【第ニ夢 ルルと片翼の少女】
「起きてレイ、出発するよ」
「ふわぁ、おはようルル」
黒と青の髪の毛。クールでいつも冷静な彼女にぴったりの髪色だった。ショートヘアのせいか、たまに男の子と勘違いされる。ちょっと面倒くさそうにため息をつくけど、私は嬉しくも思った。だってルルは……。
“ピピ”
『右腕が……。大丈夫かい』
『だ、だれ……』
『ここは私が食い止める。君は戦線から離脱するんだ。クリスタ、この子を頼む』
『ま、待って……!』
『強く生きて、レイ』
『え……どうして私の名前を……』
『行って!!』
『待って——』
“
普段は人の姿をしているけど、戦闘時には
五年前に起きた内乱に乗じてドラゴンが一気に攻めてきた。決死に立ち向かったが、右腕を噛みちぎられた。そのせいで変身ができなくなった。いや、厳密にいえばできる。ただし飛ぶことはできない。
それに、元々から“ちゃんと”変身できなかった。
王国は一夜にして荒野になった。行き場所をなくなった私はルルを探し、一緒に連れてってくれと
その日からルルと私の旅は始まった。町を点々として、ルルの故郷を目指す。でも、ルルには記憶がないらしい。生まれた場所も親の顔も、思い出せないらしい。ひとつ覚えているのは、“故郷の風”らしい。
命の恩人でもある彼女のために、旅をしながら情報を集める。
「あ! 村が見えてきたよ!」
「ちょっと、走ったら危ないよ」
「平気平気!」
“ドンッ!!”
「レイ!!!」
「え……」
太陽に照らされていたブロンドの髪は影に覆われる。生臭い鼻息が顔に当たる。恐る恐る目線をあげると、あいつがいた。
「ド、ドラゴン……」
瞳が限界まで収縮して、現実を拒んでいる。全身の筋肉がギュッと固まっている。考えるということを放棄して、ただただ、そこに立ち尽くしていた。逃げなきゃと思えば思うほど、頭が熱くなりフリーズする。
じとっとした冷や汗が背中をつたう。それと同時に目からひと粒の
“ポタッ”
暖かい液体が顔面に付着する。赤く、鉄の香りがした。目の前から人が消えた。
「ルル……!!」
私を庇うように身を乗り出し、ドラゴンの一撃を受けた。背中を抉るようにドラゴンの
半開きの目、消えそうな息。私のせいで、大切な人が死ぬ。
「レイ……逃げて……」
「いやだ!! ルルを置いていけないよ……」
なにか方法はないか、どうしたら救えるか。必死に頭を叩く。それでも、なにも思い浮かばなかった。
——私は……だれも救えない……。ただのお荷物……。
片腕がないだけで、できることはかなり制限される。いくら役に立とうとしても、気をつかわれる。今までだってそうだ。旅をしているときも、いつだってルルが私の世話をしてくれた。荷物を持つときも、町で人助けをするときも、さりげなく私に手を貸してくれた。でもこれじゃあただの足でまとい。ルルは命の恩人だというのに、なにもしてあげれてない。
突風が吹いた。ドラゴンが羽ばたいた証拠。このあと、ふたりは食べられる。
「レイ、早く……!!」
高速で近づく巨大な影。迫る死の恐怖。つのる罪悪感。
「私は……」
「もう失いたくない!!!!」
眩い光が一面に広がった。次の瞬間、私は空にいた。遠くに見える地平線が孤を描く。全身で風を感じる。
髪の毛と同じブロンドの羽、右も左も、両方の翼で飛んでいた。
空を飛んだのは、“これが初めて”だった。
背中にはルルを感じる。
——いける……!
私に狙いを定めてドラゴンが羽ばたく。それを真っ向から立ち向かう。ルルを落とさないように、急降下した。
——今度は私が……守るんだ!!!
* * *
目が覚めると私は木陰にいた。確かレイを庇ってドラゴンにやられたはず。そのあとの記憶はなかった。地面にはブロンドの羽が敷き詰められていた。だれかが助けてくれたのだろうか。
「レイ……! レイどこに……」
顔を見上げると、大きな鳥がいた。あの子と同じ髪の色の、
「レイ、なの……?」
じっと私の目を見たあと、光を放った。それは変身を解くときの光だった。
ふわっと地面に降り立ったのは紛れもなくレイだった。太陽に明るい笑顔で私を慰めてくれた。
あまりの出来事に言葉がつまる。そのとき、レイが駆け寄ってきた。
「ルル! 無事でよかった!!」
か細い腕で力強く抱きつく。彼女の言葉で、自分が致命傷を負っていたことを思い出す。しかし、背中に違和感はないし、なんならこうやって立っていられる。傷を確かめるように、レイが背中をさする。服は破けていて、彼女の肌が直に触れる。痛みは感じない。
「私は……死んだはずじゃ……」
「私の
私の知っている治癒は止血をしたり、解毒をするものだ。なくなった部分を復活させるほどの治癒は見たことも聞いたこともなかった。
少し疑問に思ったが、これだけは言える。
レイは両腕で私を包んでいる。
それは紛れなく、彼女の能力を証明していた。そしてドラゴンを退けたのもひとつの事実だった。
——また助けられちゃったな。
彼女を両手で包む。心の奥から湧き出る感情が体を熱くする。いつまでもこうしていたい。戦いのない世界で、レイと平和に暮らしていきたい。そう思った。
ボサボサになった髪の毛を手で撫でる。すると彼女は私の目を見て、無垢に笑った。「すごいでしょ」、「頑張ったでしょ」と誇らしげな顔をしていた。撫でている手に頭を寄せて、猫のように目を細めていた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
◯
数ヶ月経ったあとも、私たちは旅をしていた。
「ルル! こっちこっち!!」
「走ると危ないよ」
以前と比べてより一層に明るくなった気がする。もちろん両腕が使えるようになって、変身もできるようになった。レイの世話が少なくなって、ちょっぴり寂しい。まあ、彼女が元気そうなら私はそれでいい。
今日も空は青く、心地よい風が吹く。青とブロンドの鳥が仲良く飛んでいった。もしかしたら、あっちの方角に故郷があるのかもしれない。私とレイの生まれた場所が。
「いたっ!」
「言わんこっちゃない」
段差でつまづいて転んだ。この様子だと、まだ私がちゃんと見てないとダメみたい。
手を伸ばしてレイを立ち上がらせる。「痛かった……慰めて」と頭を差し出してきた。「はいはい」といつものように撫でると、すぐに元気な顔に戻る。まったく、あざとい子。そういうところが……。
「どうかした?」
「なんでもないよ」
手を繋いで、ゆっくりと歩き出す。この先どんなことがあっても、ふたりなら乗り越えられる。そう確信していた。私もレイも、もう助けてもらうだけの弱い存在じゃない。二度と離れないように、しっかりと彼女の手を握る。私の大切な、命の恩人だから。
「ルル、なんかうれしそう」
「レイこそ」
「ふふふ、まあね」
巣立った小鳥の背中を押すように風が吹く。蒼天へ羽ばたいた二羽の鳥は天高く舞い上がった。
私たちの道は快晴だ。
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