第五夜

 こんな、夢を見た。

 奇妙な夢も、五夜も続けば慣れてくるものだ。

 そう、彼はぼんやりと考える。

 今宵、彼は一面の砂の海にいた。砂漠のようにも見える。だが、そうではない。海岸にも似ている。だが、それでもなかった。彼はここがどんな場所だか知っている。何故なら、遠くに鯨の骨が見えるからだ。

 あるいは人が、獣が、肉を失い、朽ち果てている。

 ここの砂は一粒一粒、すべてが骨でできていた。

 骨が積み重なり、白い砂の海を造りあげているのだ。さてと、彼は思った。ここには、彼女の骨もあるはずだ。それを探さなくてはならない。百と、千と、万と、億とある粒の中から、愛しい人の欠片を掴みださなくてはならなかった。それは途方もない作業だが、彼にしかできないことだ。だが、そのために、彼が砂の海へ手を伸ばした時だった。

 泣き声が聞こえた。

 砂の中心で、女が泣いている。

 彼女、ではない。

 ひとりの見知らぬ女が、泣いていた。女は不思議な白い髪を持っている。サラサラと、雪のように輝く、美しい髪の毛だ。それを背中に流しながら、彼女はほろほろと涙を落としている。どうしたのかと、彼は近寄った。

骨の砂を掬いつつ、女は泣きながら言う。

「私は大切な人をここに落としてしまったのです」

「あぁ、それはお気の毒に。この辺りは一面骨の海です。ならば、見つけ難いでしょう」

「えぇえぇ、ですから、代わりを見つけなければなりません。私はそういう女ですもの。大事な者がいなければ、息もできないのですもの。そうして、できているのですもの」

 彼は嫌な予感がした。

 女の髪とは異なり黒い目が、じとりと彼を見上げたからだ。

 彼はそっと後ろに下がる。その足元で砂が崩れた。

 ざざざざざざざ、と骨が鳴る。白が崩れて、波のような音を立てる。だが、何かが妙だ。彼が歩いた程度でざざざざざざとそんなざざざと音がざざと鳴るものざざざざざだろうか。ざざざざざざざざざと白が舞い上がり、ざざざざと女の手が伸びて、ざざざざざと骨が頬に当たり、ざざざと声が呑み込まれ、ざざざざざざざざと骨が、無数の死骸がざざざざざざざざざと泣くように。

「つかまえた」

 唯一明瞭に、ざざざざと、ざざと音の中、ざざざと、女が笑った。


「兄さま、起きてらして?」

 ひのえは問う。だが、かのえは目を覚まさない。彼女は手を伸ばす。ひのえはかのえの頬をそっと撫でた。反応はない。

 目を閉じたまま、彼は深い眠りの中へと落ちていた。

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