第5話 適性検査



 二時を告げる鐘が鳴る。


___ゴーン、ゴーン


 エアコンの音だけが響く新人冒険者研修室___3045室には、二つの影があった。


「あら、二人っきりの研修だなんて……ステキね?」


 一人はクネクネと不思議な仕草でそう告げる、筋骨隆々の乙女

 濃い化粧に、ピンク色中心のファンシーなファッション。

 頭についているカチューシャは、なぜか猫耳だった。

 おそらく彼? 彼女? の身長は二メートル近くあるだろう。

 さらに、二の腕が太い。

 めっちゃ太い。


「あっははは、ソウデスネ」


 もう一つの影は、広い3045室においてたった一つ用意された椅子に座る新人冒険者___木島剛士である。


 借りて来た猫の様に大人しく椅子に座り、何も映していない虚ろな目が正面だけを見据えていた。


 まさに現実逃避。


 剛士の後に続く、追加の冒険者は居なかった。

 永遠とも感じる時間をただ微笑む巨漢と見つめ合う時間に費やしたのだ。


「じゃあ時間も来ちゃったことだし、そろそろ始めようかしら」


 そう言って剛士との距離を詰めようと動き出した乙女。


 フフッとにこやかに向かってくるその姿に、現実逃避をしていた剛士は過剰なくらいに反応した。


「うわぁぁぁぁぁっ、襲わないでぇぇぇぇ」


 両手をブンブンと振り、効果のない壁を作る。

 余りに失礼な態度。 

 それに対し乙女は、


「失礼ね、襲わないわよ」


 と呟き苦笑いを浮かべ、肩を竦めて見せた。

 しかも続けて、


「あなた、タイプじゃないもの」


「ほッ」


 首を振りながら告げられたその言葉に、剛士は心の底から胸を撫で降ろした。


「あッ、す、すいません。初対面の人にこんな失礼な事を」


 そして次の瞬間には、すごく失礼な事をしてしまったと気づきペコリペコリと何度も頭を下げたのだった。


「いいわよ別に。よくあることだから気にしないで。それよりも、誤解が解けたようだし、まずはお互いの自己紹介から始めましょう? ___私はA級冒険者の大場 花凜。よければ、かりんって呼んでね?」


「先ほど冒険者になったばかりの木島剛士です。呼び方はお任せします」


 花凜の自己紹介に剛士が応え、二人は実にスムーズに握手を交わす。剛士の握った花凜の手は大きく、分厚く、何より力強かった。

 握手を終えた二人が手を放し、一歩遠ざかる。

 

___大場 義雄


「……」


 見てはいけない物が視界に映った。

 身長差の不可抗力により花凜の厚い胸板に視線を向けることになった剛士。その彼が目にしたのは、花凜の胸板にちょん、と言う感じでついていた名札だ。


___いやうん。それはそう。だって男だもん。絶対花凜じゃないのは分かってたよ


 突っ込むことはしない。

 笑うこともしない。

 なぜなら、誰も目の前に広がっている地雷原の上でタップダンスは踊らないだろうからだ。


「じゃあ、タケちゃんね。よろしく」


「……よろしく、お願い、します」


 双方ともにぺこりと頭を下げて、自己紹介が終わった。

 花凜は3045室に用意された唯一の教卓へと戻った


「さて、じゃあさっそくだけど今日の研修内容から紹介しましょうか」


 そう言った花凜は唐突に右手の小指を立てる。


「まずは、ジョブの適性検査から。いくつか私が質問するからタケちゃんが嘘を言わずに答えてね。そうすれば自ずとあなたに合った良いジョブが見つけられるはずよ」


 花凜は続け様に薬指を立てる。


「次に、ジョブに合わせたスキル習得の心得ね。スキルに関して言えば、一度習得しちゃうと取り消すことができないから相談に乗る程度よ?少し自慢になっちゃうけど、私これでも日本で二桁には入る実力者だから。是非、有意義に使っちゃって?」 

  

 自信満々に告げる花凜は右目でウインクを送りながら、次に三本目である中指を立てた。

 

