第6話 ぽかぽかパークのふれあい広場
___ぽかぽかパーク
そこは都心より三十分で訪れることのできる場所だった。
設立されたのは、約二十年前。
ダンジョンバブルに浮かれた当時の市長が、「癒しブーム来てるんじゃない?」と秘書に無茶振りをして作らせたと言う逸話があるちょっとグレーなテーマパークだ。
正直、開園当時から人気があったとは言い難い。
訪れるのは、地元の人が大多数に、地方からやって来たお上りさん一家が「都会のテーマパークって、家の牧場みたいで落ち着くね」と言って常連さんになる程度の場所だ。
地元民である剛士も、行ったのは片手の指で数えられるほどだろう。
中学時代に友人達と訪れ、乗馬体験で尻を強打したのが最後の思い出だ。あの時はゲラゲラとよく笑われたものだ。
そんなぽかぽかパークは数年ほど前までは、老人と子供の憩いの場として存続していた。
だが、ぽかぽかパークを手掛けた当時の市長がなんと数十億を超す汚職事件で捕まり、最低限の管理と運営へと方針が変わって行ったのだ。
そのまま閉園か。
そんな噂が流れたところで、急遽、ダンジョン協会が格安で買い取ったのだと言う。
市からダンジョン協会へと譲り渡されたぽかぽかテーマパークは大いに変貌した。
七つの旧来の施設に加えて___可愛いモンスター大集合広場と言う物も設けたのだ。
これが空前絶後の大ヒットを巻き起こすことになる。
もう、言わなくても分かるだろう。
地元民所縁の憩いの場だったぽかぽかパークの若干寂れて行く様な気配は、もうない。
代わりに、冒険者や冒険者に興味がある世代が数多く訪れる、全国でも有数の大テーマパークへとその姿を変貌させたのだ。
真っ青な空の元、愉快な音楽が響く。
ここぽかぽかランドでは、平日にもかかわらず多くの人で賑わっていた。
そんなランドの一角で、黒のスーツを脱いだ剛士の姿があった。
「ぷぅ」
___真白な毛玉を抱きかかえて。
「あ、こらッ。そこは止めろッ。そこはションベンするとこじゃないだろう!!」
「プゥプププッ」
「俺は、こいつを、絶対に、許さないッッ」
「まったく、やめなさい。相手は可愛い___ウサギちゃんじゃない」
おいで、おいで、と餌をやろうとしたウサギに飛び付かれ、それを見事キャッチしたまでは良かった。
その後、なぜか盛大にションベンを掛けられると言う奇異な姿を晒すことになるまではだ。
「はぁ」
「ぷぅ」
剛士は犠牲となった新調したばかりのカッターシャツを見下ろし、深くため息を吐くのだった。
★★★
全くもって酷い目に遭った。
ウサギのションベンによって汚れたカッターシャツを水道水で洗い流しながら剛士はそう愚痴った。
もしかして、があるかと思い事前にスーツを脱いでいた判断が、無事功を奏した形だ。
ハァーと本日何度目か分からない溜息を吐く剛士は、こんなところに来てしまった原因へと視線を向けた。
「そんな目で見られても、さすがにここまでとはね? カッターシャツ代は弁償するから、許してちょうだい?」
「なら、よしです」
「意外に、簡単に許してくれたわ、この子」
剛士にとっての諸悪の権現である花凜は、そう言って肩を竦める。
きっとA級冒険者なんて言うブルジョワな人には、一生ニートの世知辛い資金事情なんて分かりはしないだろう。
親に金をせびれば良い???
いやいや、せびるにもせびり方と言う物があるのだ。
あれは、親の機嫌とこっちの媚びるコンディションが最高潮じゃないとたちまち悲劇を巻き起こすことになるからな。
数か月前もそのせびり方が原因で第十五次家族間紛争を巻き起こしたばかりだ。
さすがに、短い期間で紛争を戦えるだけの体力はない……いや、もうニートじゃないんだけどさ。
剛士はパンパンとカッターシャツの水気を払い、その辺に用意されたベンチへと腰掛ける。
「さて、あなたに対する動物の接し方は見させてもらったわ」
「そうっすね」
立ったまま納得顔で頷く花凜に、剛士は若干不満顔で頷いてみせた。
そして花凜が何か言う前に、剛士は力なく話し出す。
「花凜さんは言ったっすよね? 俺の目指す冒険者像に心当たりがあるって」
「言ったわね」
「俺もここに連れて来られた時から、大体は、察するものがあるんっすけど……もしかしてそれって____テイマーになれとかではないですよね?」
確信半分、疑問半分。
ただ、剛士の表情はこれ以上ないくらいに嫌そうに歪んで居た。
しかし花凜は難なく頷いてみせる。
「もしかしなくてもテイマーね。あなたが体現すべき、あなたがこれから目指すべき冒険者像は、きっとテイマーが最もベターな方法だから」
剛士の正面に立つ花凜は、顎を擦りながら頷いた。
テイマー。
それは、数多くある冒険者ジョブの中でも冒険者自体が力を持たないジョブの事だ。冒険者自身に戦闘能力がない代わりに、テイマーは動物や敵であるモンスターを使役し、己自身の代わりに戦わせることができるのだ。
そんなテイマーは直接戦闘が苦手だったり、動物やモンスターと過ごしたいと考えてる冒険者にとっては、今や大人気のジョブだった。
どうやらそのジョブを花凜は剛士に勧めるつもりらしい。
「さっきの光景を見て、同じことが言えますか?」
剛士の脳裏に過るのは、先程のウサギの意図的ともいえる放尿姿。
それだけじゃない。
剛士がふれあい広場に入ってからと言うもの、比較的大人しいはずの動物たちの奇行は続いたのだ。
大人しいはずの羊に突進をかまされ。
犬は剛士の周りを駆けまわったかと思えば、ダッシュ&ションベンと言う大道芸を披露してくれた。
猫からは、しこたま引っ掛かれ。
ハムスターは手に持った瞬間ボロボロ、とクソをしやがった。
果たして、舐められているのか、嫌われているのか。
剛士の所感では、完全に舐められている方に一票を入れていた。
「フフッ、むしろさっきの光景を見て、私の中の核心が深まったわ」
「「……」」
対立する二人の意見。
どちらにも、経験から来る確かな確信があり、意見を容易には曲げそうにない。
「頭おかしい(ボソ)」
「あ゛ぁぁぁん???」
「なんでもありやせん、姉貴」
思わずつぶやいた剛士の言葉に、ゼロコンマ一秒も経たずに反応した花凜。
剛士は、すぐさま清々しいほどの三下ムーブを決めることになる。
「まぁ良いわ、まだ行くところがあるから着いてきなさい」
そう言って立ち上がる
ぽかぽかパークで遊ぶ一組の親子が「ママ!凄い大きな魔法少女がいる!」「シッ。あれはきっと次元の彼方から来た魔法少女よ。見て見ぬふりをしてあげなさい」と言って去って行った。
はて、魔法少女?
これが?
「分かりました。着いて行きますよ」
剛士は首を傾げつつも、このファンシーな漢の後ろに続くのだった。
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