第3話

そのメモを一瞥してミナミは満足したようだ。「これ、代金」と千円札を情報屋に渡し、情報屋はそのまま黙って去っていった。

「で、今のはなんだったんだ?」

 情報屋が去っていって方を向きながら尋ねた。二人の間では会話が成立していたようだが、蚊帳の外にいた俺には何がなんだかさっぱりわからない。

「実をいうと、ガムの売り上げが下がっていることは前から知っていた。だから仮説を立てて情報屋に検証を依頼した」

「おい、何も聞いてないぞ」

「聞いたら手伝ってくれたかい?」

 多分、手伝わなかったな。という返答を飲み込み、無言で持って返事とした。

「結果は予想通り、我々以外の何者かがガムを売り捌き我々の顧客を奪っている!」

 妥当な仮説だ。

「なるほど、商売敵が出てきたのか。でもそうなると対処は難しくないか?やっていることは俺たちと同じだ。下手に対処しようとするとこっちまで検挙されかねない」

「すると君はあれかね?このボクに、敵に屈してシノギを譲れというのかね?」

「そんなことは言わねえが、どうするつもりだよ」

 その時のミナミの顔は、例えるならば罠に獲物がかかった時の肉食獣の顔だった。

「そうだね、まずは敵を知る必要があるよね」


 悪い予感というものは当たるものだ。

 ミナミは俺に対して潜入捜査を命じてきた。

「大丈夫!ちょっと言ってきてガムを買ってくるだけだから」

 そう言って送り出されたが、求められているのはガムを買うことではない。ガムを売っているのは誰かということだ。当然互いの安全のために取引はお互いに合わなくて済むように行われる。そして俺は相手にとっては商売敵だ。もし素性がバレていたらブツを受け取った瞬間に風紀委員に現行犯で逮捕されるなんてシナリオもあり得る。

「本当に問題ないんだろうな」

 思わず独り言が漏れる。

 俺が今いるのは使われていない教室のロッカーの中だった。

 昨日、情報屋から渡されたメールアドレスに購入する意思を伝えるメールを送ったところ空き教室を受け渡し場所にするという連絡がきたのである。そして、メールの指示の通り現金を窓際の一番前の席の机の引き出しに入れ、指示に背いて掃除用のロッカーの中に身を隠した。掃除用ロッカーはただでさえ埃っぽいのに加えて古い掃除道具の放つ異臭が充満していた。

「臭い」

 状況は不愉快なことこの上なかったが、作戦としてはシンプルなぶん成功率は高いはずだ。ガムの売人は必ず代金とガムを交換するために現れる。そして俺はここでその一部始終をカメラに収める。ん?俺がロッカーに隠れる必要あったか?

 売人が現れるまでは暇なのでメッセージアプリでミナミに聞いてみる。

 返信はすぐに来た。

『箒と一緒に閉じ込められるキミを想像するだけでご飯3杯はいける』

 帰っていいだろうか?

『嘘、盗撮は犯罪だよ』

 思った以上に正論が帰ってきた。確かにガムの売買は違反行為ではあるが、あくまで学校内部でのことだ。一方で盗撮は外の世界の法令違反である。掃除道具入れに入ることを強要するのはなんらかの罪に問えないものだろうか?

 どのくらい待っただろうか?掃除ロッカーの中からでは時計が見えづらく時間感覚が麻痺しがちだ。差し込む日差しの角度と色から相当時間が経ったことだけはわかる。そろそろ校舎の閉鎖時間を気にする必要があるのではないだろうか?

 メッセージアプリに着信があった。ミナミだ。

『もう帰ってきていいよ。いつのも場所で』

 売人は結局現れなかった。現金を回収してなんとか校舎の施錠前に抜け出すことに成功した。

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