第9話 選択
「「「……ズズズッ___ふぅー」」」
ぽかぽかランド一番の人気施設『可愛いモンスター大集合広場』。その従業員控室で、三人のお茶を啜る音が鳴った。
三人の内一人は、言うまでもなくスーツ姿の木島剛士だ。
剛士は嬉しそうな表情を浮かべ、顔をニヤつかせながらお茶を啜っている。
「それで、たけちゃんの閃いた冒険者像って何なのかしら?」
もう一人は、啜っていたお茶を机の上に乗せ、指先で顎を弄るA級冒険者、大場花凜。
「そうだね~、私も聞いてみたいかな~?」
そしてさらにもう一人、お茶を持った状態で間延びした声を上げるのは、今をときめく現役アイドル兼テイマーな冒険者、来須美玖だった。
興奮気味だった剛士を落ち着けるために用意されたこの場で、三人は顔を突き合わせて椅子に座る。
「いやぁ~、マジヤベっす。ほんとヤベっすわー。これはヤベェとしか言い様がねぇっすね」
「あらあらまだ、興奮が治まり切ってないみたいねぇ」
「大丈夫~、大丈夫~。たけちゃん、叫んでないだけで確実に落ち着いて来てるし、頬の赤みだって取れて来てるよ~」
「あら、本当だわ」
確かに、効果はあったようだ。
未だ通常の語彙能力は取り戻していないものの、剛士の頬の赤みや声量には一定の落ち着きが見受けられる。
「こういう時は、もう一押し何かあれば早いんだけど……あっ、そうだわ」
手のひらを合わせて何かを閃いた花凜。
花凜は、冷蔵庫の方へと消えて行くと二リットルのお茶を持って帰って来た。
一体何をする気なのだろうか。
「いっきに、行きましょうか」
「そうだね~」
まずニヤつく剛士の口を有無を言わさずに開けさせる。その後、力強く顎を固定し、顔を上向きにした。ぱっかりと。
ハッキリ言う。抵抗はできない。
素の力はもちろんの事、冒険者としての力量も加味すれば、剛士が花凜から逃れられる確率など、万に一つもありはしないのだから。
その結果。
「あばっ、あぼおぼぼpぼぼぼb!?!?」
こうなる。
お茶で溺れるとは、一体何事かと。
興奮状態が一気に冷めた剛士が、言おうとするが、もちろん口を開く暇等ない。
ただ溺れないように、飲み尽くす。
考えるのはその一点のみだけだった。
「花凜ちゃん、ちょっと零れてるよ~」
「ふふっ、後でお掃除しておくわね」
「おけ~」
「げほっ、ガハッ、ブッハッ、ゴハッ……はぁはぁはぁ、死ぬかと思った」
きっかり最後の一滴まで突っ込まれた剛士は、床に膝を着きながら恨めしそうに花凜を見上げた。
「ふふっ、スーツ代も払ってあげるわよ」
「ならば、よし」
まぁ、すぐさま買収されたが。
恐らくクリーニングに出せばこのスーツはまだ使える。さらに花凜からもこのスーツと同じ値段の金が入って来る。
うっはうっはだ。
まさに一石二鳥とはこのこと(多分違う)。
げへっげへっげへっ、儲かりまんなぁ旦那ぁ?
