カクヨムコン編

容疑者 超上銀河 真安

***


 カクヨムコンって知ってるかい?

 カクヨムコンっていうのはインターネットで一番熱い(筆者独自調査)KADOKAWA主催の大型小説コンテストのことなんだ!

 今、インターネット中のWEB小説家(筆者独自調査)がカクヨムに集まって熱い小説バトルを繰り広げてるんだぜ!?

 オイラの名前は超上銀河ちょうじょうぎんが真安さねやす、オイラも将来の小説家を目指して、日々小説バトルを繰り広げてるんだ!

 行くぜ!オイラの相棒「異世界で弱能力が実は最強チート女尊男卑世界ハーレムS級パーティーから追放TS戦記」!ライバル共をぶちのめして印税ででっけぇPCと酒と女と肉を買うんだ!


***


 深夜二時、カクヨムコン読者ランキング総合666位の作者である手羽先慶一郎が頭から血を流して倒れている。

 エアコンは部屋を温めようと健気な努力を続けているが、割れた窓から射し込む濃厚な夜の空気がエアコンの健気な努力に水を差す。

 マンションの六階、玄関の扉は閉まったままだ。

 ある種の人間にとって窓は開けっ放しの扉に等しい。


「はぁ……はぁ……良いバトルだったぜ!」

 息を整えた超上銀河が爽やかな笑みを浮かべた。

 映像に収めたいほどの笑顔であったが、監視カメラはしっかりと破壊されている。

 超上銀河の手に持つバールはじっとりと血に濡れていた。


「へへっ!読者ランキングっていうのは絶対評価じゃなくて、相対評価なんだ!だから、オイラより上位の人間を不戦敗にしてやれば、オイラのランキングは自動的に上昇するってワケ!そして……オイラの作品を面白くするよりもオイラより上の奴をオイラ以下にしたほうが手っ取り早いんだぜ!?」

 濃厚な死の気配を漂わせる超上銀河のバール。

 今浴びたばかりの手羽先慶一郎の血を拭っても、これまでに小説バトルで殺してきた幾百のWEB小説家の血がべっとりと染み付いている。

 目に見える血を拭うことは出来ても、恨みを拭うことまでは出来ない。

 超上銀河のバールは消えない血で濡れている。

 だが、それを気にする超上銀河ではない。

 ランキングは人間で出来た山であるのだから、その頂を目指すのならば誰かを踏みにじることになる。それが他者にとって屈辱を伴うものか、あるいは痛みを伴うものか、その違いがあるだけのことだ。

