第10話 エピローグ


 人間三人に動物一匹を加えた従業員控室。

 花凜と美玖はそれぞれ椅子に座っているが、剛士とウサギは醜い争いの真っ最中だった。


「ええい、放せッ、ウサ公!」 


「モグモグモグッ!!」


「むしろ速度を上げるんじゃない!」


「プゥプッ!!」


 可愛い擬音で表現しているが、実際のところはマジで痛いのだ。

 さすがは人参をバリボリと問題なく生で食うだけの顎の力と言ったところか。いや、感心している場合ではない。どうにかしなければ。


 そんな一人と一匹を見かねたのか、美玖がスッと立ち上がる。


「タケちゃんは全くもう、しょうがないにゃ~___ほら、ウサ助~大好物の金時ニンジンだよ~」


「ププププッ!!!」


 差し出したのは、京ニンジンとも言われるブランド物の人参。金時人参。剛士の近所のスーパーでは一本258円で売られる高級人参である。

 

「ちっ、ブルジョワなウサギめ」


 剛士はバリバリ、ボリボリと金時人参を貪り始めたウサギを見て、悪態を吐く。

 

 これで、剛士に興味がある?

 力関係としては完全に剛士<高級人参の図ではないか。

 なんて敗北感を感じさせる絵面だ。決して勝負なんかしていないのに。


「でへへ、可愛いねぇ~可愛いねぇ~」


「モグモグモグ、ゴクンッ……プゥ!」


「おい。なぜこっちに来る」


 旨かったぜ!

 みたいな仕草で鳴いたウサ助は、使い物にならなくなった美玖の元からピョンピョンと去ると、すぐに剛士の前へと鎮座した。

 

「プゥ~」


「誰が撫でるか」


 撫でて。

 と急につぶらな赤い瞳で見上げて来たウサ助。

 剛士は秒で断ったが、心の中ではだいぶ葛藤が渦巻いていた。


 曰く、可愛いのだ。


 ちょっと硬めだが、真っ白で美しい毛並み。

 両手で抱えられるサイズ感。

 庇護欲をそそられる円らで真っ赤な瞳。

 

 ほんと、出会い方さえ間違っていなければ……あ、いや、二回目も散々な目に遭った気がする。じゃあ勘違いか。


「プップップ~?」


 だが、さすがふれあい広場のボスを張っていたウサギ。

 その媚び技術は伊達ではない。

 トテトテと剛士の足元へ近づくと、スリスリと体を擦り付け始めるではないか。


「くっ」


「ぷ~ぅ?」


 止めに、つぶらな瞳で見上げれば、媚力こびりょく五十三万の完成だ。

 なんだ媚力って。

 でも、これは、とてつもなく可愛い。

 間違いなく、激かわ動物の完成である。


「すぅ……はぁ~~~分かった分かった。俺の負けだ。ほら、撫でてやるよ」


「ぷぅ~~♪」

 

 とうとう根負けした剛士が、ウサ助の背中を優しく撫でる始める。


 うわ、ちょろい。

 なんてことは伝わることなく、ウサ助はその手を素直に受け入れ、スルスルっと剛士の胡坐の中へと落ち着いた。


「仲睦まじいってこういう光景を言うのね」


「ホント、ウサ助が人に素直に撫でられるなんてにゃ~」


 パクパクと残っていた桜色のまんじゅうを食べる花凜と美玖。彼女たちの視線の先には、癒しの空間を形作る剛士とウサ助の姿があった。

 

「このままのんびりこの光景を見ていたい気持ちもあるけれど……そろそろ五時なのよねぇ」


「あちゃ~、もう閉園時間か~」


 チラリと時計を見れば、時刻は午後4時40分を指しており、そろそろ一般のお客様はぽかぽかランドを去らねばならない時間帯だった。

 

 それは、剛士と花凜も例外ではない。

 ただ唯一の例外は、外部アドバイザーの美玖だけだ。

  

 テキパキとお茶やまんじゅうのカスを片付け始める花凜。それに対し、美玖は仲睦まじくなりつつある剛士とウサ助の元へと歩み寄った。


「さて、たけちゃん」


「うん? 美玖さん? なんっすか?」


「プ~ゥ???」


 手を後ろ手に組んで不敵に笑う美玖。

 剛士とウサ助はシンクロでもしているかのように揃って首を傾げ、そんな美玖を見上げた。


「ランドのお偉いさんには、私の方から色々話しておくからさ___今はとりあえず、ウサ助をテイムしてあげて?」


「テイ……ム?」


「プップ??」 


 一人と一匹は顔を見合わせる。 

 こいつをテイム……だと?


