カクヨムコン必勝法の終焉

 上座も下座も関係ない、一番偉い人間は玉座に座る。

 その日も殺戮刑事課課長、業魂ゴータマは今月の目標である『なるべく生類を憐れむ』の額縁を背に、特注の玉座に己の体重を預けながら国語辞典に目を通していた。


 殺戮刑事――食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があり、己の獲物を奪おうとする殺人鬼を心の底から憎悪し、その殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。


 業魂はその殺戮刑事の中で唯一自身の殺傷本能を完全に制御している恐るべき男である。

 その身体には余分な脂肪どころか余分な筋肉すらも存在せず、頭から指の先に至るまで一本の毛も無い。己の体毛にすら重みを感じるほどに身体が研ぎ澄まされているのだ。

 その外見は糞掃衣を纏っただけの即身仏の有様である。


「ケヒャァッ!おはようございます業魂課長!」

 出勤した殺死杉ころしすぎ謙信けんしんが、入室と同時に毒ナイフを業魂に投擲した。

 読者諸君も御察しの通り、毒ナイフの毒とは都市一つを壊滅させる毒のことである。

 部下に殺される程度の実力しか持たないのならば玉座に座る資格はない。

 毎朝行われる業魂への試練であると同時に、殺死杉の殺戮衝動の発散である。


「おはよう、殺死杉」

 小蝿を払うように、業魂は手に持った国語辞典で毒ナイフを払いのける。

「チェッ、今日も業魂課長殺人事件は未遂に終わったか」

「フフ……我が部下ながら頼もしい殺意だね、これは僕の辞典に平和の正しい意味が載る日も遠そうだ」

 アルカイックな微笑みと共に業魂が殺死杉に暖かな目を向けた。

 業魂の持つ国語辞典において、平和の項目はただ一言「幻」とだけ書かれている。


「あーあ、早くクソ野郎をぶち殺してスカッとしたいなァ」

 そう言って、殺死杉は自身の席である電気椅子に着席する。

 上座や下座、そのようなくだらないマナーに殺戮刑事が脳の容量を割く必要が無いように、殺戮刑事課は一番偉い人間が玉座に、それ以外が電気椅子に座るという極限まで単純化された礼儀作法が適用されている。

 キルスコアは足で稼ぐ――現場で悪人を殺している殺戮刑事が電気椅子に座っている時間は一日の内のほんの僅かな時間である。ほんの僅かな時間なので致死性の電撃を流しっぱなしにしていても問題はない。

 業魂は充電と呼んでいる。

 それで死ぬようならば、殺戮刑事としては不適。

 犯罪者としての処刑が早まっただけのことである。


「ケヒャヒャ。課長、贅沢は言わないので四捨五入すれば死刑にしても問題ないぐらいの極悪犯罪者っていませんかねェ?」

 電撃は殺死杉から言葉を奪うには至らない。

「そうだな……殺死杉、君はWEB小説投稿サイト、カクヨムを知っているかい?」

「ケヒャァッ!知りませんねェ!」

「そうか。カクヨムという小説投稿サイトにはカクヨムコンと呼ばれるコンテストが年に一度行われており、カクヨム投稿者の多くははそこで受賞することを最終目的にしているんだがね」

「……聞いたこともないコンテストですねェ、だいたいコンテストなどというものはライバルを殺し、主催者を脅すことが必勝法、小説なんぞ書いている暇があったら、ナイフの一つも振るべきですよォーッ!!!そして、ナイフを振る間抜けを私が殺す!それが自然の法則!殺人連鎖というものですねェーッ!!ケヒャヒャーッ!!」

「つまり……そういうことだ」

「カクヨムコンと呼ばれるコンテストで受賞するために、ライバルを殺害したWEB小説家がいると」

「そう、カクヨムコン必勝法に気づいてしまった彼らは……カクヨムコンを殺傷能力コンテストに変えてしまったんだ、今カクヨムコンのランキングの上位にいるのは読者に人気のある作品ではなく、ライバルを殺しまくった作品さ」

「小説家ではなく殺人鬼になろうというわけですねェ……」

「このままではカクヨムに投稿するWEB小説家は絶滅、KADOKAWAもWEB小説部門から撤退してしまうかもしれない……そうなれば今後のWEB小説界の覇権は小説家になろうが握ることになる」

「……とっくにそうなっていると思いますが、人が殺せるなら些細な問題です!!早速ぶち殺しに行ってきますよォーッ!!!」

 殺死杉は電気椅子から勢いよく立ち上がる、その瞬間――殺死杉目掛けて天井から雨のごとくに無数の剣が降り注いだ。


 ダモクレスの剣の故事をご存知だろうか。

 かつて存在したダモクレスという王が、玉座の上にいつ落ちるともわからない剣を吊るすことで、常に自分を死と隣り合わせの環境に置き、そのような日々を過ごすことで極限の集中力を会得し、最強の王になったという故事である。

