第4話

メッセージにあった通り、ミナミは行きつけの喫茶店にいた。

「遅い!ボクを待たせるとはいい度胸だね!」

「メッセージが来て一直線に来たんだが」

「そこはあのタイミングでボクからメッセージがくることを予想して動くのがいい部下ってもんでしょ?」

 典型的なブラック上司っぷりのミナミの手元に置かれたオレンジジュースはまだ口が付けられていなかった。

「先輩も今来たところなんじゃないですか?」

「うるさい!」

 やはりブラック上司だ。

 カウンターでコーヒーを注文し、席に着くとミナミは「首尾はどうだった?」と尋ねてきた。

「報告がなかったってことは、つまりそういうことです」

「でも、知らせがないのは良い知らせっていうし」

「俺は報告はします。売人は現れませんでした」

 ミナミはオレンジジュースをストローで吸い取り「だろうね」とつぶやいた。

「予想していたんですか?」

「可能性の一つとしてね。でもこれで売人の正体は大きく絞り込めた」

 マスターがコーヒーを運んできた。すでに夕方なのにカフェイン飲料を注文したことを少し後悔するが、口をつける。苦い。ミナミがオレンジジュースだからと見栄を張ったのが良くなかった。

「まず、売人が現れなかったことは2通りの解釈ができる。

 つまり、売人側に問題があった場合と買い手に問題があった場合だ」

「売り手の問題はわかる。何かトラブルがあった場合だ。でもこの場合ならメールに何かしら連絡が来るだろう。でも、買い手の問題っていうのはなんだ?」

 思った以上に苦かったコーヒーにミルクを垂らした。

「買い手の問題っていうのは、言い換えると売り手が『この相手には売る事はできない』と買い手、つまりキミが判断されたということだ」

 つまり、出禁を食らったってことか。

「俺は別に問題を起こしてないぞ」

「ボクとつるんでいる時点で相当だと思うけどね」

 お前がいうな。しかし、言っていることはもっともだ。

「でも、あいつらだって同じことしてるんだから出禁にすることはないと思うけどな」

「だからこそ、だよ。怪しいじゃないか。同業者が客として現れるなんて。ボクならソッコウで逃げ出すね」

 そうか、そういうことか。ミナミが最初に言った「絞り込めた」の意味がわかってきた。売人は俺がミナミの手下としてチューイングガムを捌いていることを知っている。

「おい、俺だって足がつかないように捌いてるぞ。一体誰なら俺が売人をやってるって知ってるんだよ」

「そうだね、まずボクは知っている」

「まさかの自作自演?」

 状況を整理すればあり得なくもない。

「まさか、いくらキミに払う分け前を渋ったとしても危険を冒してそんな事はしないさ」

「じゃあ誰だよ」

「そうだね、客は外していいかな。売人の正体を気にする客はいない。彼らにとってガムはただの嗜好品だ」

「そうだな。それに何度もいうが俺も取引には最新の注意を払っている。放校処分は嫌だからな」

「キミの保身にかける情熱に関しては信頼しているよ。だけど、取引をずっと監視している人物もしくは組織があったらどうだろう?現場は抑えられなくても、取引現場周辺によく現れる人物としてキミのことをマークしていてもおかしくない」

「まさか、風紀委員会?」

「厳密には風紀委員会の実働部隊である風紀委員会強制執行班だね。と、ここまでがボクの推測なんだけどどう思う?情報屋」

 ミナミがここにいないはずの人物に話しかけた。いや、俺がいないと思っていた人物と言った方がいい。なぜなら黒いフードを被った得体の知れない人物は、いつの間にか同じテーブルについていたからだ。

 その手元には大きなパフェが置かれていた。

「アタシは情報屋だ。ここの情報に対して判断を下さない」

「ま、情報屋としてはそうだろうね」

 情報屋は黙ってパフェを口に運んでいた。一回にスプーンで掬う量は少ないがペースが凄まじい。見ている間にもパフェの山は低くなっていった。

「で、一つ頼みたいことがあるんだけど」

「それは、情報屋としてのアタシに?」

「どうだろうね」

 情報屋が俺を一瞥した。いや、目元が隠れているので見られたかどうかはわからない。

「悪い、今日はもう帰ってくれ。ここの支払いはボクがしておくから」

 驚いた。守銭奴のミナミが支払いを持つなんて天地開闢以来初めてのことではないか?

「人ばらいか?」

 ミナミはあいまいに微笑んだ。素直に従っておいた方がいいだろう。

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