 ションベン掛けて来るような奴だ。


___でも可愛い。

 

 急に腹に跳び込んでくる様な奴だぞ。


___でもしかし可愛い。


 果てには、噛んだ指を離せと言っても離さなかった奴。


___でもしかしやはり可愛いのだ。

 

 ええい。分かってる。

 可愛いのは十分に分かっているのだ。

 

 それに、代わりにテイムする当てがあるかと言われれば……正直なところ、剛士には思いあたる当てはなかった。

 

「美玖さん。テイムの仕方は?」


 ならば、取る行動は一つ。

 目の前にチャンスが転がって来たのなら、迷わず掴み取る他あるまい。

 

「うん。簡単だよ。さっきたけちゃんがした様に、相手に触れて、テイムって言うだけ。その時にテイマーはそれぞれテイムをする相手に色々なことを誓うんだ」


 美玖は屈んで、剛士と共にウサ助を撫でる。


「誓う……」


 剛士は、自分に言い聞かせる様に呟いた。


「そう。私だったら『可愛がってあげるね』とか。『ずっと一緒に居ようね』とか。その時誓う言葉は、テイマーそれぞれ。だから、たけちゃんが今考えて、感じて、思った言葉を、そのままウサ助に誓ってあげて?」


 にししっと輝く様に笑った美玖。

 きっとその言葉は、美玖が日頃からテイムモンスターへどのように接しているのかの指標となっているはずだ。

 

 要するに、今後のテイマーとテイムモンスターの在り方が決定づけられる様な物なのかもしれない。


「なるほど」


 その様に一人納得した剛士は、ウサ助を撫でていた手を止め、そっと両手で抱き上げた。

 

「お前、夢はあるか?」

 

「プップ?」


「理想は?」


「プププッ?」


「目標はあるか?」


「プップ、プププ???」

 

 唐突に啓発本みたいなことを言い出した剛士に、ウサ助は「こいつ何言ってんだ?」と言いそうな仕草で首を傾げた。


 そりゃそうだ。


 ただのウサギにそんなことを聞いても、期待する答えが返って来るわけがない。


 剛士だってそんなことは百も承知だ。

 自分だってもはや、何を言い出しているのかは分からない。

 ただ感じたままに。

 ただその場で浮かんできた言葉を、強くウサ助にぶつけるのだ。


「はっきり言う。俺にはある!と言うか、さっき見つけた! 俺はな、俺が自堕落に過ごせるだけの環境が欲しい!! 何もしなくても、モテて、湯水の様に金を使って、あ~~~~贅沢三昧したぁぁぁぁい!!」


「ぷぅ」


 欲望全開の事を言い出した剛士に、律義にもウサ助は頷き返す。


 恐らく、テイマーの能力によって剛士の言っている言葉の意味は伝わらなくても、その熱意、興奮、真剣さだけはしっかり伝わっているのだ。

 そして、それこそが大切なのだ。


「ただ、現実を見れば、俺はただの引きニートだった。冒険者にだってさっきなったばっかりだ。そんな夢、理想、目標からは最も縁遠い存在に違いない」


「ぷぅ」    

 

「けど、今、俺はそこに至る道を見つけた。それがお前だ、ウサ助。お前だけじゃない。俺は今後、たくさんの仲間を作って、世話して、この日本で、一番の稼ぐテイマーになってやる!!」


「ぷぅ~?」


 ウサ助は仲間?と首を傾げ、剛士に意思を伝えた。


「ああ。お前が居たふれあい広場なんて目じゃないくらい一杯の仲間を作って、そいつらと最高に自堕落な生活を送ろうぜ!」


「プ!プッ!プッ!」


 人参!人参!人参は!

