『さん』付けで呼ぶ必要はございません。どうぞあっさり『カルメン』とだけお呼びくださいませ」
*
その後も食事を続けながらいくつか質問をしてみたが、有意な答えは得られなかった。カルメン曰く、自分は給仕と調理補助の為だけに造られた人形なので、それ以外の知識は与えられなかったという。
「詳しい事は」と食器類を片付けながら人形は淡々と言った。「空閑様からご説明があるかと思います」
「その、クガさんっていう人は誰なんですか?」
カルメンは首を傾げたが、表情は全く変わらない。「お客様のご友人様と伺っておりますが、ご存じないのですか?」
「もういいよ、カルメン。あとは私が話すから」
一人と一体は声のした方――部屋の入り口に目を遣った。
凍堂空がそこにいた。礼のよく知る、穏やかな笑み。しかしその目に光る意志はいつものおっとりした彼女にはないものだった。
「五代礼さん、『黎明』へようこそ」
*
「昨日聞いたかもしれないけど。ここは表向きは警備会社って事になってるの」
ベッドの傍にあった丸椅子に腰を下ろして、知っているはずの見知らぬ少女が話し始めた。
「じゃあ裏で何をしているか。率直に言えば、怪異から市民の皆さんを守る事……かな。単に退治するだけじゃなくて、昨日の蛇姫みたいなものを監視したり、所謂超能力や魔法が使える人を保護して、その能力を正しく扱う為の教育をしたり。と言えばすごい組織なのかと思うけど、実際は万年人手不足なんだよねえ。私みたいな、大した能力もない人間が『上級職員』にカウントされちゃうくらい」
礼は詰めていた息をゆっくりと吐き出した。分からない事は一向に減らない。でも、何より先に訊くべき事があった。
「カルメンさ……カルメンは、凍堂さんの事を『クガ』と呼んでいました。あなたは、何者なんですか。凍堂空じゃ、ないんですか?」
「うん、そうだよ」相手はさらりと答えた。「私の本名は
「何個、目? あなたは一体――」
「倫理の時間にさ、
彼女のいたずらっぽい笑みを、礼は呆然と見つめていた。何度も見た事のあるはずのそれは今、ひどく異質なものに見えた。
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