密着!殺戮刑事24時

 今回我々が密着する殺戮刑事は殺死杉ころしすぎ謙信けんしん

 食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があり、己の獲物を奪おうとする殺人鬼を心の底から憎悪し、その殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。


「ケヒャヒャ……それではパトロールに行ってまいりますねェ!!」

 私物のナイフの刃先を舐めながら、殺死杉刑事が覆面パトカーに乗り込む。

 覆面パトカーの車両は超大型に分類されるもので、いざという時にはそのまま質量兵器として用いることが出来るのだ。

 殺死杉刑事だけではなく殺戮刑事は基本的にパトロールを一人で行う。

 獲物がいない時にすぐ近くに人がいては、ついついムラムラと殺意が湧き上がってきて殺したくなってしまうからだ。

 そのようなミスを防ぐために、殺戮刑事達は基本的に単独行動を行うし、我々取材班も殺死杉刑事とは露骨に距離を取って接している。

 以降は望遠カメラ及び、車内に設置したカメラの映像をお届けしたい。


「覆面モード起動!」

 殺死杉刑事がスイッチを押すと同時に覆面パトカーの迷彩機構が発動した。

 覆面パトカーが周辺の光景と同化し、常人では覆面パトカーを視認することが不可能になる。


――覆面パトカーの乗り心地は如何ですか?

「キヒヒ……ステルス状態で一方的にキルスコアを稼ぐことが出来るので重宝していますよォ」


「では楽しい楽しいパトロールの始まりですよォーッ!!」

 アクセルを限界まで踏み込み、覆面パトカーは時速300キロメートルまで一気に加速する。

 赤信号を軽やかに駆け抜け、対向車線も自由に使う。

 あらゆる種類の交通法規を無視しながら、覆面パトカーが街中を走る。


――このような運転で事故が起こったりはしませんか?


「無辜の民を轢殺したり、器物損壊したことはありません……やはり殺すのは悪党が一番気持ちいいですからねェ……危険運転で自分の殺人欲求を煽りつつ、すぐに犯行現場に急行出来るようにしています……キヒヒ……勿論、有事の際は事故ではなく事件は起こしますがねェーッ!!」


 殺死杉刑事の言葉通りであった。

 透明の大質量が街中を爆走しているというのに、人どころか蟻一匹轢き殺してはいない。

 我々が日々生きていることは奇跡であるということを聞いたことがあるが、このような凶器が何も知らない我々のすぐ横を走っていると思うと、それを強く実感させられる。

 この映像を編集中にスタッフの一名が仏門に帰依した。


「おやァ……お楽しみ……いや不審な人間がいますねェーッ!!ちょっと降りてみましょう。場合によっては積極的に正当防衛することになるかもしれませんね」

 午前十時、歩道を歩く男に何かを感じ取ったのか殺死杉刑事が覆面パトカーから降車した。その手には違法改造された拳銃が握られている。

 

「はぁ……武器と防具は装備しないと意味が無いよって言いたいなぁ……でも日本は平和だから武器も防具も装備する機会がないなぁ……」

 不審な男はぶつぶつとひとりごちりながら、歩いている。

 その目には異様な輝きがあり、全身がギラギラとした精気に満ちている。


「君ィ……ちょっといいですかァ?悪いって言っても私が……国家権力の代行者が許可するんですけどねェーッ!!」

 殺死杉刑事が声をかけた瞬間、男の体内から刃物が溢れ出した。

 黒ひげ危機一発の逆であった、内側から外側に向かって刃先が伸びているのだ。

 恐るべきはその刃物の量、迂闊に近づくことも危険である。

 剣でありながら防具、鎧でありながら武器。

 撮影スタッフはこの男を刃物男と呼ぶことにした。

 その刃物の内、二本を両手に装着して刃物男が叫ぶ。


「武器と防具は装備しないと意味がないよ……って言いたいなぁ……平和を乱すしかねぇなァァァァァァ!!!!!武器と防具を装備して俺の襲撃に備えな!!無意味だけどなァァァァァァッ!!!!」