「じゃあたけちゃんの興奮が治まったことだし、そろそろ本題を聞いても良いよね~?」
「もちろんっす」
床に零れたお茶を花凜が拭き終え、美玖が問いかける。
それに剛士が答え、三人が席に着いたことにより、いよいよ剛士の冒険者像が語られることになった。
「結論から言うっすけど、俺はテイマーになるっす」
「あらそう。たけちゃんがしっかり考えて選んだのなら私からは何も言わないわ」
「ふぅ~ん、そっか~、たけちゃんはテイマーの後輩になってくれるってことかぁ~」
剛士の結論を聞いた二人は、感心したように頷く。
ただ、この後に続く言葉を聞くまでは。
「けど俺は、普通のテイマーは目指さないっす」
「「ん???」」
自信満々に言い放つ剛士に、花凜と美玖は盛大に首を傾げることとなった。
「「……(コクコク)」」
だが、安易に口を挟む真似だけは互いに目配せをして止めてあった。口を挟んだり、アドバイスを送ったりするのは、剛士の話を最後まで聞き終えてからでも決して遅くない。そう考えたからだ。
剛士はそんな二人の様子を気にした素振りもなく話を続ける。
「俺が目指すのは、テイムモンスターと俺との間に雇用関係の様なものを築き、ダンジョンで得たものを持ってきてもらうという物です」
「「あ~~~、なるほど。そう来たか」」
花凜は少し感心した様な様子で頷き、美玖はちょっと渋い顔で頷いた。
「地上での管理や世話はやらないといけないけれど、その分自分の命を危険に晒すことはなくなります。それはきっと俺の『楽』に繋がる。もちろん、テイムしたモンスターの要望やテイムモンスター用の衣食住は最大限気を使うつもりです」
満足そうな表情で剛士は言い切り。ふと、質問の手が挙がった。
美玖だ。
「う~~~ん、今人気の『愛ゆえに』からは結構離れてるって言うか~、ちょっとドライな関係を目指すってことでおけ~?」
「いいえ。確かに愛はないのかもしれません。けどその代わり俺は、テイムモンスターへの信頼をし尽してやろうって思っています」
剛士は一片の曇りなき眼でそう答えた。
確かにその言葉は一見、誠実そうに聞こえる。
だが、その実態は恐らく___。
「え~、でもそれって信頼ってより_____」
「ストップ、美玖ちゃん」
___寄生にならない?
そう言いかけた美玖を花凜が止めた。
「ストップ。ストップよ。美玖ちゃん、あなたにはあなたのテイマーとしての理想像がある様に、私はたけちゃんが言うテイマーの在り方もありだと感じたわ」
「むむむ、花凜ちゃん~」
どこか不満そうな美玖。
美玖の頬がたちまちの内に膨らんでいき。
「ふふっ、そんなにムクれないの」
花凜が指でつついた。
プシュウ~~~、と言う音が鳴り、美玖の頬が元の状態へと戻る。
「うーーーん。そうだね~。確かに、見てもいない内から否定してちゃあ、たけちゃんが可哀そうか~。う〜ん。そうだね。ありっちゃ、あり?なのかな?」
「ほっ。よかったぁ」
苦笑いを浮かべつつも、剛士の意見を前向きに捉え始めた美玖。それに対して剛士は安堵の息を吐きながら、肩の力を抜いた。
「ただ~、少し不安だから抜き打ちでたけちゃん家に行っちゃうかもしれないから、そこだけは了承してほしいなぁ~ってね?」
机に身を乗り出し、その大きな瞳でジーっと剛士を見つめる美玖。
美玖の発言の意図としては、剛士がテイムモンスターへの不当な扱いをしないよう、抑止のつもりで言ったのかもしれない。
「是非もなしッ。……あ、いや、ほんと、むしろ来てください。いつでも待ってますので」
だが、剛士にとってはそれは、ただのご褒美だ。
剛士は一も二もなく頷いた。
美少女が自宅を訪れる。
それだけでも踊り出しそうな情報なのに、さらに自分を目的に来てくれるのだと言う。もちろん厳密には違うが。
しかし、確実に家族内での剛士の評価は上がるだろう。それも鰻登りの様に大幅な増加に間違いない。だって、今の評価は地表スレスレの低空飛行状態なのだから。後は上がるしかないのである。
「にゃははは、じゃあ、その時は花凜ちゃんと一緒にお邪魔しようかね~」
「ふふふ、いいの?私も来ちゃって?」
「も、も、も、もち……もちろんデスッ」
唇を噛み締めながらも辛うじて頷く剛士。
どうしよう。このファンシーな魔法少女が来るなら話は違ってくるかもしれない。
プラスマイナス、ゼロ?
いや、マイナスに振り切れてしまうのでは?
