14
俺は橋本に頼んで、とりあえずペントハウスに戻ってもらった。この場所もすでに奴らに知られている可能性があるが、これからのことを考えると、何かしら逃げるための準備をしておいた方がいいと考えたのだ。俺はペントハウスのあるビルから少し離れた場所に車を停めてもらい、そこから歩くことにした。
「30分で戻ってこなかったら、カオリと一緒にここを離れろ。もし余裕があれば俺から連絡するが、出来るだけ連絡は取らない方がいいだろう。お互い命があれば、また会えることもあるだろうさ」
俺は橋本に「頼んだぞ」と言い残して、車を降りた。「史郎……!」カオリが窓を開けて俺に呼びかけてきたが、ここで振り返って顔を見たら、余計に別れづらくなる。俺はそう考えて、振り向くことなくペントハウスへの道を急いだ。
非常階段やエレベーターの周囲に人影は見当たらなかったが、それで安心することは出来ない。どこか別のビルの屋上からでも出入口を見張られていたら、どうしようもない。ここは出来るだけ早く用事を済ませて、このビルを離れるしかないだろう。俺はエレベーターに乗り込み、部屋から持ち出すもののリストを頭に浮かべながら、ペントハウスからの脱出方法についても考えていた。
屋上に出た俺は、ペントハウスにすぐには入らず、その脇にある屋上端の金網へ向かった。そこには使い古した機材などを積み重ねて、その上にシーツを被せて紐で縛ってあるのだが、これが「いざという時の脱出口」だった。シーツをはがすと、機材に紛れて非常用の昇降袋が隠してあるのだ。これを降ろせば、エレベーターも非常階段も使うことなく脱出出来る。かといってあらかじめ降ろしておいたら、周囲で見張っている奴にそこから降りるのだとバレてしまう。俺はすぐに降ろせるように準備だけを整えて、もう一度シーツを被せてからペントハウスへと入った。
室内に入ると、俺は屋上の1階下に取り付けてある、監視カメラと直結したモニターの映像をチェックした。普段からずっと監視しているわけではないが、今日は特別だ。監視カメラは天井の角から、エレベーターとその向こう側にある非常階段までを見わたせる位置に取り付けてある。これを見張っていれば、誰かが上がって来たところですぐにわかるというわけだ。
俺はモニターを見やりながら、逃走の準備を始めた。ペントハウス内に現金はほとんど置いてなかったが、あるだけの金をかき集め。それからテーブルの上に乗ると、天井の羽目板をひとつ外し、その奥に隠していたものを取り出した。これはカオリにも教えていなかった隠し場所で、「ストライダー」と呼ばれていた頃に、護身用にと入手した拳銃と銃弾だった。長いこと使ってないので暴発がやや不安ではあるが、こんな状況であれば持っていくに越したことはない。
そこで俺は、エレベーターの上にある階数表示のランプが、徐々に登って来ているのに気付いた。誰かがエレベーターで、上の階に上がろうとしている。もし「すぐ下の階」まで来たら……。カオリか橋本という可能性もなくはないが、そうではなく見知らぬ誰かだったら、即座に昇降袋で降りた方がいいだろう。俺はすぐに動き出せるよう、中腰になってモニターを見つめていた。そしてやはりエレベーターは、屋上の下の階に到着した。
エレベーターから降りて来たのは、カオリでも橋本でもなく「見知らぬ男たち」だったが、その動きが予想と違っていた。エレベーターを降りてすぐに、屋上へ上がる非常階段に向かうのかと思っていたのだが、エレベーターから降りた5人ほどの男たちは、その場に立ち止まって周囲を見渡していた。それから男の1人が、天井の角に設置された監視カメラを見つけると。男は懐からスマホを取り出し、その画面を監視カメラに近づけた。
「……!!」
俺はその画面を見て絶句した。画面に映っていたのは、奴らに捕らえられたのであろう、後ろ手に縛られた橋本とカオリの姿だった。してやられたな、奴らの方が、一枚も二枚も上手だったわけか……。
恐らく奴らは修理工場跡とは別の一派を、ペントハウスの周囲にも待機させていたのだろう。俺がこの建物に歩いて来るのに気付いたら、当然どこから来たのかと、来た道を探ってみる。そこで橋本とカオリを見つけ、捕らえた姿を俺に見せて、「観念しろ」と宣告してきたわけだな……。奴らの黒幕は、それだけの権力と人脈を持っている奴だってことだ。
こうなったらしょうがない、諦めて素直に下に降りるしかない。俺はズボンの前側に拳銃を忍ばせ、上からシャツで隠していつでも取り出せるようにして、非常階段へと向かった。階段を降りると、すでに踊り場の位置に銃を構えた奴が待機していて、銃を横に振って「中に入れ=エレベーターホールへ入れ」と無言で促した。俺は「わかりました」と言うように両手をあげてエレベーター前へ行くと、4人の男が通路の両側に並んで、同じく拳銃を構えて俺を待ち構えていた。何か抵抗をしても、無駄だと言わんばかりの態勢だ。
俺も、ここでは抵抗すべきではないとわかっていた。俺を殺す指示が出ているかどうかはわからないが、ヘタに拳銃を出して逃げようとしても、向こうも命は取らないまでも、足を撃って来るくらいのことはするだろう。「やる」としたら、エレベーターに乗り込む時か、降りる時か。逃げ道を考えたら、降りる時に奴らよりもいち早くエレベーターを出られるよう、隙を見つけるしかないか……。
俺はそう考えながら「大層なお出迎えで……」と軽口を叩き、エレベーター前に行こうとした。しかし修理工場跡にいた奴らから、俺のことを「色々と策を練る、ずる賢い奴だ」とでも連絡を受けていたのであろうか。俺が少し前に歩み出たところで、非常階段にいた男が俺の後頭部を、拳銃で「ガツン!」と思いきり殴りつけ。俺はその場にバッタリと倒れ、そのまま気を失った。
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