南 奈々

第2話 アホでポンコツな新卒社員

「先輩、聞いてますかぁ〜? せんぱ〜い!」

「え、あ、すまん。ボーっとしてた……」


 じめじめとした梅雨が明け、夏の本格的な暑さが増してきたこの頃。

 クーラーが効いたここ本社第二ビルにある総務部の戦力外通告を受けた者たちだけが集う部署(通称:お荷物部署)にて、社会人四年目の俺、東阪大夢とうさかひろむは今年新卒入社したばかりの南奈々みなみななに仕事を教えていた。


「言われてた資料のコピーが完了しました!」

「……南、そのドヤ顔信用していいんだな?」

「もちろんですっ! 大船に乗った思いで確認してみてください!」


 たかだか会議に使う資料を印刷しただけでそんなことを言われてしまえば、この先が思いやられてしまう。

 南とは、大学時代からの後輩ではあるが、入社してからというものミスが多い。

 だから、期待しただけムダということは十分に心に留めていたはずなのだが……


「どうですかっ?! って、頭抱えてどうしたんですか? もしかして、頭痛いんですか?」

「ああ、原因はお前だけどな……」

「えっ、私ですか?! な、何か先輩にしちゃいましたか?」


 そう言うと、南はおろおろとした様子で心配げな表情で俺を見つめていた。


「南……俺は何部印刷して来いって言ったか?」

「十部……ですよね?」

「だよな? じゃあ、なんでここに百部あるんだ? というか、持ってくる前に気がついただろ!」

「えっ、うそ!?」

「バカやろぉぉぉおお!!!」


 このやりとりをするのは何回……いや、何百回目だろうか。

 今のところ俺が逐一確認しているため、大きなミスはないもののこれだといつまで経っても一人前の社員として自立できない。

 ……ただでさえ、総務部の連中から経費削減しろとチクチク言われているというのに……。


「いや〜でも、私も人間なのでミスは仕方ないですよね。先輩も最初の頃、言ってたじゃないですか〜。『人は誰しもミスはする。完璧な人間はいないから気にすることないよ』って」

「ああ、そうだな。たしかに言ったな。だが……お前の場合はもう許容範囲をとっくに超えてんだよ! どれだけ無能な奴でもここまでミスは重ねないし、よくもまぁこんなポンコツ頭でこの会社に入社できたもんだな!?」


 一応、説明すると俺たちが働いている薩長商事は全世界で社員数二十万人を抱えている大企業である。本社勤務となると、それなりの学歴や知能、能力がなければ入社は困難であり、毎年の内定倍率もえげつない数値になっている。

 このお荷物部署でも会社から戦力外通告されたとはいえ、高学歴の集まりだし、普通のサラリーマン程度の能力はある。

 だが、南に至っては……


「お前、このままだと会社からクビ宣告されてもおかしくないぞ?」

「あ〜、その時はその時ですよ〜。いずれは先輩のお嫁さんになる予定ですから別にクビになろうが構わないです」

「ふっ、面白い冗談を言えるようになったのか南」

「冗談じゃないですよ〜」


 南はあざとくも俺をちらっちらっと見つめてくる。

 が、こんなポンコツ……俺好みのショートボブに端正な顔立ちをしているとはいえ、恋愛対象として見たことすら一度もなかった。よって……


「例え、冗談じゃなかったとしてもお前みたいなポンコツを選ぶわけねーだろ。俺の安寧の場所が一つも無くなってしまうわ!」

「ひ……酷い! 先輩のバカっ! 乙女の全力の告白をこうもあっさり振るなんて!」


 ……今のが全力だったのかよ。


「はいはい。ギャーギャー騒ぐ暇があるんだったら自分の席に戻って仕事しろ。もっともパソコンを使えない時点でかなりヤバいことくらい自覚しろよ」

「ふんっ!」


 南はブツブツ文句を言いながらも自分のデスクへと戻っていた。

 課長から頼まれて新入社員の指導係を引き受けたとはいえ、ここまで手こずるとは予想だにしなかった事態。この先のことを考えると憂鬱というか、窓際社員の俺としては一日でも早く自立してほしいものだ。



【あとがき】

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