 と剛士の興奮が伝播したウサ助が要求の声を上げる。

 剛士はそれに頷いた。


「ああ、ああ。腹がはち切れるほど食わせてやる。この部屋いっぱいよりたくさんだ!!」


「ぷぷぷぷぷぷぷぷッ!!!!」


 わーいわーいわーい人参の山だー。

 ウサ助はそんな感情を発し、興奮のあまりにブンブンと前足を振り回していた。

 普通に危ない。


「ねぇ、美玖聞いても良いん?」


「いいよ~花凜ちゃん」


 そんな光景を少し離れたところから見ていた花凜と美玖。

 

 花凜は、そっと美玖の耳元へと近づくと小声で言った。


「ウサ助君の性格ってもしかして、自堕落とか、マイペースとか、我が道を行く。みたいな感じじゃな~い?」


「にゃははっ、まさにそれだよ~」


「あら、じゃああの二人___」


 ___きっと似た者同士なのねん


 と言う言葉を花凜は口に出さなかった。

 外野があれやこれや思うのは自由。

 だが、それを口に出すのは、なんか違うと、花凜は自分の経験で身に染みて分かっていたからだ。


「だからさ、俺とお前で始めようぜ」


「ぷぅ!」


 剛士はウサ助を床に降ろす。

 ウサ助は逃げることなく、その場で剛士を見上げた。


「最高のダンジョン生活ってやつをよ!」


 ついて来てくれるのなら触ってくれ。

 そんな意図をもって剛士は手を差し出す。


「ぷぅ!!」


 ウサ助はすぐに頭を手の位置に持っていき、今日一番の強い意思でもって剛士へこう伝えたのだ。


 ___一緒に行こうッ


 と。


「テイム」


 剛士の落ち着いた声が室内に響く。

 淡い光が剛士とウサ助の体を包み込み、体に吸収されるように消えて行った。


「冒険者証を見てご覧なさい」


「ウィッス」


 遠くから見守っていた花凜からのアドバイスに剛士は頷き、ポケットにしまっていた冒険者証を再び取り出した。

 するとそこには、


 _____

 木島剛士

 年齢 21


 ジョブ テイマー

 スキル習得 初級テイム(アクティブスキル) テイムモンスター強化(パッシブスキル)

 

 

 テイム ジャンボウサギ(ウサ助)

 _____


 と、冒険者証の内容が変化していた。

 剛士とウサ助との間に、確かな絆が出来た瞬間である。


「これからよろしくな、ウサ助」


「ぷぅーう!」


 剛士とウサ助が頷き合い、人差し指と前足が硬く結ばれる。


『まもなく閉園時間です。ゲストの方々はお忘れ物のないよう、お気を付けてお帰りください。今日も一日、ありがとうございました』


 すると同時にそんなアナウンスが聞こえて来た。  

 そうだ。もう、閉園時間間近だったのだ。

 この後ウサ助をどうするべきか、と剛士が悩んでいると。 


「ふふ~ん、後輩君。万事、この先輩に任せるといいのだ~」


「美玖さん?」


 少し離れた位置で立つ先輩冒険者が、自信に満ち溢れた表情で立っているのであった。

    



 ★★★



 一週間後。

 


 雲一つない晴天の青空の元、黒いジャージを着た剛士は、自宅の庭にて腕組みをして立っていた。

 

 ___その傍らに真っ白なウサギを携えて


「では行こうか、ウサ助」


「プゥッ!」


 剛士が声を掛けるとウサ助は頼もしい返事を返した。

 伝わる感情は『任せろ』と言うなんとも頼もしい限りの返答だった。


「いいか。俺とお前の計画には、これからが一番重要な局面だからな。しっかりと働き、しっかり共に目標を果たそうぞ。同士よ」


「プップッ!!」


「フッ。良い返事だ」

 

 ウサ助が二本足で立ち上がる姿からは、その感情を読み取るまでもなく同意したことが伝わってきた。

 なんとも表現力豊かなウサギである。


 剛士とウサ助は、そうやって互いに気持ちを高め合い____黒い渦へと向かって行く。


 ここから先が、本番ダンジョンだ。


 ___パンッ

 ___ふにゅっ


「よし」


「ぷぅ」


 頬に一発づつ。

 一人と一匹の気合を入れる音が鳴り響き、次の瞬間にはその影は黒い渦へと吸い込まれるようにして消えて行くのだった。




 ________


 若干急ぎ足だった印象です。

 後程付け加えるかもしれませんが、おおよその展開に影響はないとお思いください。(雪山より)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る