【第三夢 エレベーター】

「ここに連れてこられた意味がわかってんのか」

 取調室の薄暗いライトが鈍く光る。ただでさえ堅物な顔がより一層影をつける。この刑事も、そばで記録するあいつも、何もわかってないやつらばかり。おとなだから賢いなんて、子どもの主張を平気で使う。俺みたいなやつの言葉なんて、馬のほうがきいてくれる。

 なんで取調べを受けているのか、それは二年前にさかのぼる——


『授業日数足りてねんだから、ちゃんとこいよ』

『へいへい』

 うざったい担任に呼び出されて説教を受けた。学校なんて行かされてだけ。お金とか義務じゃないとか、親のわがままを理由に説得されても響くわけがない。

 話の半分も聞かないで職員室をあとにした。

京平きょうへい、また怒られたんだ』

 後ろからヒョイっと出てきたのは俺の幼馴染、椿つばきだ。成績優秀で明るい性格でみんなからの評価が高い。おまけに美人。非の打ち所がまったくない。なんで俺と同じ学校に来ているのか不思議でたまらない。本人は近いからといっていたけど、本当にそれだけなのか疑問だ。

 椿が笑って、それを見る。椿が話をして、それを聞く。昔からなにも変わらない日常が好きだった。こんな不良でも、椿の前では自分の心に素直になれた。あいつがどう思っているかわからないけど、俺は……。

『助けて!』

 エレベーター内から声が聞こえた。ボタンを押しても上がりも下がりもしなかった。

『閉じ込められてる!? 京平どうしよう……!』

『くっそ……だるいな。椿、これ頼むわ』

 カバンを渡して、エレベーターのドアに手をかける。ふっと息を吐いて、すっと短く吸い込む。体を熱くして、全身に力を入れる。

 少しずつ扉が開いた。内側に体を捻じ込ませて無理やり開ける。

“ガタン”

『大丈夫か』

『ふん』

 中にいたのは制服を着た女。俺のクラスメイトだった。せっかく助けてやったのに、不機嫌そうに去っていった。

『なんだあいつ……!! 今度あったらぶん殴ってやる!』

『まあまあ』

 その数日後、授業中に具合が悪くなったあの女は保健員に連れていかれた。そしてそのまま死亡した——


 俺はあの事件の真相を知っている。しかし、おとなたちは聞く耳を持たない。自分が想定していることを言われないと納得しない。そんな習慣がついている相手になにを言っても無駄。

「お前、犯人知っているだろ」

「だから、何回も言ってんだろ。それで十分だろ。俺には時間が……」

「これだから子どもは嫌いなんだ」

 パイプ椅子を後ろに吹っ飛ばした。机に手をついて身を乗り出した。腕を伸ばし、刑事の胸ぐらを掴んだ。

 荒い呼吸、狭い視界。頭の中でチラつくのはあの笑顔。無垢むくに花を咲かせる椿の笑み。


「なにも知らないくせに!!!」


 もし自分の意思を押し付けるのがおとなだというのなら、俺はずっと子どものままでいい。こう考えている時点ですでに幼い。そんなのはわかっていた。でもこれしか選択肢がなかった。

 はっとして手を離す。しばらく、静寂が取調室に広がった。

——いま動かないと……椿が死ぬ……。

 ゆっくりドアに向かって歩き出した。行かないと、救わないと。俺の目にはもうあいつしか見えていない。

「待ちなさい! まだ話は……」

 嫌な予感がした。死んだクラスメイトと椿の状況が似ている。けどこの事実を知っているのは俺と犯人しかいない。こいつらの邪魔がなければ、すべてがうまくいったのに。

 ドアノブを回して外に出る。

「前と……あのときと同じ状況なんだ……。だから、俺が行かないと!!」

 刑事を振り解いて全力で走る。間に合ってくれ、そう願いながら。

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雨の夢日記 雨夜さくら @amayasakura

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