 ダモクレスの剣の故事においては剣は一本であるが、殺戮刑事課の天井には数え切れぬほどにびっしりと剣が吊るされている。一本だけでは一人しか殺すことが出来ないが、数が多ければいっぱい殺せてお得であるからだ。


「ケヒャァッーッ!!」

 殺死杉が思わず叫ぶ。

 避ける隙間の無いほどの剣の密度である、それほどの数の剣が雨の速さで殺死杉の元に降り注いだ。

 普通の雨すら人間は避けることが出来ない、いわんや剣の雨である。

「全く困った悪戯ですねェーッ!!!!」

 瞬間、殺死杉はコードをブチブチと引きちぎりながら、百キログラムほどの重量がある電気椅子を頭上に持ち上げた。

 殺死杉の頭部に突き刺さらんとした剣の雨は、電気椅子の傘に塞がれて殺死杉を血の雨で濡らすことはなかった。


「ハァ……さすがの私もびっくりしてしまいましたよォーッ!!!」

「いやいや、殺死杉。この程度で死んでくれなくてよかったよ」

 業魂の乾いた拍手の音が殺戮刑事課の室内に響く。

 今、殺死杉に降り注いだ剣は、業魂の仕業によるものだ。

 自身の殺傷本能を完全に制御した業魂は、普通の人間のように人を殺さないでいることが出来るし、何の理由もなく人を殺すことも出来る。

 そこに一切の感情のゆらぎはない。

 喜びも悲しみも、業魂にはないのだ。


「チェーッ!自分ばっかり生殺与奪の権利を握っちゃって、いつか絶対に殺してみせますからね」

「ハハハ、その日を楽しみにしているよ」

「ま、今日のところはこのストレスはカクヨムの殺人鬼にぶつけましょ」

 殺死杉は超威力の爆弾を置くと、部屋を出た。

 業魂は爆弾で死ぬような人間ではないが、何事も挑戦である。

 爆音を背に、殺死杉は警察署を後にした。

 キルスコアは足で稼ぐ――室内で遊んでいる暇など無い。


***


 武蔵野――カクヨムで開催される角川武蔵野文学賞のテーマとなる土地であり、その名を冠する角川武蔵野ミュージアムが存在するなど、KADOKAWAとの縁深い土地である。

 だが、この土地の正体は現代日本に存在する魔界である。

 角川武蔵野文学賞において、数多の武蔵野に一切関係ない小説が投稿されているが、だが冷静に考えてみればこれは全くおかしいことである。

 カクヨム利用者はカクヨム――ひいてはKADOKAWAが大好きなはずである。かくいう筆者も角川ホラー文庫に青春を捧げたような存在である。

 そんなKADOKAWA大好き人間達が、角川の名を冠する賞に一切関係のないファンタジー小説を投稿するはずがない。

 筆者は位置関係の都合上、武蔵野に赴いたことはないが――実際に取材された方々は武蔵野の真の姿を知り、そのような物語を書いたのだろう。そう、武蔵野とは現代日本に存在するファンタジーそのものの世界であるのだ。おそらく。

 故に、そのような魔界にカクヨムコン必勝法実践者達が集うのも当然であった。


「ケヒョヒョ……武蔵野……すごい妖気ですねェ……」

 一度は行ってみたい土地(特に角川武蔵野ミュージアム)である武蔵野――東所沢に降り立った殺死杉が呟く。

 カクヨムコン必勝法実践者達は最終的には敵同士になる存在であるが、カクヨムコン参加者を効率よく抹殺するため、そして最終目標であるKADOKAWA本社での決戦に備えて、今は一つの組織として武蔵野で覇を唱えている。

