「片山さんにもお話しましたように、SEXtasyはMDMAの代表格・エクスタシーの上位変換薬物である。そして、エクスタシーと同じMDMA系の薬物であるアダムの上位変換薬物が、カインであるのなら。SEXtasyとカインは、改良するにあたって『似た経緯』を辿っているのではないかと私は考えました。前にお伺いした時に、その考えを日野さんにもお伝えし。日野さんも、その可能性は非常に高いと同意して下さいました」



 会話の内容が、いよいよ本来の目的であるSEXtasyについてのものになり、俺たちは研究室内で、座ったまま互いの身を乗り出すようにして話し始めた。そしてその「俺たち3人」の会話の中に、しっかりとカオリも加わっていた。


 とはいえ、俺のようなブツを見つけ出す「ハンター」でもなく、そのブツを作り出す、日野のような研究者でもなく。そして作られたブツを売りさばく、橋本のようなバイヤーでもないカオリが、何か意見を挟むなど「会話に加わっている」わけではなく。ただただ、「うんうん」「なるほど~」などの相槌を打ちながら、「聞き役」に徹していたのだが。


 そんなカオリが俺たちの「作戦会議」に参加しているのは、はた目から見ると不自然にも思えるかもしれないが。そこにいる当事者である俺たちからすると、それはなぜか、極めて「自然なこと」に思えていた。こういう時、決して邪魔することなく、気が付くといつの間にか「そこにいる」ことがカオリは得意だった。いわばこれも、カオリの「不思議な魅力」のひとつと言えた。



「……橋本君の言う通り、SEXtasyはカインと似た経緯を辿って改良されたと考えられる。その考えを元に、MDMAに詳しい昔の知り合いに連絡を取ってみたが、今のところ目立った成果はない。まあ、そう簡単に見つけられるものではないだろうからな。カインを作り出したわしですら、SEXtasyを実際に服用したという奴にはお目にかかったことがないんだ。真偽の定かでない、そのウワサだけは何度も耳にしたがね、それらは『自分がやった』という話ではなく、『~という話だ』『~らしい』などといった、人づての話ばかりだった。 

 だから、せっかく来てもらったのに申し訳ないが、今のところわしの方では、これといった手がかりは掴めておらん。だが、その道の専門家たる二人が仲間となれば。これはあながち、そこに『たどり着く』ことも、実現不可能だとは言えないかもな……」


 日野が意味ありげにそう呟くと、そこからは話を引き継ぐように、今度は橋本が語り始めた。



「実際のところ現時点では私の方でも、そういったウワサの類しか情報は仕入れられていません。しかし……私はそれこそが、SEXtasyを探す手がかりになるのではないかと考えました」


 そう言って橋本は、俺と日野をゆっくりと、交互に見渡した。恐らくここからの話が、この「第一回作戦会議」の本丸ということなのだろう。



「日野さんが言ったように、私が仕入れたウワサというのも、自分ではない誰かがSEXtasyを服用した、その結果を伝える『伝聞』ばかりで。自分で服用したことがあるという者に会ったことは、一度もありません。そんなウワサばかりが先行している、都市伝説のような薬物。果たしていつ頃から、そんなウワサが語られ出したのか。私はまず手始めに、そこからスタートすることにしました。


 そして調査の結果、あの薬物合法化法案が施行された直後から、SEXtasyのウワサが広まり始めたことがわかりました。法案の施行前には、SEXtasyに関する情報は誰一人として口にしていないのです。法案施行後の混乱状態を考えれば、そんな夢のような薬物のウワサが人々の間に広がっていったのも、当然のことだと言えるでしょう。


 しかし、ウワサが広まるのはわかりますが。では、そんな混乱期に、いったい誰がSEXtasyを『開発』したのか? あのカオスに満ちた状況の中で、新しい薬物を精製し開発することは、事実上不可能に近かったことは、日野さんも片山さんも、よくご存じかと思います。それまで流通していた薬物を、なんとか施行後の『合法化』に適用させようと、ありとあらゆる細工や誤魔化しが横行し、とても『新規開発』に力を注げるような状況ではなかった。


