第8話 ジョブ選択


 急遽片付けられた机が部屋の中央に置かれ、そこに三人が椅子を持って座る。

 

 テキパキと花凜がお茶を用意し、美玖が「あ、そう言えば美味しいお菓子がある!」と言って、桜色のまんじゅうを三人分、机へと運んできた。お菓子とは……?


 ズズズッと三人で熱いお茶を啜りながら、まんじゅうをつつく。


 すでに剛士たちがここに訪れた目的は伝え終わっていた。


 剛士がサインを仕舞っている間に、花凜がこっそり説明していてくれたのだそうだ。


「なるほど~、たけちゃんはテイマーを志す新人冒険者だったか~」


「ええ、まぁ、そうとも言う?感じっすかね」 


 うんうんと頷く美玖に剛士は曖昧な返事を返す。

  

 剛士としては、楽が出来そうな冒険者であればどんなジョブでも良い、と言うのが正確なところだ。


 その目的が果たせそうなら、特にテイマーに拘るつもりもなかった。


「確かにテイマーのジョブにつけば、楽もできるけど……苦労がないとは言えないからなぁ~」


「苦労???」


「そうにゃ~」


 なにそれ、聞いてない。

 と言う表情を隠さず、剛士は花凜へと視線を向けた。

 

「そうね。確かに、苦労がないとは言わないわ。でも、それはどのジョブにも言えることだから……私はその中でも、たけちゃんに合うと思ってここに連れて来ただけよん」


 花凜は豪快に桜餅を頬ばりつつ、そう言った。

 

 過去を振り返ってみても、花凜が苦労がないとは一言も言っていないことに気づく。

 

 騙された???


 いや、そう断言するのは早計だろう。

 そもそも、花凜は善意で剛士をここまで連れてきてくれているのだ。


 剛士一人だったら関係者以外立ち入り禁止のこの区画には来れていないわけで、それは美玖のサインもなかったということに繋がる。


 それは……ちょっと、嫌だなぁ。

 

 と、少し思考を働かせた剛士は、非難するような目を向けたことを素直に花凜に謝った。


「すいやせん姉貴。俺の早とちりだったッス」


「いいわよ。気にしてないから。それより、今回美玖ちゃんに会った目的を言うから、たけちゃん。よく聞いてねん?」


「ウィッス」


 ゴクリッとこれまた豪快にお茶を飲み干した花凜は、丁寧にカップを置き言った。


「テイマーとしての在り方や心構え、従魔の世話や管理の仕方を現役の先輩に教えてもらう事。そして、それがたけちゃんの冒険者像と重なるのかを調べることよ」


 思ったより、しっかり剛士の事を考えてここに連れてきてくれたらしい。


 何となく疑いながらここまで来た剛士は、自分の行いを少し恥ずかしく感じた。


 花凜は続けて、美玖へと手の平を差し出す。


「その二つを私が信頼できるレベルで叶えてくれそうなのが、ちょうど今日、近くに居た美玖ちゃんだったってところね」


「ふっふっふ、大船に乗ったつもりで相談するがよいぞ~、後輩君」


 おっほんと両手を広げて、笑う美玖。剛士はそれならば、とさっそく質問することにした。


「じゃあさっそく一つ。テイマーってダンジョンを攻略する時に楽できますか」


 初っ端からの全力全開。剛士はここへと来た目的の核心を入れ込んで告げた。

 それだけ彼にとって楽できるのか否かが重要だという事だろう。


 いきなりぶっこまれた質問に、美玖は何の気負いもなく答えた。


「うむ、そうだね~。出来る、とも言えるし。出来ないとも言える。そもそもテイマーの仕事は大きく分けて三つあって、テイムしたモンスターの管理と戦闘時の様々なサポート、そしてテイムモンスターとの相互の信頼関係を築くことが大切なんだよ~」


「ふむふむ、なるほど、なるほど」


 まるで取材でもするかの様な形式で向かい合う二人は、その後も言葉を交わしていく。


「テイマーは戦闘時だと楽はできるけど、テイマーモンスターの管理が大変かなぁ~。とは言っても、そこらへんはテイムしたのがモンスターか動物かで大きく変わって来るんだけどね」


「ふむふむ……その、変わって来る部分とは具体的に何でしょうか?」


「テイムモンスターは、基本的にはダンジョンから採れる十分な量の魔石を与えればいいんだけど。テイムしたのが動物だとすると、ちょっと進化するまでに時間が掛かちゃってね。餌代とかが嵩むし、糞尿の処理とかがすっごく大変かな~」