「キヒヒィーッ!!!早速ビンゴですよォーッ!!取材班の皆々様方ァーッ!!スナッフ撮れ高タイムだァーッ!!」

 刹那、殺死杉刑事が銃を構えて刃物男の体内から突き出た刃先を銃弾でへし折っていく。しかし、刃が鎧のようになって防ぐために刃物男に直接弾丸が撃ち込まれることはない。刃物男は連射に怯むこと無く、殺死杉刑事に向かって直進していく。


「武器を装備してるなぁ……偉いぞぉ……!!!早速平和を乱した甲斐があったぞ!!」

「キヒヒィーッ!!平和を乱す人間は許せませんねェーッ!!貴方の死を平和の礎にしてさしあげますよォーッ!!」

「防具を装備しても無意味だよ!死ねェーッ!!」

 刃物男が殺死杉刑事の顔面にラリアットを仕掛ける。

 ただのラリアットではない、受ければ刃物数本を身体で受け止めることになる刺殺ラリアットである。

 殺死杉刑事は己の顔面を薙ぐ刃の群れを前傾になって避ける。

 そして銃を放り投げ、前傾姿勢のまま刃物男を腰を抱くように突進した。

 殺死杉刑事の腕に突き刺さる刃物。

 だが、テイクダウン。

 殺死杉刑事は刃物男に馬乗りになるように押し倒した。


「間抜けが!拳銃を落としたぞ?武器を装備せずに俺を殺せると思ったか?」

「勿論……」

 殺死杉刑事は懐からナイフを取り出し、みっしりと密集する刃の隙間を縫って刃物男の肌にナイフを突き刺した。

 当然、そのナイフには一塗りで街一つ滅ぼすと呼ばれる恐るべき猛毒が塗られている。


「グッ……グェェェェェェェェェェ!!!!!」

 皮膚色を紫に変えながら、刃物男が刃物だけをそのままにどろどろに溶けていく。

 

「私の毒ナイフで、現行犯処刑ですよォーッ!!キヒヒィーッ!!最高ォーッ!!」

 そのどろどろになった肉塊に殺死杉刑事が何度も何度も追撃を食らわせていく。

 最早、残されたのはほとんど紫の液体になった刃物男の死骸と、大量の刃物だけだった。


――刃物は大丈夫でしたか?


「痛かったですが、私の獲物を奪わんとする殺人鬼に対しては直接の攻撃を大切にしています。処刑するだけならば死ぬまで射撃を繰り返すなり、覆面パトカーで轢き殺すなりすればいいですが、それでは私の気が済みませんからねェ……やっぱり直接の刺殺、インターネットでも簡単に殺人が出来る時代であるからこそ、血のあたたかみのある殺人を大切にしたいんですよォ……キヒヒィ……」

 我々の質問に対し、殺死杉刑事はナイフにべっとりと張り付いた刃物男だったものを舐めながら答えた。


――毒が塗られているようですが、舐めるのは大丈夫なんですか?


「私は特殊な訓練を受けています……良い子は真似して人を殺した後の毒ナイフを舐めたりしてはいけませんよォーッ!」

 良い子と呼ぶには手遅れな要素が多いだろ、我々取材班がそう思った時である。

 午前十時三十五分、本部から無線が入った。

 ざらついたノイズが車内に緊張が走らせる。


「銀行強盗騎士団が帝都第一銀行を襲撃、人質も多数取られている。今すぐ現場に急行せよ」

「キヒヒィーッ!!!殺戮ボーナスタイムだ!!!他の刑事が来るまでに一人でも多く殺さなければァーッ!!!」

 殺死杉刑事がアクセルを踏み込む。何かしらのボタンも押す。

 ロケットエンジンが点火し、地上を走る流星が如くに覆面パトカーが帝都第一銀行へと走りだした。


「そこの覆面パトカー止まりなさい!」

 白と黒で鯨幕を模した交通課のバイク。

 不可視の覆面パトカーのステルス機能を強制的に解除して、鯨幕バイク隊員が殺死杉刑事に勧告する。

 その勧告を無視して、殺死杉刑事はアクセルを踏み続ける。


――止まったほうが良いのでは?


