第三夜
こんな、夢を見た。
風船男の話をしよう。
それは一体何か。風船男とは風船を売り歩く男のことだ。真っ黒な服を着ており、その全身はまるで影法師のように見える。真夏の濃い影のように、自身の姿は徹底的に隠しながら、風船男は風船を売る。
赤や黄や橙や緑や青や桃や紫の色鮮やかな風船たちを。
風船男は言う。風船はいらんかね。
特別な風船だよ。
風船男の風船は特別だ。
何せ、中に人の頭が入れられている。
女のもの、男のもの、少年のもの、少女のもの、老婆のもの、老爺のもの。様々な頭が、風船の中にはしまわれていた。よくよく覗いてみるといい。黒髪や白髪が、内側のゴムにぺたりと貼りついている様が見えるだろう。あるものの唇が捲れあがり、歯が剥き出しになっている様が拝めるだろう。風船の色越しにも、死者たちの頬は白く蒼褪め、血の気のないのが伺えるだろう。そんなものが入れられた風船を、風船男は売っている。
風船はいらんかね。男は言う。特別な風船だよ。
だが、特別な風船だからと言って、欲しがる人が多いとは限らない。何せ、死者の頭部が入れられた風船だ。
何故、男がそんなものを売っているのか。誰も知らない。
当然のように、彼も知らなかった。だが、彼はそんなことには構いはしない。彼にはもっと重要なことがあった。
彼女の頭が、風船の中に入れられてしまっていることだ。
そうして、彼の手の中にはナイフがあった。故に、彼は風船男を刺した。当然だろう。だって、彼女の頭は、彼にとっては体についていて欲しいものだったのだから。
風船男の体には穴が開いた。ぷしゅーっと音がして、風船男から空気が抜けた。男は真っ黒で平坦なただの影になってしまった。男の手から離れた風船は、空へ向かって飛んで行く。勿論、彼女の頭もだ。さてどうしようと彼は思った。彼女の頭がどこかへ行ってしまっては、彼には生きている理由がない。そうして、彼の手にはナイフがあった。
「そうだ、こうしよう」
彼は自分の腹を刺した。当然だ。だって、もう、彼女はいないのだから。
「旦那さま、起きてらして?」
そこで、かのえは目を覚ました。傍では、美しい少女――ひのえが微笑んでいる。かのえは、彼女に風船男の話をした。
まぁ、おかしなことと、ひのえは手を叩いた。
「旦那さまの頭が入った風船なら、私はぜひとも、ひとつ欲しいですね」
そう、ひのえはいつまでもころころと笑っていた。
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