第八夜

 こんな、夢を見た。

 彼女の前には、螺旋階段が伸びている。

 まるで巻き貝の内側だ。延々と、彼女の視界には白い階段が続いている。闇の中にただそれだけが存在していた。眩暈がするような光景だ。一歩足を踏み外せば、首の骨を折って死ぬだろう。

 だが、彼女は恐れもせずに足を運ぶ。その背中には紅い傘があった。

 以前見た夢の中で貰ったものだ。一面の白の中、彼女は紅を回す。

 くるり、くるりと、鮮やかな色が廻った。彼女は小さく唄を謡う。

 ―――歌を忘れた金糸雀は後ろの山に棄てましょか

 ―――いえいえ それはかわいそう

 彼女は大切なことは全て覚えていた。

 夢の中にあってさえ、彼女は忘れることはない。

 大事なことはひとつだけ。愛しの人を目覚めさせることだ。そのために、彼女は夢の奥底へ降りていく。やがて、周囲の光景は色を変え始めた。闇は肉のような紅になっていく。階段は軋み、砂が降り始めた。白い砂は全て骨でできている。この夢は、かつて『恐ろしいもの』がいたという、骨でできた砂原と繋がっているのだ。ならば、後はここを下るだけでいい。

 そう確信しながら、彼女は足を進める。だが、途中で歩を止めた。

 階段の白に紛れて、一本の髪の毛が落ちていたのだ。白く長い、長い、女の髪の毛だった。それを手にとり、彼女は嗤う。

 ぞっとするような笑みを、彼女は浮かべてみせた。

「逃げても無駄ですよ。どこまでも、私は追っていきますからね」

 どこか遠くで、ざわざわと怒りの声が鳴った。だが、彼女は気にしない。

 髪の毛をひらりと捨てて、ひのえは足を速めていく。

 やがて、カツンと、彼女は階段の底に着いた。

 辺りには、紅い世界が広がっている。彼女は知っていた。ここは、夢の中に住み着いてしまったものの巣なのだ。その者の子宮の中のようなものだった。自身の大切な人は、ここに連れこまれたに違いない。ならば、やることは決まっている。彼を探して、彼女は歩く。出て行けと、誰かが言った。

 出て行け。それ以上進むのならば容赦はしないと。

「まぁ、なんてご冗談を」

 すらりと、彼女は懐から刃を引き抜く。

 夢の中でも、彼女は忘れることはない。

 全てのものは殺せるのだ。


 そこで、ひのえは目を覚ました。隣では、かのえが眠っている。

「後少しですよ、兄さま。えぇお前さま、本当にあと少しで迎えに行けます」

 そう微笑んで、ひのえは語りかける。

 身を翻すように、彼女は眠りの中へ戻った。

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