「おそらくキルスコアを稼ぎたい他の殺戮刑事による妨害工作ですかねェ……もっとも神様に止まれと言われたって、ごちそうを前にしては止まれませんがねェ……」

「運転を止めないなら、生命活動を止めなさい!」

 鯨幕バイク備え付けの生体執着バイオミサイルが、宙に虹色の軌跡を描きながら覆面パトカーに迫る。

 バイオミサイルは自立思考するバイオニューロンを有しており、犯罪者のみを処刑するように飛翔する。

 その先端部分には牙を持ち、確実に相手を処刑するために相手に齧りついた上で爆発するのだ。

 環境には優しく、爆発した残骸からはゲーミングPCめいて発光する異形の植物を発生させる。

 その速度は爆走する覆面パトカーよりも明らかに速い。

 帝都第一銀行到着まで残り三十秒。

 しかし殺死杉刑事は銀行強盗騎士団を処刑することなく、バイオミサイルによる死を迎えてしまうのか。


――遺言はありますか?


「まだ足りない、まだ人を殺したい……」

 バイオミサイルが着弾し、覆面パトカーを爆発炎上させる。


「なッ!?なんだァ……!?」

 銀行周辺を包囲した銀行強盗騎士団が、異形の植物に覆われた覆面パトカーの残骸を見て声を上げる。

「……警察の攻撃、否!自爆特攻か!?」

 銀行周辺に展開した銀行強盗騎士団の戦力は三十人ほど、その手には例外なくプラズマランスとプラズマシールドが握られている。そしてその身を守るのは世界最硬物質にして羽根のように軽いオリハルコン製の全身鎧。

 防御力も完璧であり、なおかつ顔も完璧に隠すことが出来る。

 

「そう、百年後ぐらいに言いたいものですねェーッ!!」

 銀行強盗騎士団達が状況を認識するよりも早く、覆面パトカーから飛び降りていた殺死杉刑事が銀行強盗騎士団の一人の装甲の隙間を縫って、毒ナイフを突き刺した。

 ドロリと溶けていく銀行強盗騎士団員の死体。

「敵襲だァーッ!!!」

 一斉にプラズマランスを殺死杉刑事へと向ける銀行強盗騎士団。

 プラズマランスは全長可変の光学刺殺兵器であり、その射程距離から射撃武器のように扱うことも出来る。

 当然のことであるが、殺死杉刑事の毒ナイフよりも射程は長い。

 そして殺死杉刑事の装弾数無限の違法改造拳銃では、オリハルコン装甲に覆われた銀行強盗騎士団を殺しきれない。

 同士討ちを狙おうにもオリハルコンはプラズマランスすら防いでしまう。


「騎士道精神に乗っ取り、敵は殺す!金も奪う!」

 向けられる無数のプラズマランスの穂先。


――絶体絶命ですか?


「まさか、この世界にはこんな奴らよりも恐ろしい危険に溢れています。それに比べれば雑魚も同然です」

 中身がどろりと抜け出ていくオリハルコン全身鎧を掴みながら、プラズマランスを避け続ける殺死杉刑事に、さらなる危機が迫る。


「公道とは公の道……つまりは我々国家権力の道……」

 鯨幕バイク。

 殺死杉刑事が未だに生存していると見るや、直接に襲撃に来たのだ。


「我らの道で好き勝手に歩けると思うなよ」

 再び殺死杉刑事に向けて放たれるバイオミサイル。


――今度こそ、絶体絶命ですか?


