殺戮刑事 殺死杉(お得用)

春海水亭

プロトタイプ殺死杉

十億人連続殺人事件

 日本で最高の名探偵といえば、生血いきち啜郎すすろうその人に他はないだろう。

 警察の手に負えぬような事件を解決すること一億と十八回。

 そんな彼を頼って今日も依頼者が生血探偵事務所の扉を叩く。


「ケヒォォ!!!!事件ですよぉ!!!!生血さん!!」

「そんなに慌てなさんな、殺死杉ころしすぎ謙信けんしん刑事……一体どうしたというのです?」

 慌ただしく扉を叩いたかと思えば、生血の返答も待たずに殺死杉刑事は事務所の扉を開け放った。

 真っ先に事務所に入り込んだのは事件の予感、そして春の風、最後に殺死杉刑事だ。


「事件ですって?一体何が起こったというのです?」

「起こった……違いますよォ!!これから起こるんですよォ!!!生血啜郎殺人事件の発生だァーッ!!!!」

 言うや否や、殺死杉刑事が懐に隠し持ったナイフを構えて生血に襲いかかった。

 当然、そのナイフには一塗りで街一つ滅ぼすと呼ばれる恐るべき猛毒が塗られている。

「ケケケーッ!!!!死ねーーーッ!!!生血ィーッ!!!!」

 そんなナイフの刃が触れるや否やというところまで殺死杉刑事の接近を許した我らが生血名探偵。一体どういうことだろう、このままではこの物語が終わってしまう。

「な、何ぃーッ!?」

 だが、ご安心なされよ読者諸兄。

 殺死杉刑事の毒ナイフは確かに生血の肉体に触れた――であるというのに、そこに生血の実体はなく、殺死杉にあったものは風を切った奇妙な感覚のみである。


「キェーッ!?一体どういうことだァーッ!?俺は確かに生血をぶっ刺したというのによォーッ!?」

 気がつくと、さっきまで目の前にいたはずの生血の姿もない。

 果たして、これは一体どういうことだろう――幻術か、催眠術か。


「ハッハッハ……殺死杉刑事、簡単なトリックだよ」

「い、生血ィ!?」

 気がつくと、生血探偵は殺死杉の背後に立っている。

 そして、殺死杉刑事の首元に突きつけられているのは生血探偵のオリハルコンをも切り裂く手刀であった。


「私はキミが来た瞬間に残像を残すほどの超スピードで移動したんだ、だからキミが私を刺そうとした時、すでに私はそこにいなかったのさ」

「チェッ、やられたなァ」

 いつもどおりの和やかな殺死杉刑事と生血探偵のやり取りであった。

 殺死杉刑事には食欲と睡眠欲と性欲の全てを合わせたものよりも強い殺人欲求があるため、人を殺さずにはいられないという困ったところがあるのだ。

 しかし、だからこそ自分の獲物を奪う殺人犯への憎悪を人一倍燃やして、殺人犯の処刑に貢献しているので、一概に短所とは言い難いものである。


「それで殺死杉刑事、一体どんな事件が起こったというのです」

「それがですねェ……日本国民十八億人の内、十億人が一晩にして殺されるという恐るべき連続殺人事件が発生したのですよォ」

「なんと……それは……」

 生血啜郎名探偵は、まず犠牲者の冥福を祈って心の中で祈りを捧げた。

 そして、卑劣なる犯人への怒りの火を心に灯したのである。


「警察組織もほとんど壊滅状態で、もはや我らが生血探偵しか頼れる人がいないですねぇ」

「チェッ、きみ私を殺そうとしたくせに随分調子がいいことを言うのだね」

「えへへ……まぁ、頼みますよォ、このペースで殺されると私の殺人衝動が発散できなくなってしまいますからねェ」

「ふむ、しかし一晩にして十億人が殺されるとは……全く恐ろしい事件だね、容疑者は八億人と言ったところか」

「えぇ、とりあえず怪しい人間を片っ端から殺害していっても、私の殺人ペースでは一晩で十億人は流石に無理ですのでねェ……このままでは日本が滅んでしまいますよォ」

「片っ端から殺害とは……まったく野蛮なことを言うね、それに全く効率的ではないよ殺死杉刑事」

「キルスコアは足で稼ぐ……そう教わっていますからねェ」

 生血探偵は大きくため息をつき、自身の頭を指差した。

 

