第4話 冒険者登録
___冒険者協会本部・稼働中のエレベータ内
ダンジョン管理に関する書類申請を終えた剛士は、黒い手提げカバンから財布を取り出すと一枚のカードを手に取った。
___チンッ
とまたもや剛士以外誰も乗っていなかったエレベーターが一階に着く。剛士はその足で再び喧騒が渦巻く一階を縫うようにして歩き出した。
『上級冒険者受付』
『中級冒険者受付』
『下級冒険者受付』
『簡易、素材買い取り受付』
等の冒険者たちが大いに賑わう受付前を通り抜け、剛士は目的の場所へと辿り着く。
『新人冒険者受付』
目指した先は、そう書かれた看板が垂れ下がった場所だった。
その場所は他と比べると長蛇とは言えない列であり、剛士は最後尾に並ぶ。
そして自分の番が来るのをソワソワしながら待った。
「こんにちは、こちら新人冒険者受付となっております。この度はどういった御用件でしょうか?」
「あ、いや、えっと」
あっと言う間に剛士の番が来た。
受付令嬢は剛士と年が近く、しかも好みど真ん中の可愛い系の令嬢だった。
まさにド緊張。
不自然に固まってしまった剛士は、見事、言葉に詰まってしまった。
「……」
にこりと笑って待っていてくれる受付令嬢に、剛士は目を合わせることなくゆっくりと深呼吸し、仕切り直す。
「ぼ、冒険者登録をしにやってきまちた」
きまちた。きまちたぁ、きまちたぁぁ……。
剛士は盛大に噛んでしまった。
急激に顔の色素が赤く染まっていくのを自覚する。
恐らくリンゴと見違えんばかりの真っ赤さに違いない。
あわわわわっと心の中で混乱し始めた剛士は、その手に持つカード___マイナンバーカード___を差し出しながらピシリと固まっていた。
「では、身分を証明できるものを確認させていただきますね」
スッと受付令嬢が剛士の持つカードを受け取る。
代わりにいくつかの項目が掛かれた紙を差し出して来た。
「こちら、確認が終わりました身分証はお返し致しますね。お次はこちらの用紙に必要事項を記入の上、もう一度窓口の方へいらしてください」
にっこり笑った受付令嬢は、どうやら何もなかったことにしてくれるらしい。
プロだ。プロがいる。
なぜか滅茶苦茶感動した剛士は、その場でバッと九十度ほど頭を下げた。
その後、すぐに用紙とカードを受け取って記入専用スペースへと向かう。
___うわぁ
___噛んだ、噛んだよ
___めっちゃ恥ずい
ミスは、相手の起点でなかったことにされた。
それでも恥ずかしい物は恥ずかしかった。
おぉぉぉぉッ、と心の中で悶える剛士は用紙の空欄を凄まじい勢いで埋めて行った。
___住所。
___名前。
___所属先。
___年月日。
___付近のダンジョン。
___推薦人の有無。
___その他諸々。
変化球とも言える変わった記載事項はなく、用紙の空欄はあっという間に埋まる。
未だ上気する頬を自覚しながらも剛士は、もう一度同じ受付へと並んだ。
「これ、出来ました」
「はい、お受け取りしますね……はい、確認致しました」
ポンっとハンコを押した受付令嬢はさらに言葉を続ける。
「では、お次は冒険者カードをお持ち致しますので、少々お待ちください」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って席を立った受付令嬢は、厳重に管理されている戸棚の様な場所から真っ白なカードを取り出した。
そしてそのカードを剛士の前に運んでくる。
「こちらが冒険者証となります。触れるとご自身の情報が確認できるようになっていますので、どうぞ、触れて見て下さい」
「……」
サッと差し出された白いカードを前に剛士は、コクンッと頷いてカードを手に取った。
するとジワリと、滲むようにして文字が浮かび上って来る。
_____
木島剛士
年齢 21
ジョブ なし
スキル習得 なし
_____
カードの左上部だけあれば事足りるほど、表示された情報は少なかった。
これは冒険者に成り立ての者にとっては当然の情報量だ。
ジョブやスキルの習得などは、冒険者登録してからでないと得る機会は皆無に等しい。
だから大多数の新人冒険者は、剛士と同じような結果になるに違いない。
「これが、冒険者カードねぇ」
剛士は、他人の物であれば見た覚えがあった。
だが、当然、自分の物を作るのは初めての経験だ。
剛士は物珍し気にカードを翳したりひっくり返したりしていた。
「はい。冒険者カードは触れるだけで冒険者にとっての必要な項目、現在のジョブとスキル習得の項目が浮かび上がるカードになります。これらはとても大切な情報になりますので、紛失などした場合はすぐにお近くの冒険者協会までお伺いください」
「ウィッス」
「そちらのカードはそのままお持ち帰りください」
「ウィッス、あざます」
丁寧に説明してくれる受付令嬢に、剛士はぺこりと一礼した。
「いえいえ、お気になさらないでください。もしよろしければこの後、午後二時から新人冒険者向けの研修が三階で開かれるので、是非参加してみてくださいね」
「ウィッス」
「私がご案内できる内容はこれで以上となりますが、何かご質問等はございませんか?」
「いえ、ないです」
「畏まりました。それでは以上とさせていただきます。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
最初から最後までとても丁寧で気の利いた対応だった。
剛士は受付令嬢に色んな感謝の気持ちを込めてペコリペコリと頭を下げながらその場を去る。
「さてと……どうするかね」
剛士が冒険者協会に来た目的は、その全てを果たし終えた。
本来ならこのまま冒険者協会のビル内から出て、帰路に着いていたはずだ。
しかし、まとめて出来ることはまとめてしておきたい性格の剛士は、チラッとビル内の時計を見上げた。
___午後一時四十五分。
時計の針は午後二時の十五分前を指していた。
受付令嬢が教えてくれた新人冒険者の研修に参加するのには、十分に時間的余裕がある。
さて、行くべきか。
それとも行かざるべきか。
「まぁついでだし、行っとくか」
選択の時間はほんの数秒。
喧騒の中で立ち止まっていた剛士は、再びエレベーターへと向かって歩き始めるのだった。
___だが、この時の剛士はまだ知らなかった。
選んだ未来が、軽い気持ちで決めた将来が、先の剛士を苦しめることになるなんて____想像もしていなかったに違いない。
___チンッ
再び誰もいないエレベーターで三階に辿り着いた。
今日は一階にしかあまり人がいないのだろうか?と疑問符を浮かべつつも剛士は、三階の廊下へと出た。
「あ、そう言えば部屋しらなっ……分かりやす」
剛士は今更、新人冒険者の研修が行われる部屋を聞いていなかったことに気づいたが、どうやら誰かに聞く必要はなさそうだった。
___新人冒険者・研修❤ コッチヨ⇒3045室
と、とてもポップな字体で書かれた看板が立て掛けられていたからだ。
恐らく女性の職員が書いたに違いない。
剛士はそのまま案内通りに三階の廊下を進み、3045教室へと到着。そのままガラガラッとスライド式の扉を開けた。
「うわっ」
ちょうど日差しが差し込み剛士の視界を塞ぐ。
剛士の目が慣れて来た、その先で_____
「あらん? これまた可愛いボーヤが来たわね?」
「は?」
剛士は____ピンク色のメルヘンな衣装で身を覆う、筋肉ダルマの様な____
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