 ここに至って私は、SEXtasyのウワサの信ぴょう性を疑うようになりました。どんな薬物でも、必ずそれが精製され製造された過程が存在する。その過程がバッサリと抜け落ちたまま、夢のような効果だけがウワサとして広まっているSEXtasyとは、本当に『実在』するのか? と……」



 ここで、それまで「聞き役」だったカオリが「はい、はーい」と手を挙げた。


「それ、あたし聞いたことがあるよ? SEXtasyが、どうやって作られたのかってやつ。それもやっぱり、ウワサのひとつなんだけどさ。

 なんかね、日野さんみたいな専門家じゃなくて、自分でクスリを調合するのが趣味ってだけの、素人の人が偶然作っちゃったんだって。でも素人だから、専門家みたいな『加減』をすることが出来なくて。一度ハマったら抜け出せない、使用した人の身を滅ぼすような、とんでもないクスリを造り上げちゃったんだとか……」



 そのウワサは、俺も聞いたことがあった。夢のようなブツに対しての、「いかにも」な理由付けだなと思ったのだが。橋本はニコリと微笑み、「貴重なご意見、ありがとうございます」とカオリに礼を言うと。カオリのその言葉を前提にした上で、話を続けた。


「いま山下さんが言われたような、そんなウワサが広まるくらい、SEXtasyに関してはその開発過程が、一切知られていないんです。いつ誰が、どこで作り、どういった経路で広まっていったのか。SEXtasyが実在するものであるならば、どれだけ隠そうとしても、どこかにその痕跡が残っているはずなんですが。日野さんが作り上げたカインが、知り合いのバイヤーを通じて限定的に販売する予定だったのに、その情報が爆発的に広がっていったように。人間の、欲望を満たそうとする欲求は、それだけ強いものなのですから。


 そんなウワサを聞いていると、すでに薬物にハマってしまっている輩はまだしも。私や日野さん、片山さんのように、ある程度薬物を『客観的に』見れる者には。SEXtasyの存在に対する信頼性が、極めて薄くなっていくのが自然です。誰かが言いだした作り話に、勝手に尾ひれがついて広まっただけではないか、と……。しかし私はここで、『逆の可能性』を見出しました。このウワサが、自然と広まったのではなく。もし誰かが、意図的に広めたのものだとしたら。その意図とは、一体何なのか……? 


 考えた末に、私はひとつの結論に達しました。ウワサの内容をより刺激的、煽情的なものにすることで、ウワサが広く素早く、拡散していく効果を狙い。かつまた、そのウワサを聞いた『専門家』にとっては、実在するのか怪しいものだと認識するような。そんな、『もうひとつの狙い』があったのではないかと。


 つまりSEXtasyは、やはり実在するものであり。作り上げた製作者とその関係者は、あまりに危険な薬物だったため、その公表を避け、隠ぺいを試みた。しかしあまりに危険なゆえに、完全に隠蔽することは不可能であるとも気付いた。これだけの突出した効果を持つ薬物のことを、完璧に隠し通せるものではない。ならば……。あえてその『突出した効果』のウワサを広め、そこに疑わしい『尾ひれ』を付け加えることで。『作り話がいつの間にか、実在するもののように語られることになった』と、人々が認識することを狙ったのではないかと思います」



 橋本のこの考えに、俺は内心「さすがだな」と感心していた。その実在を疑わしいものに思わせるため、あえて尾ひれを付けた情報を拡散させた……。それは十二分に「あり得る」ことだと俺には思えた。だが俺には少しだけ、橋本の話に疑問点が残っていた。それは日野も同じだったようで、俺より先に日野が「なるほど、君のいうことはわかる。しかし……」と、橋本に質問を投げかけた。


「しかし、そんなウワサを意図的に広げたとして。じゃあ、SEXtasyを作ってウワサを広げたのは、どんな連中なんだ? 法案施行後の混乱期に、そんなことが出来る奴らなんて……」


 日野はそこまで言って、自分で「はっ」と気付いた。


「そんなことの出来る奴ら、とは……。『政府筋』の関係者ってことか?」



 日野の言葉に、橋本は大きく頷いた。


「はい。その可能性が、一番高いのではないかと思います」


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