第四夜

 こんな、夢を見た。

「硝子の花が咲いたよ」 そう、高い声がさえずった。

 見れば、アライグマの子供が駆けていくところだった。太い尻尾を揺らしながら二足歩行もこなす、立派なアライグマだ。彼は何度も繰り返す。

「硝子の花が咲いたよ。千年に一度咲く花だよ」 なるほど、貴重な花らしい。更に、声は誘うような調子で続けた。

「硝子の花が咲いたよ。千年に一度咲く花だよ。とれば願いが叶うといわれている花だよ。機会を逃させば、一生お目にかかれることはないよ。何せ、どんな宝石よりも貴重な花だよ。掴みとれば、あらゆる夢が自在になる花だよ。どんな魔法よりも、尊く、偉大な花だよ。けれども、硝子の花は危険だよ。危険だから決して触れてはいけないよ」 

 誘惑しているのか、警告しているのか、わからない調子だ。ただ、どことも知れない、駅舎のベンチに座りながら、彼は思った。

 硝子の花。彼女のお土産には丁度いいだろう。

「もし、その硝子の花はどこに咲いているのですか?」

「あぁ、お客さん。それは貴方の足元に」 

 言われて、彼は視線を落とした。硝子でできた一輪が見事に花開いている。それは不思議な花だった。息を呑むほどに透明で、不純物はひとつも入っていない。水で描かれているかのようだ。本当に硝子なのだろうかと疑うほどに、あまりにも透き通っている。

 そっと、彼は指を伸ばした。硝子の花を摘み取ろうとする。瞬間、硝子の花は割れた。「あっ」 彼の肌に透明な棘が幾千と刺さる。そこから彼の肌も透き通り始めた。肉が最初は液体となり、徐々に性質を変えていく。ぐるりと茎の形をとり、指は何事もなかったかのように硬化した。頭部や胴体は圧縮され、大きな花弁と化す。それは綺麗に茎の先端に収まった。

 彼は怖いほどに透明な姿を咲かせる。

 あーあと、アライグマは呟き、続けた。

「硝子の花がまた咲いたよ」 

 何が千年に一度かと、彼は思った。


「おまえさま、起きてらして?」

 そこで、かのえは目を覚ました。傍では美しい少女――ひのえが笑っている。彼は彼女に夢の話をした。すっかり騙されてしまった。そう、かのえが言うと、土産なぞいいですのにと、ひのえは笑った。だが、花をぜひとも届けたかった。

 彼がそう嘆いた時だ。

「あっ、おまえさま、そこに」

 夢で棘が刺さった瞬間、現実では指を噛みでもしたのだろう。

 布団の上に、血の花がひとつ咲いていた。

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