いやいや、そんな人を外見で判断したらダメだろう。花凜はとても誠実で、親切な、頼りになる漢だ。そして乙女だ。
家族内評価は、きっと二倍以上に上昇するに違いない。
そう思っておこう。
「さて、じゃあさっそくジョブを設定してみましょうか? たけちゃん冒険者証は持っているわよね?」
「あ、ウィッス」
そう花凜に促されて、剛士はカバンから緑色の冒険者証を取り出した。
「うわぁぁっ、新しい冒険者証なんて久しぶりに見た~」
「なんかいいわよね。初々しくて」
「うんうん、花凜ちゃんの言う通り、なんかいいんだよねぇ~」
そう言って共感し合う二人は一先ず置いておいて。
剛士は手に持ったカードのジョブ項目を触れる。
それだけで十数個のジョブ一覧がカード上に浮かび、剛士はその中からテイマーの文字を探して、気負うことなくタッチした。
_____
木島剛士
年齢 21
ジョブ なし
スキル習得 なし
_____
少し前までこういう表示だったカードが、
_____
木島剛士
年齢 21
ジョブ テイマー
スキル習得 初級テイム テイムモンスター強化
_____
へと変化した。
なんというか感無量である。
これで剛士はいっぱしのジョブ持ち冒険者となった。
少しだけ嬉しくなった剛士はグッと手を握る。
「よし」
「よかったわぁ、私が勧めたジョブになってくれて。ジョブを選んだ理由は予想外なものだったけれど、それもまた、たけちゃんらしさってところかしらね」
「ふんふんふ~ん。動機はどうであれ、私の前でテイマーになったんだから~。たけちゃんは私の一番弟子を名乗っても良いぞ~」
嬉しそうな剛士を見て、いつの間にか背後に回っていた二人がバシバシと背中を叩く。
その手には祝福の思いが込められており、思わず剛士は嬉しくなる。
冗談めかして言った二人へと振り返り、剛士は言った。
「二人とも。今日は初めて会ったばかりの俺に親切にしてくれて本当にありがとう。まだまだ右も左もわかんないけど……俺、精一杯やってみるよ」
ペコリと頭を下げる。
心の底から感謝して、頭を下げたのは一体何年ぶりだろうか。
不思議と、清々しい気持ちが湧いてきた。
なんだろう、浄化でもされてる様な気分だ。
「あらあら、『楽』を目指す冒険者の言葉とは思えないほどの意気込みねぇ。フフッ、その感謝の気持ちだけ私は受け取っておくわ」
「私もかな~。気楽に気楽に。とにかく簡単に死なないようにだけ、気を付けてくれれば後は何も言わないにゃ~」
「へへへ、そっすね。確かに、らしくないかもです」
剛士が頬を掻き恥ずかしがり、それを見て二人は「あらまぁ。可愛いところあるじゃない」と言う視線で見守った。
とてもいい雰囲気が従業員控室の空間を満たし、後は仲間にするテイムモンスターの相談やダンジョンへと潜る際に必要な道具類を聞けばお開きとなるだろう。
ついでに連絡先の交換でもすれば、万全に違いない。
そんな段々と別れの時が近づいてくるのを三人が感じ取る中。
___カッチャン
突然、扉を開く音が鳴った。
「「「ん???」」」
顔を見合わせる三人。
何回か目を瞬かせ、揃って扉の方へと振り返る。
ノック三回も、呼びかけ二回も、一切聞こえなかった。
あれだけデカデカと書かれているのに、堂々とその決まり事を破る者とは、一体何者なのか。
ギィ―と言う音が鳴りながら扉が開き切り、その扉の先に現れたのは、
「ぷぅ」
一匹の白い毛玉だった。
「「「……ウサギ???」」」
三人の声が重なり、毛玉の正体が判明する。
扉が開いた先に居たのは、真っ赤な瞳に真っ白な毛並みを持つウサギだったのだ。
「あれ、なんか、見たことあるような?ん?」
ふと既視感を感じた剛士が首を捻り、よくよく観察しようとウサギを見つめた、その時。
「プップププッ!!!」
「なッ」
ウサギは突然猛スピードで駆け出し、剛士のお腹へと跳び込んだ。
反射的に手を伸ばす剛士。
脳裏に似たような光景が過ぎる。
「あ、こいつは……ッ!」
そこで剛士は思い出した。
そのウサギが先程まで居たふれあい広場で、剛士のカッターシャツをダメにした個体であると言う事を。
そしてこのままでは、少し前の二の前になるに違いない。
そう思った剛士は反射的に伸ばした手を引っ込めた。
すると、どうなるだろうか。
「グハッ」
「プップッ~」
結末は容易に察することができたに違いない。
腹に衝撃を受けた剛士は、その貧弱な腹筋でもってウサギの突進を受け止め、思いっきり仰向けに倒れた。
ウサギは剛士の腹の上で、満足そうに勝ち誇る。
その光景を見ていた二人の内、美玖がポンッと手を叩き言った。
「あ~、ウサ助~。また脱走したのねぇ~」
「ぷぅ? プッ、プッ!!」
「ありゃ?」
ウサギを後ろから、そっと抱き上げようとする美玖。
しかしウサギはなぜかそっぽを向き、美玖に抱かれるのを拒絶した。
いつもなら素直に美玖に抱かれると言うのに、今日は何かが異なるらしい。
「ありゃりゃりゃりゃ??? これ、もしかして……」
「あら、美玖もそう思う?」
「にゃはは、あれ~花凜ちゃんは知ってたんだ~?」
「まぁね。ここに来る前にもしかしたらって思ってたくらいだけど……さすがに追って来るまでとは思わなかったわ」
「そうだね~」
何やら悟った様子で話す二人。
剛士は何とか上半身だけを起こして二人へと質問した。
「あの、二人だけで分かり合ってないで……説明してもらっても良いですか?」
「ぷぅ?」
「いや、お前には聞いてない」
何がぁ?