「最後にあなたがどんな冒険者になりたいのかを聞き取り、それのアドバイスを送るわ。さらに私の連絡先も渡すから、いい男がいれば紹介してねん」


「あ、はい」


 剛士は思わず頷いた。

 知り合いというか友人たちとは大学中退以来疎遠なため、花凜の願望を叶えることはできないだろう。

 だが花凜は最後と言いつつサッサッと名刺を渡して、何食わぬ顔で教卓へと戻ってしまったため、頷く他なかったのである。


「さぁ、ここからはタケちゃんのジョブを決めるために____質問攻めしまくるわよぉ」

 

「はい」


 バンッと教卓を叩く花凜は、気合十分の様だ。

 未だ状況を飲み込めていない剛士を置いて、本当に質問攻めの嵐が始まった。

 

___あなた体を動かすのは得意? 


「いいえ。家族からはどんくさいと言われます」


 メモ用紙とペンを動かす花凜に、剛士は頷いて答える。


___計算だったり、何か予定を立てることが好きだったりしない?


「いいえ。俺は数学が嫌いで文系に進んだ男です。さらに単位を落として退学しているので予定を立てるのは苦手だと思います」


 自信満々に情けない事を告げる剛士に、花凜は戸惑いつつ質問を続ける。


___そ、そう。じゃあ次は、我慢強いとか、忍耐強いとかある?


「皆無です」


 剛士は簡潔に言い切った。

 花凜のメモを取る手が止まる。


___素早く動けたり、存在感が薄いって言われたりしない?


鈍間のろま+なぜか目立ちたがり屋と友人に嫌味を言われた覚えがあります」


 眉間に皺を寄せて答える時もあれば、


___……状況判断が優れていたりとかは……?


「フッ、酷なことを聞きますね。俺、状況判断が優れていたらきっとこの場にはいないですよ?」


 ニヒルに笑って肩を竦める時もあった。


___最後に聞くわね? 


「はい」


 メモ用紙がその役目を終え、クシャクシャに握りつぶしたされた頃。花凜は太い腕を組み、瞳に真剣な色を浮かべ最後の質問をした。


___動物が好きだったり、なぜか動物に好かれたりはしないか?


「……まぁ、そうですね。好かれているのかは分かりませんが、良くフンを落とされたり、踏んだり……電柱と間違われてしょんべんを掛けられたことならあります」


 剛士がしみじみそう答える。

 腕を組んでいた花凜は、少しだけ目を瞑るとゆっくりと再び目を見開いた。


「オッケー、大体わかったわ。お疲れ様。 さて、本来ならここでジョブの方向性をタケちゃんに示して、スキル習得の心得を講習するつもりだったけど……ごめんなさいね。全部、ブッ飛ばしちゃいましょうか」


 花凜が手を大きく広げ、どこか清々しく言い出したのは、研修内容をなかったことにすると言う驚愕しか感じない言葉だった。

 

「は???」


 これには花凜にビビっていた剛士も首を傾げざるを得ない。

 もしかして何か気に障る様な事でもしたのだろうか。

 はたまた、冒険者の才能がなさ過ぎて研修そのものを最速で終わらそうとしているのか。


 そんな疑問が脳裏を過り、不安な気持ちが前面に出てくる。


「あ、勘違いしてそうな顔、はーっけん。残念ながらタケちゃんが考えてるような『冒険者の才能がない』とか『私の機嫌を損ねた』とかじゃあないわよ」


 不敵な笑みを浮かべた花凜は、剛士の懸念や不安に思う考えを見事的中させて見せた。


「は、え、なんで」


「何で、分かったか? うふふふ、それはね___乙女のひ・み・つ」


「うっぷ」


「全く、こんなプリティーな私を前にして突然口元を抑えるなんて、失礼しちゃうわ」


「す、すいません」


 身長二メートルほどの巨漢が、不敵な笑みを浮かべながら投げキッスを飛ばしてくると言う光景は、失礼と分かっていながらも吐き気を我慢できなかった。

 

 剛士は差別主義者と言う訳でもなく、不寛容な人間と言う訳でもない。

 ただ、初めて見る光景に対して剛士の許容できる範囲は大体決まっていただけだ。

 

