「法案施行前後の混乱期、誰もが新薬の開発などに手が回らなかった時期に。政府関係者が新たな利益を得るために、新薬開発に着手した可能性は多いにあると思います。もしかするとそれ込みで、法案施行を目指していたのかもしれません。息のかかった製薬会社に、法案施行後を目指して、その前から密かに研究を進めさせていたのかも……。


 そこで政府は、施行後に爆発的に売れるような『画期的な新商品』を発注したのでしょう。施行後の『旨み』を、癒着状態にある製薬会社と共に、独占するために。しかし、発注した政府関係者も、開発を担当した製薬会社の者も、『その道』に関しては『素人同然』だった。その結果、爆発的な売れ行きを目指す為の開発が、思わぬ効果を生むことになった……そして生まれたのが、SEXtasyだったと。私は、そう考えています」



 政府関係者が絡んで開発した、ぶっ飛ぶような効果を持つクスリ。それが、SEXtasyだってことか……! 橋本の考察は突飛なものにも思えたが、奴の言っていることの辻褄は合っていた。開発に政府筋が絡んでいるとなれば、それがヤバいものだとわかれば隠蔽しようとやっきになるだろうし、「意図的にウワサを流す」ことも容易だろう。しかし、これから探し当てようとしているモノは、想像以上に「とんでもないブツ」だってことだな……!



「なんだ、それじゃあたしの言ってたこと、あながち間違いでもなかったのね? SEXtasyは、素人が間違って作っちゃったってやつ。まあ、薬品会社の人が作ったんなら、素人ってわけじゃないんだろうけどさ」


 屈託のないカオリの言葉に、橋本は微笑みながら答えた。

「そうですね、恐らくウワサを流した側も、ある程度の『真実』を交えた方がいいと考えたのではないかと思います。それで、それまで違法とされていた薬物の製造に慣れていない者が『作り出してしまった』ことを、『知識のない素人』と表現したのかもしれません」


「なるほどね~」と、カオリは改めて納得しているようだった。しかしそうやって、素知らぬうちにカオリのような「末端の者」にまで知れ渡るようなウワサを上手い具合に作り上げ、巧みに流布させたことは間違いない。つまりSEXtasyの製造と、それを隠蔽するためのウワサの捏造は、かなり「計画性のあるもの」だと推察出来る。しかもそれが「政府筋」の仕組んだものだとすれば、その「深淵」にたどり着くのは、容易ではないということだ。



「政府筋がそこまで周到に、情報を遮断したとなると。SEXtasyそのものにたどり着くのは、かなり困難にも思えて来るな。何か『突破口』は考えているのかね、橋本君……?」


 それは決して、橋本を疑うといった口調ではなく。自分のところに、わざわざ「休業中」の俺を連れて来たことからして、当然考えているだろう? と「確認」するかのような言い方だった。そして俺も当然のことながら、同じ思いを抱いていた。


「……はい。調べれば調べるほど、このSEXtasyと言う奴は、難攻不落の砦に思えてきますが。そこで私は、【ストライダー】としてあの時代に名を馳せていた、片山さんに協力をお願いしたんです。私にも、政府関係のお得意様がいることはいますが、あくまで『正規の取引を通じた仲』ですからね。それに、法案施行前後の混乱期を熟知している人となれば……やはり、片山さんが適任かなと」



 正直俺も、政府関係の話が出た時点で、「そうくるだろうな」とは思っていた。橋本はいま自分が言ったように、政府関係にもコネはあるだろうが、あくまで「正規のルート」だ。日野は研究者として一流ではあるが、そういった裏の繋がりを重視していたとは思えない。なんせカインを造り上げた後は、このひと気のない場所に引きこもってたくらいだからな……。


 となるとやはり、ここは「俺しかない」ということになるんだろう。そしてそれが、橋本が俺を引き込んだ「真の目的」だったんだろうな……。



「ああ、あんたの言う通り。俺があの頃やっていたことは、いかにお役人たちの目を誤魔化すかってのがメインだったからな。そういう意味で、政府関係とのコネも、確かにあるよ。だがいかんせん、『今は昔』のことだからな……まあ、出来るだけ確かな線を探ってはみるが。あまり過度な期待はしないでくれよ? なんせまだ、『復帰して間もない』身だからな……」


 だが、「いえいえ、こうして私たちの『計画』に参加して頂いてるだけでも、有難いですから」などと、心にもないことをサラリと言ってのける橋本を始め。日野もそしてカオリも、明らかに俺に「期待を込めた眼差し」を向けていた。そういうことなら、やるしかないか……。


 俺は半ば諦めにも似た心境で、しかし心のどこかでは、ずっとこういう時を待っていたような、「ウズウズした想い」が沸き上がっていたことも否めなかった。そして俺たちは遂に、SEXtasyへと続く果てしない深淵への、第一歩を踏み出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る