第3話 管理者申請


 真夏の日差しが燦燦と降り注ぐ。

 行き交う人の雑多な喧騒が騒々しく剛士の耳朶を打った。 


___暑い。

___そしてめんどくさい。


 大学入学以来、着る機会のなかった真っ黒なスーツで身を包んだ剛士は、現在、全面ガラス張りで出来た立派なビルの前に立っていた。

 

「行きたくねぇ」


 口元に手を当てながら、肩を落として進む。 

 

 進む理由はただ一つ。今朝、「今日行かねば、勘当する」と父に宣言されたからだ。


 すれ違う武器や防具を身に纏う人たちを尻目に、剛士は幽鬼の様に歩いた。


___冒険者協会本部

 

 そんな看板が掲げられる場所を通り過ぎ、姿勢を正して自動ドアを潜る。


「いらっしゃいませ。本日はどういった御用件でいらっしゃいましたか?」


 自動ドアを潜ってすぐに、綺麗な令嬢に出迎えられた。彼女が差し出して来たのは、『御用件項目』と書かれたタッチパネルだ。


「うぃっす。これで、おなしゃっす」


 素晴らしく空調の効いた空間で、剛士は『御用件項目』の中でも『ダンジョン関連各種問い合わせ』の文字をタッチして頷いた。


 そこは今日、剛士が出かけた理由___ダンジョン関連の申請書類の提出___を果たすために必要な場所なのだ。


 ブィィィィンと音が鳴って、彼女の背後で一枚の券が発行された。

  

「かしこまりました。『ダンジョン関連各種問い合わせ』ですね。ダンジョン対策課は五階になりますので、あちらに見えますエレベーターを使ってこちらの受付券をお渡しください」


「どうも」


「では、お気を付けて」 


 そう言った受付令嬢がニコリと笑って差し出したのは、手のひらサイズの小さな受付券だ。


 剛士はそれを頭を下げながら受け取り、指示されたエレベーターへと向かった。

 

 冒険者フロアと呼ばれる冒険者協会一階の喧騒は相当なもので、常にどこかしらからか大きな声が聞こえてくる。


 うわぁ、と嫌そうな顔を浮かべつつ人と人の間を縫うようにして、剛士はようやくエレベーターの前に辿り着いた。


 「はぁ、待つんだろうなぁ」と思いながらも操作盤を押す。


___チンッ


 すると剛士の予想に反して、エレベーターはすぐにやって来た。

 

 誰も乗り込んでいないエレベーターへと足を踏み入れ、実にスムーズに五階へと昇っていく。

 

 まるで誰かが「さっさっと行け」とでも言っているかの様だ。


 再びチンッ、という音が鳴ってエレベーターの扉が開いた。

 あっという間に五階に辿り着いてしまったようだ。


『……』

 

 一歩足を踏み入れた先は、一階に比べるまでもなく非常に静かな空間だった。

 空調が心地よく効いていて、完全に無言と言う訳でなく、品の良い静けさが空間を満たしている。

 

 書類を捲る音や、小声で意思疎通を交わし合う職員たちを横目に見ながら、剛士は若干緊張した面持ちで廊下を歩く。


 そしてすぐに目的の場所にたどり着いた。


「あの、すいません、これ、オネガイシマス」


「かしこまりました、では番号札五番でお待ちください」


 ダンジョン対策関連受付、と書かれた看板の先に座っていたのは、眼鏡を掛けた男性だった。


 緊張した面持ちの剛士はそっと手に持っていた受付券をその男性へと渡し、代わりに返ってきた同じような番号札を受け取った。


「ウィッス」


 剛士はいそいそと待機する人のために用意されたソファーへ腰掛ける。


「ふぅ」


 そこでやっと一息付けた。

 深くソファーに腰掛け、ふと視線を上げると『現在受付中:二番』の電子掲示板が視界に映った。

 

 他にも人がいるのか?

 そんな当然の事にも気づかなかった剛士は、次にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


「うーん」


「これで良かったよな」


 すると、見覚えのある用紙を片手に四苦八苦している人物達がチラホラ座ってるのが伺えるではないか。


 どうやら同じ目的でここにいる人達らしい。


 眉間に皺を寄せたり、時折首を傾げたりする彼らを見て、剛士は自分も書類の最終確認でもするか、と思い立つ。


 就職祝いに父から貰った黒い手提げカバンの中を探り、クリアファイルに保管していた三枚の書類を確認する。


___枚数三枚

___署名ある

___捺印オッケイ

___空欄なし……と  

 

 問題なし。

 そう判断した剛士は、穴が開くほど見つめていた書類をクリアファイルへと戻した。


 そして自分の番が来るまでの間、そっと目を瞑ることにした。

  

「番号札五番でお待ちのお客様。ダンジョン関連対策受付までお越しください」


 電子的な声で告げられた呼び出しに、剛士は目を開く。


「ハイ」


 と短く声を発し、先程の眼鏡の男がいた場所まで向かった。

 

「本日は、どういった御用件でいらっしゃいましたか?」


「えっと、ダンジョン関連の申請書類の提出ですかね?」


 営業スマイルであろう笑みを浮かべる眼鏡の男性に、若干慌てつつも剛士はそっとクリアファイルに入れていた書類を差し出す。


「畏まりました。こちらの書類を確認させていただきます」


「はい、おねっしゃっす」

 

 書類をペラペラと捲っては指を差して確認していく眼鏡の男性。時折小声で、オッケイ。うん、ここ大丈夫。うんうん。と言った声が聞こえてくきた。

 

 不安と緊張で手がしっとりと濡れ始める中、


「確認終わりました。こちらの書類は問題なくこちらで受付させていただきます。申請が通りましたら、二週間ほどで通知の方がご自宅に届きますのでご確認の程をよろしくお願いしたします」


「はい」


「では、他にご質問等はございませんでしょうか?」


「いえ、いえいえ、ないです。ありがとうございます」


「畏まりました。ではまたのお越しをお待ちしております。本日はありがとうございました」


「あざっす」


 書類申請は、剛士が思わず拍子抜けするほどにあっさりと終わった。


 何事もなかったかのようにフゥーと息を吐きながら来た道を引き返していく剛士。


 だが、その胸中は溢れんばかりの安堵感で一杯だった。


 未だ緊張した面持ちを崩す事のない剛士は、その足を次の目的地へと向けるのだった。


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