 文章力は目に見えないが、暴力は目に見える形で効力を発揮する。 

 超上銀河は暴力でカクヨムコンの頂に立つ。


「へへっ!バトルの後は腹が減っちまったぜ!なんか食わしてもらおっかな!」

 手羽先慶一郎の死体をまたいで、超上銀河はリビングへと向かった。

 指紋をつけるような真似はしない、薄手の手袋は散々に叩いたキーボードよりも手に馴染む。

 冷蔵庫を開き複数枚がパッケージされたベーコンを取り出す。

 開封し、一枚を生のまま、ぺろりと口に運ぶ。

 程よい塩加減としっとりとした食感が美味しい。

 火に通したほうが良いことぐらいはわかっているが、やはり生のベーコンは食べ物として焼きベーコンとは種類が異なる。


 揚げ物をするぐらいに油をたっぷりと鍋に入れ、加熱する。

 これほどの油は必要ないのだが、どうせ人のものであるのだから、ついつい使ってしまう。

 それに死体は文句を言わない。


「ウッヒョ~うっまそ~!」

 たっぷりの油で揚げたベーコンを机に置き、手羽先慶一郎のノートパソコンを起動し、カクヨムにアクセスする。

 カリカリの食感を楽しみながら、手羽先の作品をカクヨムコンから辞退させていると奇妙なことに気づいた。


「……へっ、とうとう皆、気づき始めたってことか」

 超上銀河がカクヨムバトルを仕掛けた以上の数がランキングから消えていた。

 それは自分の意志によるものではない、と超上銀河は確信している。

 特別な機器を使う必要はない、罪の匂いは画面越しにも伝わる。

 一息にベーコンを平らげると、バールを強く握った。

 今までのカクヨムコンはただの狩りだった、しかし――


 ゴン。

 超上銀河が思いを巡らせた瞬間、玄関の扉をノックする鈍い音があった。


 ゴン。ゴン。

「すいませぇ~ん、手羽先慶一郎さんのお家ってここですよねェ~?カクヨムってサイトで小説を投稿していらっしゃる手羽先慶一郎さんのお家はァ~」

 間延びした声。

 行間を読めば、そこに殺意が潜んでいることは明確だ。


 ゴン。ゴン。ゴン。ゴォン。

「おっかしぃなぁ~?家を間違えたかなぁ~?開けて確かめますねェ~」 

 止むことのないノックが止んだのは、ノックする扉が消えたからだ。

 チェーンロックが引きちぎれ、くの字に圧し曲がった扉は勢いを立てて部屋の中に入り込む。侵入者の拳が扉を吹き飛ばしていた。


「あっれぇ~?手羽先慶一郎さんってこんなに若かったんですかねぇ~?」

 ずかずかと入り込んだ侵入者が超上銀河を見て、にんまりと笑って言った。


「わりーけど、人違いだぜ」

 侵入者の手にはカクヨムの文字が刻まれたメリケンサック、当然公式グッズではない。ただのアクセサリーではない。その血錆が何よりもメリケンサックの実用性を示している。

 メリケンサックが届く距離ではないし、バールが届くほどの距離でもない。

 二人はその程度に距離を空けている。


「……けど、その血の匂いはぁ~カクヨムコン参加者ですよねぇ~お名前伺ってもよろしいですかぁ~?」

「超上銀河真安」

「知らない名前ですねぇ~」

 カクヨムにおいて超上銀河真安の名前を知るものはほぼいない。

 カクヨムバトルでカクヨムコンを駆け上がっていっているのもそうであるが、大体の読者が作者に対しての興味を抱きはしない。


「オメェは?」

鰤濱地ぶりはまち刺身さしみ

「知らねぇ!」

「安心してくださいよぉ~今は無名ですけどぉ~今回のカクヨムコンで皆が知る名前になりますからぁ~」

「ヘヘッ……わりーけど、そういうことにはならねぇぜ!カクヨムコンで勝利するのはオイラだからな!」

 外から入り込むもの以上に、彼らの内側から発せられるものによって部屋の空気は冷え切っている。

 殺気が具体的な形を持つのならば、この部屋中を相手のみならぬ自らをも殺傷するほどの鋭利なる凶器の形で埋め尽くしたであろう。


 互いが、同時に、同じことを、思った。

 今までのカクヨムコンはただの狩りだった。

 しかし――ここからは真の戦いになる。


「ウォォォォォォォォ!!!!!」

「キェェェェェェェェ!!!!!」

 超上銀河は獣のように吠え、鰤濱地は怪鳥のように鳴いた。


 鰤濱地の拳は一瞬にして、超上銀河の前にまで迫っていた。

 この拳は超上銀河の頭を割られるスイカのようにたやすく破裂させることだろう。

 これみよがしに見せつけたカクヨムのメリケンサックが超上銀河を見誤らせた。

 剣、杖、槍、銃、あらゆる種類の武器に比べてメリケンサックのリーチは短い、そうであるからこそ、鰤濱地の下半身は異様なまでに鍛え上げられている。

 豹の脚に熊の腕を持つかの如き殺戮兵器。

 敵が武器を振るうよりも速く相手に接近して、殴り殺すのだ。

 果たしてどれほどの執筆時間を捨てて、この肉体を完成させたのだろう。


「こんなところで……負けてられねーぜ!」

 超上銀河の脳裏に幾人ものカクヨムコン参加者の姿が過ぎった。

 自身のランキングを上げるために葬ってきた者たち――その遺志を背負って、超上銀河は戦うのだ。そうだ、書籍化するのだ。メディアミックスもされるのだ。アニメ映画化もされたいのだ。自分の名前が入った本が書店に並ぶのをうっとりと眺めたいのだ。