「ムムム、それは確かに大変そうだ」


 糞尿の処理と言ったら、思いっきり3Kの仕事に含まれるものだ。

 ダンジョンに関わるだけでもすでに3Kの内、危険と言う項目が脳裏を過ると言うのに、ここへきてまさかの汚いも追加されるとは。

 いやはや。

 剛士は思わず眉間に皺が寄っていくのを自覚した。


「まぁ、テイムモンスターのお世話をするのはテイムした私たちの義務だしねぇ~。ただ、嫌な事ばっかりじゃあないよ~?」


「うん、そうっすね。出来れば良いところも聞きたいっす」


「ふふふ、よしよし。聞かせて進ぜよう~」


 そう言って親指を立てる美玖。

 ふと、それまで緩やかだった美玖の語り口調が切り替わった。


「テイマーの醍醐味と言ったら何よりテイムモンスターと心を通わせるってところだよ。うん。あれはとてもいい物なんだよ? なんて言うか温かいって言うの? 言葉としては伝わってこないんだけれど、相手が今何をしてほしいのか、何を感じているのか、私をどう思ってるのかを伝えようと思えば伝えられるようになるんだ。これがとっっっても良くてね?『ご主人大好き~』とか言う感情が伝わって来た時なんて、もうッ、その日一日私使い物にならなかったからね?骨の髄までしゃぶりつくされるって言うのは、きっとあの時の事を言うんだよ。あ、後ね____」


「あーーーー……」


「す、ストップストップ。美玖ちゃん、たけちゃんが置いて行かれてるわ。正気に戻って頂戴」


「ハッ」


 永遠に続きそうだったテイマー談義は、どうやら花凜の手によって止められたらしい。

 花凜の迅速な判断に感謝だ。

 

「たけちゃんも戻っていらっしゃい」


「ハッ」


「「おかえりなさい」」


「ただいま?」


 ここ一年間のニート生活で培ったスルースキルが、まさかこんな形で役立つ日が来るとは思いもしなかった。

  

「簡潔にまとめるとね? テイマーの良いところは、テイムしたモンスターや動物と心を通わすことができるってことなんだぁ~」


 正気に戻った美玖が、てへへっと手を合わせながら話をまとめてくれた。

 

 なるほど、コミュニケーションが取れるのは確かに良い点だ。


 普段自由奔放そうに見える動物たちや、モンスター達の考えの一部でも理解できれば、今まで剛士が散々な目に合ってきた理由も判明するかもしれない。

 これは、朗報か?


「な、なるほど。では他の良いところはあるっすかね?」


「うーん……ちょっと、思い至らないかなぁ。世話好きになるとか、散歩でリフレッシュとかできるって聞いたことはあるけど、私はあんまりだしなぁ……とにかく可愛い。じゃあダメかな?」


「ダメじゃないです……ただ」


 やはり、これだけだとちょっと弱い気がする。


 ここまでの話を聞いた剛士は、「よし、今からテイマーになろう」とは考えられなかった。


 むしろテイマーのマイナス面が目立った印象だ。


 モンスターの管理には、衣食住が含まれることになり、それを用意するのは剛士の役目になる。

 

 ご近所さんの迷惑にならないようにも気を付けなければいけないし。

 糞尿の処理はどうする?

 予防接種も受けさせるべきだろうか?

 ダンジョンとは別に、散歩なども行かなければならないはずだ。

 

 一言に管理とまとめて見ても、やることは存外膨大に出てきそうだった。 

 

 それら全てを剛士一人で熟す必要があるのなら、むしろ一人か、もしくは冒険者協会に頼んで幾人かの応援と共にダンジョンへと潜ったほうがよほど効率的に違いない。


 うーんうーんと唸って悩み始めた剛士。

 しかしこの後、美玖の唐突な一言でその考えを百八十度改めることになる。


 美玖が「あ、そう言えば」と言ってポンと手を叩く。


「テイムしたモンスターや動物は、基本的に賢さが上るから、指示をよく聞く様になるよ〜。それにドロップアイテムだって拾って見せに来てくれたりするしね~」


 可愛かったなぁ、あれは。と付け加えた美玖。

 それに対し、剛士は雷でも落ちたかのような衝撃が、体中を駆け巡っていた。 

 そうか、その手があったか。


 ___ドロップアイテムを拾って見せに来てくれたりするしね~


 美玖の一言が反射する様に頭の中をリフレインし、

 

「それだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 と、剛士は腹の底から叫び散らした。

 

 カチッと、頭の中で何かが嵌った気がしたのだ。


 恐らくそれは、今まで集めて来た情報と自分の成りたい冒険者像が重なった……そんな瞬間の音だったに違いない。


「きゃっ」


「ちょっといきなりどうしたのよたけちゃん」

 

「俺、思いついちゃったんすよ。俺が『楽』できる冒険者像って奴の成り方ッ!!」


「「ん???」」


 一人興奮気味に叫ぶ剛士の姿に、二人は揃って首を傾げるのであった。

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