___何か、凄い物を見せられた


 そんな事を思いながら剛士は再び平謝りを繰り返すことになる。  


「ほんと、ごめんなさい。故意じゃないんです。反射なんです。生物的本能が為した業の深い勘違いなんです。だからお願いです。貞操だけは勘弁してください」


「謝りながら、もっとひどい事になってるわよ……いいわよ別に。それより話を戻すわ。今、私が質問した内容は、普通の新人冒険者達に対する冒険者協会のジョブ適性検査の質問マニュアルの一部なの。一般の職員なら、さっきの質問で初期ジョブを剣士にでも進めてサッサッと終わらせてたんじゃないかしら」


 厚化粧で隠しきれていない青髭を擦る花凜は、そう言うとニヤリと笑ってみせた。


「いい? 冒険者の先輩から冒険者として最も大事なことをあなたに教えてあげるわ」


 教卓から降り、姿勢よく座っている剛士の方へと一歩一歩近づいて行く花凜。


 すわッ、やはり貞操の危機だったと慌て始める剛士だったが、どうにもそんな軽い雰囲気ではない。


 目と鼻ほどに近づいた花凜は腰を屈め、座る剛士の視線と同じ高さに視線を合わせた。


「普通? 平均? 一般的? ___はっきり言う、そんな奴を目指すなら、冒険者なんて止めてしまえ。どうせやるなら突き抜けろ。己の欲を体現し、お前の在り方を世に認めさせろ……それが真の冒険者ってやつだ。良いな?」


「へ、へい、兄貴」


 それまで猫なで声の様に高かった声が、低く男らしい声に変わった。

 それだけじゃない。ビリビリとひり付く様な空気を感じ、生物としての格の違いと言う普通に生きるなら感じないものを大いに感じ取った。


 そして何より、花凜の姿、在り方を見れば、その言ってることへの説得力は十分にあった。

 

「兄貴じゃねぇ、お姉様とお呼び」


「ヘイ、姉貴!!」


「まぁいいだろう」


 と、思わず読んでしまった「兄貴」呼びを「姉貴」へと半強制的に訂正させられた。

 お゛っん、と花凜の咳払いの声が響く。 


「だから、あなたの冒険者像を私に聞かせて?」


 猫なで声に戻った花凜が微笑みを浮かべてそう言った。


「……俺の冒険者像ですか」


 剛士は呟き、結構単純い思い至った。

 

「花凜の姉貴……俺、正直ダンジョンには潜りたくないっす」


「そう」


「でも、家庭の事情でどうしてもダンジョンに潜らなきゃいけないんです」


「あらぁ」


「だから俺____俺が楽できる冒険者になりたいです」


「……」


 剛士の普通とは言い難い冒険者像に、花凜は能面の様な表情を浮かべ沈黙で返した。


「ゴクリっ」


 剛士は思わず生唾を飲み込む。

 沈黙だけが、3045室の空間を支配し、剛士からすると永遠とも感じられる数十秒が過ぎた頃。


「___面白いな」


 ニヤッと笑った花凜がそう言った。


「面白い、ですか?」


 剛士は、疑問で首を傾げる。

 バカだ、クズだ、はぁ?などの呆れ半分の言葉が返って来るものと思っていたからだ。

 

「ええ、そうね。面白いわ。私も結構ここの研修をやってみて長いけど……大体が『仲間のためになるジョブが良いです』だったり、『自分が成り上れるジョブが良いです』だったりしたもの。自分が楽できる冒険者、って言うのは私が知る限り、あなたが初めてね」


「は、はぁ、そうですか」

 

 はっきり言えば、剛士の発言は万人が首を傾げるか、冒険者なんて止めちまえッとでも言ってお払い箱にでもしてしまう様なものだった。


 だがこの花凜と言う乙女は、いや漢は、人の在り方に疑問を呈する様な事はしなかった。

 自分が、そうだからだ。


 これは、決して寛容と言う訳ではない。

 ただの考え方の違いだ。人を見る、視点の違いと言っても良い。


 真の意味で多数派の人とは違う道を認め、歩んできたからこそ、これからその道を進む後進達を、色眼鏡で見ることなく認めることができるのかもしれない。


「私に一つ考えがあるわ___聞く?」


「聞きます」


 心底楽しそうな表情で笑った花凜に、剛士は若干食い気味に答えるのだった。




__________

長くなったので、一旦切ります(ペコリ)

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