 KADOKAWAは巨大企業である、個の力では倒せぬために徒党を組む。

 その集団を一人で絶滅させようとするのが、殺戮刑事殺死杉謙信である。


「おっと……アンタもカクヨムコン参加者かい?」

 東所沢駅を出た瞬間、殺死杉は怪しい三人に取り囲まれた。

 一人一人が一角の戦士である。

 そのオーラは地元のやばい先輩を凌駕する。


「オレはカクヨムコン32位ランカー……ぷにぷにババロア」

「33位、ピアニシモフォルテです」

「オデ28位。怒業因どごういん莢迷きょうめい

 道理で尋常でないオーラの持ち主である。

 カクヨムコンは過酷な戦場――その50位以内に入っているのだ。

 ましてや、暴力でその座を奪い取ったとあれば。


「カクヨムコン参加者だったら……どうすると言うんですかァ?」

「死か、服従、あるいは……他の賞への応募をオススメするまでのこと」

「カクヨムではかなりのペースでイベントが開催されています、カクヨムコンから身を引くというのならば、命までは奪いません」

「オデ……脳味噌喰イダイ!!作家ノ脳味噌ヲ喰エバ!!文章力ハオデノモノ!!」

「では、貴方達を皆殺しに来たと言ったら……?」

 刹那、怒業因が殺死杉に飛びかかった。

 ピアニシモフォルテは銃口を殺死杉に向け、ぷにぷにババロアが懐から鎖鎌を取り出す。

 だが――遅すぎた。

 WEB小説家にとって殺人は手段である。

 だが、殺戮刑事にとっては殺人こそが目的であるのだ。

 彼らが殺死杉を殺すと決意するとっくの前に――殺死杉は目の前の三人を殺すと決めていた。


「ブェェェェェェッ!!!!」

 悲鳴を上げたのは、怒業因である。

 その全身が油膜のような虹色に染まっている――毒だ。

 その額には毒ナイフが刺さっている。

 殺死杉の毒ナイフ投擲である。


「ギュァァァァァァッ!!!!」

「国家権力だぁ~~~~~!!!!」

 だが、投げた毒ナイフは一本だけではない。

 引き金にかかったピアニシモフォルテの指、鎖鎌を振らんとしたぷにぷにババロアの右手にそれぞれ毒ナイフが突き刺さっていた。

 都市一つ滅ぼす毒である。

 悲鳴を上げた瞬間、三人は死んでいた。


 だが、ぷにぷにババロアも一角の戦士である。

 断末魔は意味のない悲鳴などではない、彼らの敵である国家権力の襲来を告げる言葉である。

 カクヨムコンで受賞を目指せば――当然、刑法に引っかかる。

 完全犯罪に成功すればそれで良かったが、罪が暴かれてしまったのならば、それなりの戦い方を選ばなければならない。

 つまり、カクヨムコン参加者、KADOKAWA、そして日本国――その全てを屈服させるのだ。

 しかし、小説賞を受賞するためだけにテロリストにならなければならないとは、全く小説家になるというのは難しいことである。


「来やがったか国家権力!!」

「見せてやるよ!!国家を転覆させてでも叶えたい夢って奴を!!」

「ファック遵法精神!!ぶちかませ遵夢精神!!」

「夢を守るための暴力は過剰じゃなくて正当だぜェーッ!!!」

 殺死杉を殺害するために武器を持ち、続々と集結するカクヨムコン必勝法実践者達。

 だが、それは殺死杉を喜ばせる結果にしかならなかった。


「ケヒョヒョーッ!!!殺戮ボーナスタイムだァーッ!!!!」

「ブ……グヴェ……」

「デビャ……ッハ……」

「んねもれ……」


 来た側から、殺死杉の毒ナイフが突き刺さっていく。

 多種多様な犯罪者を処刑してきた殺死杉にとって、WEB小説家達を専門に殺してきたカクヨムコン必勝法実践者達ではどれほど数を集めても、殺死杉の前では羊の群れに過ぎない。

 

「ケヒャッ!ケッヒャァーッ!!!命が失われていくこの感覚たまりませんねェーッ!!!!私に殺されるためにすくすく邪悪に育ってくれてありがとぉ~~~~ッ!!!!」

 東所沢駅前を死体が埋めていった。

 死者は一様に顔を歪め、生者だけが高らかに笑っている。

 カクヨムコン必勝法――カクヨムコンは相対評価である以上、ライバルを殺していけばいずれはランキング上位に辿り着ける。その考え方は間違っていない――だが、WEB小説家は殺人のプロではないのだ。

