第二夜

 こんな、夢を見た。

 彼の前には、翠の海が広がっている。宝石を溶かし込んだような色をした水が、細かな泡を浮かべていた。

 足元では飽きることなく、波が寄せては返しを続けている。

 その直ぐ間近に、彼は立っていた。

 あほうのように呆然と、彼は周囲を眺める。

 あぁ、また、彼女がいない。

 辺り一面には白い砂浜が広がっていた。

 白く、しろく、細かな砂が、みっしりと一粒の欠けもなく敷きつめられている。自然な砂浜としては、おかしな感じだった。百年も、千年も、ここはこのままあったのだろう。そう思わされる、奇妙な硬さをまとっている。

 彼女は、いない。

 延々に続く、海と砂浜の狭間のどこにもいない。

 だが、気配だけはあった。

「あぁ、そうか」

 ふと、彼はその理由に気がついた。なんのことはない。

 この翠の海の全てが彼女だった。きっと、彼女は海に身を投げて死んでしまったのだろう。そして、美しい水そのものと化してしまったのだ。

 彼をおいて、逝ってしまった。

 そうして寄せては返しを、繰り返している。

「ならば、僕も行かないと」

 そう、彼は歩き出した。ふらり、ふらりと彼は海へ向かう。水は温かかった。羊水のような柔らかさがあった。足を洗われながら、彼は歩く。

 ふわり、ふわり、奥へと進む。


 おかえりなさいと、彼女に言われた気がした。


「兄さま、起きてらして?」

 そこで、かのえは目を覚ました。傍では、美しい少女――ひのえが笑っている。君は海に身を投げたのではなかったのか。そう、かのえは尋ねかけた。だが、不意に先程までの光景は夢だと気がつく。

 君は海になっていたのだよと語ると、ひのえは首を傾げた。

 不思議そうに、彼女は言う。

「私は海に食べられてしまったのですか? おまえさまをおいて?」

「あぁ、そうだね。そうとも言えるだろうね」

「私は兄さまをおいて逝くことはありませんよ。絶対に。けれども、そうですね、もしも、兄さまの方が海に飛び込んで、海になってしまわれたなら」

 私は海をすべて呑むでしょう。

 一滴たりとも、残しはしません。そう言って、ひのえは妖艶に微笑んだ。

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