と言う良く分からない思念が飛んできて、思わず剛士はウサギに向けて断りを入れた。
恐らく、今のが答えだ。
美玖と花凜は視線でどちらが説明するのかを話し合い、美玖が一歩前に出る。
「たぶん、この子___ウサ助って言うんだけどさぁ~、ウサ助はたけちゃんのことが気になって気になってしょうがないんだと思うよ〜?」
「しょうがない、と言われても……なぁ?」
「ぷぅう!」
お腹に居座るウサ助が「その通り!!」と言う仕草で頷いた。
なんだこのウサギ。表現力豊か過ぎないか?
どうやら未だに剛士は事情を察する事が出来ていないらしい。
「この子はふれあい広場のボスでしょっちゅう広場を抜け出すんだけど、さすがに人一人を追ってここまで入ってきたことはないよ~。それにこの子はね~、興味のない人にはとことん興味ないって態度で接するんだ~」
「あの、すいません。結論からお願いしてもいいですか?」
遠回しに告げようとする美玖に、剛士は単刀直入に言ってくれないかとお願いした。
これは剛士が、決して阿保だからと言う訳ではなく、ただの経験不足からくる飲み込みの遅さだった。
その結果。
「ふっふん、要するにこの子は、君に興味津々!! テイムする時の大鉄則は、自分に興味・関心がある生き物をテイムすることだ~!!」
バンッと効果音がしそうな勢いで告げた美玖。
なるほど。
何となく状況は掴めた。
要するにあれだ。
このウサ助とか言う奴は、剛士に興味津々なため思わずおしっこを掛け、なおかつ腹に飛び込み、そのまま腹に居座って勝ち誇っているという事だ。
ん???
なんか、おかしくないか?
しかしこれが、経験者たちが出したファイナルアンサーなわけで。
さらに次の展開として想定されるのが、このウサ助を剛士がテイムするかどうかと言う展開なのだろう。
きっとそうだ。
そうに違いない。
剛士は自分の腹の上に居座るウサギと視線を合わせた。
そして、優しい笑みを浮かべそっと右手を差し出す。
「俺と一緒に___来るか?」
「カプッ」
秒で噛まれたのだが。
「???」
「そんな『これでか?』みたいな表情で見られてもねぇ?」
「にゃはは、そうだね~」
差し出した手は、その場にいる全員に見守られながら、思いっきり噛まれ、
「痛いんだが、放してくれ」
「ムニムニムニムニ」
懇願した言葉は、「い・や・だ」と気持ち強めな感情で断られた。ガッテム。
……さて、この後どうすればいいのだろう。
とりあえず、真面目に痛いので、放して欲しい。
指、取れ掛けてないよね?
大丈夫?
指を咥えられたままおもちゃにされた剛士は、そのまま何もない天井を見上げると、なんとなく途方に暮れるのであった。
_________
お休みなので、今日は頑張って二話投稿します。
後、めっちゃ長くなってすいません(ペコリ)。
書いてたら、いつの間にか6000文字超えてました(テヘペロ)。
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