「頭を使うのだよ、頭を……」

「キヒヒ……しかし私は我らが生血探偵と違って頭がおよろしくありませんからねェ」

「推理というのは世界で私一人だけに与えられたものではないよ、殺死杉刑事。キミだって、鍛えればいつかは出来るようになる……もっとも、その前にすぐ人を殺そうとするクセを直さなければならないがね」

「痛いところを言いますなァ」

「とりあえず現場に行ってみようか」

 玄関に向かう生血探偵の首筋を、殺死杉刑事は熱心に睨んでいた。

 しかし、一見して隙だらけのように見える生血探偵は――その実、全く隙のない男である。「チェッ」と舌打ちをして、殺死杉刑事は生血探偵の後をついていくのであった。


「これは酷いな……」

 街は惨憺たる有様であった。

 無理もない、突如として人口の九分の五が削減されたのである。

 皆さんも想像してみて頂きたい、それが過疎地域の現実なのだ。


「一体、どれだけの犯罪者集団の手によって行われたのか……検討もつきませんよォーッ!!!」

 憤りを顕にし、火事場泥棒を射殺する殺死杉刑事に対し、我らが生血探偵は冷静であった。


「いや、キミ……これは単独犯の仕業のようだよ」

「何ぃーッ!?」

「今、超速移動で北は北海道から南は沖縄まであらゆる被害者を見てきたのだがね、心臓の部分に同じ刺し傷があったんだ、殺し方というものには個人のクセが出る。他人がどれだけ誤魔化そうとしても、私には誤魔化せないのだよ」

「と、なると一人が一晩にして十億人も……!?」

「いや、一人というよりは一匹と言うべきか」

「何ぃーッ!?それは殺人犯を畜生扱いしているということですかァーッ!?」

「違うよ、殺死杉刑事……冷静に考えても見給え、人間一人の手で一晩に十億人もの人間を殺せるというのかい?」

「と、いうことは……」

「キミ、オランウータンという獣を知っているかい?」

「キヒヒ……まさか?」

「新聞広告に、オランウータンを発見したと出したまえ、とりあえず共犯者は捕まえておこう」

 生血探偵の指示通りに、新聞広告にオランウータンが出されたとの旨が出され、その翌日、事件は解決を迎えたのである。


「グヘェ!オランウータンを捕まえ、日本で見世物にして大儲けをグヘェ!企んでいたがグヘェ!オランウータンに逃げられグヘェ!グヘェ!グヘェ!」

 オランウータンというのは当時の日本ではたいそう珍しい生き物であったので、日本に運べば大儲けが出来るであろうと目論んだが、オランウータンに逃げられ、長い船旅に怒り狂ったオランウータンが大暴れしたことを広告を見てやってきた男が答えたのである、殺死杉刑事の拷問を受けながら。


「キヒヒィーッ!!怒り狂ったオランウータンを解き放った罪は重いぞォーッ!!!たっぷり苦しめて私刑……いや、死刑だァーッ!!!」

「グヘェ!」

「しかし、殺人犯その人であるオランウータンは見つかっていない……一体どういうことかしらん、それに生血探偵はどこへ行ったのだろう」

 男を拷問しながら、殺死杉刑事は疑問符を浮かべる。

 

 そう、殺死杉刑事が拷問を行う一方で、生血刑事は探偵として犯人を捕らえに行ったのである。

 かの恐るべき十億人連続殺人犯のオランウータンを。

 この事件はオランウータンを捕らえない限りはいつまでも続くのだから。


「オラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!!!」

 オランウータンの猛烈なラッシュ、一撃一撃がビルをへし折る威力の打撃である。

 だが、殴り殺したはずの生血の姿はそこにはない。

 周囲をキョロキョロと見回すオランウータン。

 だが、生血はオランウータンの背後に回っていた。


「確かにキミは一晩に全国を回って十億人を殺せるほど速く、強い……しかし、私はもっと速く強く、そして賢いのだ」

 オランウータンが殴っていたものは生血の残像であった。

 生血探偵の知恵が殺戮オランウータンを上回ったのである。

 そして生血探偵はオランウータンの心臓を手刀で貫き、事件は解決した。


 これが恐るべき十億人連続殺人事件の全容である。

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