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日野の「隠れ研究所」を訪れてから数日間、俺は昔のコネをフルに使って、政府関係と繋がっていた奴らに連絡を取っていた。俺はバイヤーなどが持ち寄ったブツの「鑑定役」が主な仕事だったので、俺自身に政界との深い繋がりがあるわけではない。あくまで、そういった政府の要人たちに裏でブツを回していた奴らを、何人か知っているだけだ。
しかもそれが「何年も前のこと」となれば、当然連絡が付かないどころか、行方知れずになっている奴もいた。恐らくは何かのトラブルを起こし、両足をコンクリで固められ、どこかの港にでも沈められているのかもしれない。また、なんとか生存が確認出来たとしても、以前とは連絡先が違っていて、会うのが容易ではないと思われる者もいた。そんな蜘蛛の糸にすがるようなコネの中から、俺は「こいつなら……」と思われる奴をピックアップした。
そいつももちろん、以前とは連絡先の電話番号なども変わっていたが、俺は知り合いのつてを辿って、なんとかその番号を探り出すことに成功した。まだ俺の腕は、そう錆び付いちゃいないのかもな……。そんなことを思いながら、俺は早速そいつの住むアパートへと行ってみることにした。
最初は橋本と2人でアパートへ行くつもりだったのだが、今回もいつの間にかカオリがついて来ることになっていた。俺自身はOKを出した覚えはないのだが、橋本が「良ければご一緒に」とでも言ったんだろうか? そう思って橋本に聞いてみると、「いえ、私は特に……」という返事が返って来た。つまり今回もカオリは、「気が付いたら、ちゃっかりそこにいた」というわけだ。
「そいつ」も薬物法施行後は、表向き「裏稼業は引退」というなんともややこしい状態だったようだが、その実コッソリと、薬物関連でそれなりの稼ぎはあげていたらしい。ただこいつの場合は仕入れたブツで商売するというよりも、自分で接種する方に重きを置いている可能性は高かったが。
そんな奴がこのご時世にしぶとく生き延びられているのは、相当に用心深く日々を送っている証拠だろう。「この番号ならそいつに連絡付くと思うが、会えるかどうかはわからんぜ」そういう但し書き付きでもらった電話番号と、「そいつと最後に会ったのがこのアパートだった。ただ、今も住んでいるかはわからん」という不確実な情報に基づく住所を頼りに、俺たちは郊外にあるアパートへ向かった。
「……あそこに、『重要なカギを握る男』が住んでいるんですか?」
橋本は、昭和の名残を残したかのような鉄製の階段や、錆び付いた手すりなどが目に付くアパートを見て、不安そうに俺に聞いて来た。
「まあ、決して恵まれた生活はしてないだろうってことだな。『あの時代』を経験して来た者の中で、俺みたいにある程度余裕のある生活を出来てる奴の方が、幸運なんだよ」
俺はそう言いながらも、やはり「そいつ」が自分自身でブツに溺れたことが原因なんだろうな、と考えていた。それがまだ、自制出来ているうちはいい。どこかでリミッターが外れたら、後は底なしの深い沼にズブズブとハマっていくだけなんだ……。
それから俺はアパートの裏手に回り、その状況を確認した。隣家との間に垣根のように高く茂った木々があり、通りの角に面したこのアパートの「裏口」は、ここだけになると思われた。
「それで史郎、その岩城って人と、会う約束出来たの?」
カオリが今更のように俺に尋ねたが、それは橋本も気になるところだったようで、カオリと一緒に俺の方を見つめていた。
「いや、特に約束はしていない。これから電話する。久しぶりに、ね」
それを聞いてカオリは「えーーーっ?!」と声を上げたが、俺は人差し指を口にあて「しっ」とカオリに言い聞かせ、電話の呼び出し音を聞いていた。橋本もやや不安そうに俺を見つめる中、呼び出し音が途切れ。「……もしもし?」という、いぶかし気な男の声が漏れ聞こえて来た。
「ああ、もしもし。俺は、片山という者だが……【ストライダー】と言った方が、わかりやすいかな?」
岩城は電話口で、『ス、スト……?!』と、「信じられない」といった声をあげ。そしておもむろに、通話はそこで「プツン」と切れた。「ツー、ツー……」という音を聞きながら、俺は電話を切り。「さて……」と、アパートからやや離れた場所で、その様子を伺うことにした。
「なに、やっぱり会えないってこと? もしかして史郎、その人に避けられてる??」
さすがにカオリは先ほどよりも小声で、俺にそう問いかけて来た。「彼の部屋がわかってるなら、直接行った方が良かったんでは……」橋本も小声で疑問を呈したが、俺は「まあ、見てな」とその場を動かず、アパートの2階をじっと見つめ続けた。
するとしばらくして、2階のある部屋の扉が少しだけ開き。それからまた、「パタリ」と閉じられた。それを確認してから、俺は橋本に「よっしゃ、行こうか」と声をかけた。そしてカオリには、「お前はここで待っててくれ。その可能性は限りなく少ないとは思うが、もしさっき開いた扉から誰から出て来て階段を降りようとしたら、俺たちを呼びに来てくれ」と言い残し、まだ不安げな橋本を連れ、アパートの裏手に回った。
俺はアパートの裏手に向かう角に身を潜め、先ほど扉が開いた部屋のベランダを見つめた。思った通り、そこから1人の男が顔を出し、小さなバッグを抱えたまま、ベランダの柵を乗り越えようとするところだった。体全体がベランダを越えてから、2階から飛び降りるのは難しいと考えたのか、まずはバッグを地面に「ぽとり」と放り投げ。ベランダの柵に両手で捕まり、そこから両足を伸ばして吊り下がるような体勢を取ろうとしていた。
そこで俺は、建物の角から歩み出て。ベランダからぶら下がっている岩城に、「よう、大変そうだな」と声をかけた。岩城は、ぶら下がった体を揺らしたまま、「はあ……」と深いため息をつき。柵から手を離し、転がるように地面に着地した。起き上がろうとする岩城に、俺は手を差し出し。岩城も諦めたように、俺の手を掴んだ。
「……やれやれ。またなんか面倒なことに、巻き込まれそうだな……」
岩城には悪いが、その予想は、ズバリ正解だった。
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