第七夜
こんな、夢を見た。
雨だ。
雨が降っている。
ただの雨ではない。雫の中には、鋭いものたちが混ざっていた。
釘やハサミ、包丁に針、様々な危険な代物が、空から降り注いでいる。彼女の傘に当たり、それは鋭い音を立てた。
だが、厚く丈夫な布地を突き破ってきそうな様子はない。
紅い傘を首にかけて、彼女は目の前の男を見つめている。
元々、傘は男が持っていたものだ。それを、彼女は迷うことなく奪った。そうして、自身の身を守っている。男の体に釘が刺さった。ハサミが頬を裂き、包丁が肩を貫き、針が頭を飾る。
凄惨なそれらの有様を眺めながら、彼女は淡々と男に尋ねた。
「兄さまの居場所をご存知?」
「夢の、夢の深くには恐ろしいものが棲んでいる」
男はそうとだけ応えた。彼の声は震えている。実際に、恐ろしいものを見たことがあるかのようだ。彼女は話の続きを促さなかった。ただ、無言で待つ。すると、男は雨と血に塗れながら、ぽつり、ぽつりと言葉を落とした。
「夢の中に棲みすぎて、出られなくなったものだ。そうしたものは時折、生きているものを連れていく。前は骨でできた砂原にいた。今はどこにいるのかてんでわからない」
「つまり、私の大事な兄さまはその人に囚われてしまったと?」
「あぁ、そうだろう。恐ろしいものは恐ろしいのだ。恐ろしいことをなす」
そうと、彼女は応えた。紅い傘をくるりと回し、彼女は振り返る。
背後ではぐさぐさと肉を抉る音が続いていた。傘を失い、男は大変なことになっている。だが、彼女は構わなかった。男は、彼女の大切な彼ではないのだから。彼女の知ったことではないのだ。
「あんたも十分に恐ろしい」
男は言う。彼女は応えない。
「恐ろしいものだけが、恐ろしいものに敵うのかも知れない」
彼女は無言のままだ。その時、後ろで一際大きな音が響いた。
流石に、彼女も振り向く。
男の首が、断頭斧によって綺麗に切り落とされていた。
そこで、ひのえは目を覚ました。隣では、かのえが眠っている。
白い頬に、彼女は手を伸ばした。夢の中で会った、見知らぬ男の死について、彼女はなんとも思わない。だが、彼がもしも危険な目に遭っていたらと思うと、たまらない気持ちになった。
もう少しですよ、兄さま。
彼女は語り掛ける。応える声は、未だなかった。
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