「違いますよ、これは殺戮ボーナスタイムと呼ぶんですよォーッ!!」

 迫るバイオミサイル。

 狙われているのは殺死杉刑事であると銀行強盗騎士団は理屈の上では理解している。

 だからといって、爆発に巻き込まれないというわけにはいかない。

 モーセが海を二つに割ったように、放たれたバイオミサイルは蠢く銀行強盗騎士団の群れを二つに割った。

 その中心を突っ走って、突入するは帝都第一銀行。


 自動ドアが開き、殺死杉刑事を迎え入れる。

 その背に迫ったバイオミサイルは殺死杉刑事に齧りつこうとしたが、ギリギリで減速し、自動ドアに阻まれた。

 踵を返して腹いせのように銀行騎士団をバイオテクノロジー爆死させるバイオミサイル。

 果たして何が起こったのだろうか。

 我々は鯨幕バイク隊員に尋ねた。


「バイオミサイルは犯罪者のみを処刑するように自立思考します。帝都第一銀行内部には多数人質がいましたし、自動ドアは帝都第一銀行の財産であり犯罪者のものではありません。それを厭って、その代わりに銀行強盗騎士団を爆死させたのではないでしょうか」


――というか銀行強盗騎士団がいる状況で、殺死杉刑事を襲ったのは如何なものかと


「我々は公道の秩序を守るのが役目ですから」


――それでいいのでしょうか

「これから公道を不法に占拠する銀行強盗騎士団の退去を行いますので、話はこのぐらいで」


 帝都第一銀行は受付にたどり着く前に機械による入念なボディーチェックを要求される。

 まず自動ドアを開いた先にセンサーが備え付けられた小部屋があり、さらに先に銀行の受付があるのである。

 センサーに引っかかれば、天井部に備え付けれれた銃によって射殺される。

 もっとも銀行強盗騎士団は圧倒的な物量により、セキュリティーを排除してしまったのだが。

 殺死杉刑事は小部屋で着替えを済ませると、受付に入って叫んだ。


「殺戮刑事が来たぞォ~~~~~!!!!」

「な、なんだと!?」

 銀行内に百人いる銀行強盗騎士団の間に動揺が広がる。

 殺戮刑事は人質の命すら度外視する最低最悪の犯罪処刑集団。

 そんな相手に十人程度の人質でなんとかなるものか。

 真剣な戦争の用意をしなければならない。


「それで、殺戮刑事っていうのは……」

 銀行強盗騎士団の一人が不用意に殺死杉刑事に近づいた。

 オリハルコンの全身鎧に身を包んだ殺死杉刑事は、相手の鎧の隙間に毒ナイフを突き刺して言った。


「勿論、私のことですよォ~~~~~!!!!」

 外では戦闘音が継続していたこと。

 全身鎧に身を包んだことで顔が見えなかったこと。

 人数の多さから、流石に声だけで判断しきれなかったこと。

 殺戮刑事の襲撃による動揺。


 以上が、この男が殺死杉刑事の毒ナイフを許した理由である。

 もっとも、彼だけが特別に不運なわけではない。


「プラズマランスがオリハルコン製の鎧を刺し貫けるのか試してみてほしいものですねェーッ!?もちろん、装甲の隙間を縫うのも有りですよォーッ!?私は避けながらサクサク刺していきますけどねェーッ!」


 全員が同じ運命を辿ることになるのだ。


 午前十一時、銀行強盗騎士団全滅。


――今日はこれから内勤ですか?


「何故ですかァ?」


――いえ、覆面パトカーも破壊されましたし、事件解決で書類何かを書くのかと


「ははッ!冗談じゃありませんよ!書類仕事なんかに私の殺人は邪魔させません!キルスコアは足で稼ぐ、事件があるまでは徒歩でパトロールを行うまでです!ということで、早く乱れてほしいですねェ……平和ァ……」


――そうですね、今日はありがとうございました。

「キヒヒ……ありがとうございましたァーッ!!」


 特集『警察の闇に迫る』今日の放送はここまで。

 次週は『汚職警官の方がまだマシ』でお会いましょう。


 それでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る