第九夜

 こんな、夢を見た。

 彼女の前には女がいる。女は不思議な白い髪を持っている。

 サラサラと雪のように輝く美しい髪の毛だ。それを背中に流しながら、女は腕の中にひとりの青年を抱えている。

 女に微笑み、彼女はすらりと手を前に伸ばした。

「返してくださいまし。そちらは私の大切な旦那さまです」

「嫌よ嫌よ。返すものですか。私はそういう女ですもの。この人が私の新たな大切な人。大事な者がいなければ、私は息もできないのです。そうして、できているのですもの」

 そう、女は何度も頭を振った。彼女は察する。夢の奥深くに囚われるほど、この女にもなんらかの事情があったのだろう。そうして夢から帰れなくなったあと、女には大事な誰かが必要だったのだろう。

 他者を愛でなければ、息もできない心地だったのだろう。

 だが、そんなこと、彼女には微塵も関係がない。

「返してくださいまし」

 すらりと、彼女は刃を抜く。

「兄さまは私のものです」

 ぐさりと、彼女は刃を刺す。

「他の誰のものでもありません」

 ぐしゃりと、彼女は刃を捻る。

「私も兄さまのものなのです」

 ざくりざくりと、彼女は刃を振るう。

「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ、返してくださいまし」

 やがて、血まみれの女は虫の息でわかったと諦めた。

 返り血だらけで、彼女は頷く。そっと、彼女は、囚われていた愛しい人を受け取った。ゆっくりと彼が目を開く。

 紅で汚れた彼女を、彼は訝しそうに眺めた。彼女は甘く囁く。

「お待たせしました、帰りましょう、兄さま」

「………きみは、あぁ、だれだっただろうか」

「私は兄さまの大切な者です」

 はっきりと、彼女は言いきった。彼女が彼にとって本当は何なのか。妹なのか恋人なのか。はたまた別の何かなのか。そんなことはどうでもいい。

 ただ、それだけは確かだ。

「そして兄さまも、私の大切なお人です」


 部屋の中、二人の人間が並んで眠り続けている。

 まだ、ひのえもかのえも目覚めない。

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