「なぁ~!?」

 鰤濱地の拳は受けの構えを取った超上銀河のバールに突き刺さっていた。

 超上銀河は執筆時間やインプットの時間を投げ捨ててまで、バールで撲殺する修行を続けてきたのである。

 撲殺するということは撲殺されるということと表裏一体である。

 なれば、超上銀河の超反応が鰤濱地の死の拳を防いでもなんらおかしなことはない。


「死ねェーッ!!!」

 超上銀河はそのまま鰤濱地の拳を振り払い、無防備な鰤濱地の脳天にバールを振りかざした。

「死ね!死ね!死ね!死ね!死ねェーッ!!!」

 絶命するまで、何度も、何度も。

 返り血は超上銀河の熱を冷まさない。


「ハァ……ハァ……ハァ……ヘヘッ!このカクヨムバトル!オイラの勝ちみてぇーだな!」

 最早、誰もそれを人間の顔であったとは確認出来ないだろう。

 部屋中に鰤濱地の肉片と骨片をばらまいて、ようやく超上銀河は己の勝利を確信することが出来た。

 超上銀河は鰤濱地の懐を漁り、彼のスマホを取り出して、作品のカクヨムコン参加を取り下げる。


「……今はオイラよりランキングが下でも、いつオイラより順位が上になるかわかんねーからな!」

「その意気や良し……だが、甘いですね……超上銀河真安さん」

 一息つく間も、超上銀河には与えられなかった。

 開きっぱなしになった玄関から新たに現れたのは、全身を黒の衣装で包んだ謎の男である。


「オ、オイラのペンネームを……オメェもカクヨムコン参加者かよ」

「えぇ……ランキング80位……デビル坂殺人事件と申します。お見知りおきの程を」

 慇懃に頭を下げるデビル坂。

 行間を読んでも、そこに殺意は感じられない。

 しかし、自身より遥かにランキング上位であるデビル坂は相手に害意が無くても超上銀河にとっては獲物である。

 それでも超上銀河が今すぐに襲いかからなかったのは、カクヨムバトル後の疲労もあるが、デビル坂が一切の隙を見せずに油断なく立っていたからである。

 デビル坂殺人事件――80位に相応しい強者である。


「敵を排除する……超上銀河さん、貴方の殺意は素晴らしい、しかし間違っています」

「オイラが間違ってるだって!?夢のためなら刑法に引っかかるのは覚悟の上だぜ!?」

「確かに刑法上の問題はありますが、私の言いたいことはそういうことではありません……いいですか、貴方は二点大きな間違いを犯しています」

「二点の大きな間違いだって?倫理的間違いと……あと一つは何だってんだ?」

「いえ、倫理観は放っておきましょう。いいですか、まず貴方は自身よりランキング上位の人間を順調に葬っていますが……キリが無いのです!」

「キリが無いだって!?」

「カクヨムは大手出版社KADOKAWAが運営する小説投稿サイト、将来的には最大手小説投稿サイトである小説家になろうをも上回るポテンシャルも持ったサイト(筆者の個人的な意見)です、今まさに日本中……いや世界中からカクヨムが集まっているというのに、貴方の殺人ペースでランキング一位になれるとお思いですか?」

「なっ……!」

 言われてみれば思い当たる節がある。

 どれほどランキング参加者を殺しても、己は読者ランキング総合2億位台を彷徨っているのだ。

 日本神話におけるイザナギとイザナミのようなものだ。

 己が殺すペースよりも、新規作品が投稿されるペースのほうが早い。


「そして、第二に……読者ランキング一位になれたからといって、それはカクヨムコンでの受賞を意味しません!!それを審査するのはKADOKAWAです!!」

「あっ……あぁ~~~~~~!!!」

 超上銀河は思い出す。カクヨムコンの応募要項を『応募された作品のうち、読者による投票で高い支持を得た作品は最終審査にノミネートされます。最終選考はKADOKAWAの書籍編集部が合同で審査を行い、優秀作品を決定します』の文字を。

 読者ランキングで一位に上り詰めたところで、生殺与奪権を握るのはKADOKAWAである。


「だとしたら、オイラがやったことはただの殺人じゃないか……クソッ!どうせ罪を犯すなら銀行でも襲っとけば良かった!」

「フフ……まだ自棄になるのは早いですよ、超上銀河さん。KADOKAWAが審査するということは……」

「大切なのは読者人気ではなく……KADOKAWAを納得させるということか」

 デビル坂は優しく頷いた。


「もう、我々のやるべきことがわかりますね」

「あぁ……全てを裏で操るKADOKAWAにカチコミだ!!」

 こうして真の戦いは始まった。

 行け、超上銀河真安。

 己の作品で編集部を納得させろ。

 これこそがカクヨムコン必勝法だ!


 あと、この物語はフィクションです。

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