 そして、殺死杉は相手がアマチュアでも容赦はしない。

 弱いもの殺しも嫌いではないのだ。


「テッ、テメェ~~~~ッ!!!!!」

「おや……まだ生き残りがいましたかァーッ!?」

 東所沢駅の南船橋行きの電車は、おおよそ二十分間隔で発着する。

 ゆえに、彼が怒号を上げたのは殺死杉が東京方面から東所沢駅に到着してから二十分後のことであった。


 超上銀河ちょうじょうぎんが真安さねやす――現在のカクヨムコンランキング一位にして、カクヨムコン必勝法実践者の頭目である。

 彼が東所沢駅を出て東京に向かっていたことに大した理由はない。

 だが、そのたまたまが決定的な悲劇を引き起こすことになった。

 あと二十分早く帰ってきていれば、殺死杉の大虐殺を止めることが出来ていただろう。

 だが、結果として――彼と志を共にするカクヨムコン必勝法実践者の仲間たちは全滅することとなった。


「テメェ~~~ッ!!この殺人鬼野郎ォ~ッ!!!」

「ケヒャァッ!!人のこと言えたタマですかァ!?」

「怒りって言うのは……自分のやったことを棚に上げれるほどの激情を湧き起こすもんなんだよォ~ッ!!!」

 バールを片手にそしてもう片手はポケットに突っ込みながら殺死杉に殴りかかる頂上銀河、その動きは素人丸出しである。

 既に殺死杉は毒ナイフを投げていた。

 これで、今日の殺人は終わり――そのはずだった。


「オレの怒りの暴力をくらいやがれェーッ!!!」

「グッブェ!!」

 頂上銀河は毒ナイフを回避し、殺死杉の頭部にバールを振りかぶっていた。

 予想外の回避に、殺死杉の方がバールを避け損ねた。

「目的のためなら手段は選ばない大切な仲間達をッ!よくもッ!テメェ~~~~ッ!!!お前が殺したアイツらは殺したカクヨムコン参加者の分の命を背負っているから、実質一人で三~四人の命を背負ってんだぞォ~~~~ッ!!!!」

 バールの乱打が殺死杉を襲う。

 素人の乱打ならば、殺死杉はあっさりと抜け出すことが出来るだろう。

 だが、抜け出せない。

 隙がないのだ――頂上銀河、ただのWEB小説家ではない。プロだ。

 殺死杉は激しいダメージを受けながら、そう判断する。


 実際、殺死杉の判断は間違っていなかった。

 超上銀河真安――彼は殺死杉のような殺人嗜好者ではないが、その経験は殺死杉に並ぶ。

 彼は他のカクヨムコン必勝法実践者のように、WEB小説家を殺すだけに留まらず、いつか訪れるであろう自分より強いWEB小説家やKADOKAWA社員との戦いに備えて、老若男女を練習のために殺しまくった。

 数の優位で、どこか楽観視していた他のカクヨムコン必勝法実践者とは違う。

 本物の殺人鬼である――当然、殺人時間は執筆時間を大幅に上回る。


(し……しまった……油断しましたァーッ……い、いくら私と言えどバールで殴られ続ければ死ぬ……!!いや……このパワーはそれだけじゃない!!)

「ペンは剣よりも強し……このことわざを知っているよなぁ!?」

「ま、まさか……」

「ペンは剣よりも強し……つまりペンのポテンシャルは剣よりも上回るってことだ、オレはポケットの中でペンを握りながら、バールでお前を殴っている!!つまり……バールの力にペンの力が加わる最強のバールパワーでテメェをボコってるんだァ~~~~ッ!!!!」

「こ……こんな……こんなことが……!!」

 次第に殺死杉の意識が薄れてゆく。

 このまま、何の抵抗も出来ず死んでいくというのか。


(嫌だ……もっと殺したい!!!まだ全然人を殺していない!!!せめて一地方都市と同じぐらいの人数を殺したい!!!!)


――すいません、替え玉ください

――博多駅周り、マジで何もありませんね

――キャナルシティのムーミンカフェって一人で入るると本当にムーミンキャラのぬいぐるみと相席出来るんですね

――麺硬めで

――すいません、替え玉ください

――すいません、替え玉ください


 走馬灯のように殺死杉刑事の思い出が蘇っていく。


(な、なにか思い出の中に逆転の策は……せめて、博多旅行以外の思い出がなにか……!?そ、そうだ!!)


「ギャァァァァァッ!!!!!」

 その時、バールを通じて頂上銀河の身体を雷が撃った。


「……ま、まさかうまくいくとは思いませんでした……私は電気椅子でメチャクチャ電気を流されているので、電気を操れるのではないかと思いましたが、なんかやってみたら出来ましたよォーッ!!!!」

 そういうこともある。


「そ、そんな……そんなことが……!!!」

「貴方の敗因は……私が電気椅子に座っていたことではありません……小説家になりたいなら、ライバルを殺すとかじゃなくて自分の作品を書きなさぁーい!!!!!」

「グェェェェェェェェェェ!!!!!!!」


 トドメとばかりに放たれた毒ナイフが頂上銀河の息の根を止めた。

 かくして、カクヨムコンは危機から救われたのである。


(……危ないところでした)

 東京方面の車内で、殺死杉は思う。

(けれど、彼らもまた被害者であったのかもしれません……そう、カクヨムコンという笛の音に踊らされたのです……)


――ハーメルンのように。

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