4部 1話 拓狼が家を出た後の事

拓狼が妹の春香を探しに行った。

それから大体、10分くらい後の話だ。


「全く、拓狼には少し落ち着いて行動して欲しいわね」

そう言いながら呆れているのは拓狼の母である青龍寺花子だ。


「あの、1つ気になったことがあるのですが」

「どうしたの雪子ちゃん」


雪子はどうしても疑問に思った事があり、それを聞きざるおえなかった。

「拓狼君が妖怪とのハーフということは、父親が狼男ということなんですよね」


「そうだけど」

雪子は思った事を正直に花子に質問した。

「それじゃあ父親は純血の狼男なんですよね。どうして妖怪と子供を作ったのですか」


雪子の質問は真っ当なものだ。

霊媒師と妖怪、普通に考えれば敵対する同士であり、仲良くなることはまず無い。


雪子のようにハーフであるなら、時と場合によっては話が別だろう。

妖怪に父親を殺されて、追ってである妖怪に命を狙われている。


しかも雪子は今まで半妖と言うことを知らず、人間として暮らしてきた。

それならまだ分かる。半分は人間であり、人に危害を加えていないのだから。


だけど、霊媒師が純血の狼男と子供を作るなんて普通は考えられない。

「なんて言えばいいのかしらね。あの子の父親は昔人間の中に紛れて暮らしていたのよ」


「それはどういう事ですか?」

その質問に少し狼狽えた花子だったが、しばらくして口を開いた。


「あの子の父親は人を傷つけるのを恐れたの。争いが嫌いでね、だから人間に紛れて戦争を止めようとしたの。人間と一緒に暮らして妖怪達と戦わせないために」


「何でそんなことを。妖怪にとって人間は餌では無いのですか」

「雪子ちゃん。豚肉や牛肉、鶏肉は食べたことあるわよね」


その質問に雪子は頷いた。

「もちろん食べたことがあります。食べた事のない人、日本にはいないのでは」

そう。日本に住んでいれば誰もが1度は食べたことのあると言ってもいい食品。


その内の3つは人間の代表的な食肉だ。

「そう。誰もが口にした事がある食材ね、家によってはどれかの肉を選んで毎日食べている食卓もあるでしょう。だけど」


その時真剣な表情をしたまま花子は恐ろしい質問をしてきた。


「雪子ちゃんはその3匹の動物を目の前にして、刀や包丁を持たされて「これを使って、目の前の動物を殺してください」なんてこと言われたら、出来るかしら」


雪子は花子の質問に、悍ましい表情で首を横に振った。

「そ、そんなこと出来ません」

当然の反応だ。


その3匹の動物を食べた事がない人は少ないだろうが殺した事のある人間も少ないだろう。

時を遡ればこの3匹の動物を人の手で捌いて食べていた時代もあった。


だけど今の時代は機会が動いて、自動的に動物の命を奪い、人間が食べられる肉にするために血抜きをして捌いている。


「でしょ、でもこの3匹が原型を留めずに、食べる肉になったら切れたり、食べたりすることが出来るでしょ」


それに関しては頷いた雪子。

「つまりそういうことよ。拓狼の父親である狼男は幼い頃から人間を殺していなかった。つまり人間を殺すことが出来なかったのよ」


命を奪う行動は奪うことに抵抗が無くなるまで慣れるしかない。

それが出来なければ殺す事なんて出来なくなってしまう。


「それじゃあ拓狼君の父親の妖怪は、どうやって・・・」

飢えをしのいでいたのか。

人間でも妖怪でも、食をしないといずれ死ぬ。


人間を食べることができない妖怪がどうやって生きていたのか謎だった。

「幸いにも拓狼の父親の狼男は人間と同じように動物性の肉を食べられる事ができたのよ」


「そうなんですね」

拓狼の父親である狼男は退治するような妖怪ではなかったのだ。

「それにね、最初は妖怪だと、気が付かなかったのもあるわね」


「え、そうなんですか」

「そうよ。最初は傷だらけの姿のところを見つけてね、相当弱っていたのよ。だから最初は人間だと勘違いして、拓狼の父親を手当したのが全ての始まりね。その頃、私霊媒師の仕事していなかったし」


狼男は人間の姿になれるし、人間の時は妖気が出ないから、1目見るだけでは妖怪だと気が付かないのだ。

それと、妖怪も人間の中にいる霊媒師を、見極める事は難しい。


だからお互いに敵対する相手に出会ったことに気が付かなかったのだ。

「最初あった時は生肉を食べるおかしな人って思ったけど」


「ちょっと待ってください。生肉を食べるってのにおかしいと思わなかったのですか?」

「少しは思ったわ。だけど馬肉は生で食べられるから食べられない事はないかなって」


「いや、その時点で気がついてください」

「まあ当時の私は霊媒師として生きて来て一般常識が抜けていたのよ」


それで済ましていい問題ではないと思う雪子。

「それから一緒に居るうちに惹かれあってね、気がつけばお互いの正体に気が付かないまま恋をしてしまったのよ」


「それで狼男にいつ気がついたのですか」

「拓狼が生まれた時ね。その時お互いの正体に気が付いたのよ」


子供、特に赤子は能力を隠したり、コントロールすることが出来ない。

だから生まれたばかりの赤子というのは霊力や妖力が気としてはっきり見えるのだ。


妖怪の容姿がそのまま出るため、なんの妖怪かすらもはっきり分かってしまう。

「その時はお互いにショックだったわ。退治する相手なんだけど戦う気になれなくてね」


「それでどうしたんですか」

「私は拓狼が人間界で生きるのに不自由がないために封印をかけたわ。その封印は妖怪の力を完全に押さえつける術、力の弱い赤ちゃんだからこそ出来る術でその術を成長した妖怪や半妖の人間に使っても効果は無いわ」


「確か昨日、同じことを話していましたよね。だから成長した私にはその封印は効果ないと」

「そう」


その話を聞いて納得した。

確かに人間の容姿をしていて、妖怪に姿を化けなければ気が付かないのも当然だ。


だけど、これだと1つ気になることがある。

「あの、妖怪にならなくても妖気で気が付くのでは、出会った時は妖気が見えなくても、体の傷が癒えたら妖気が見えるのでは」


「それは雪子ちゃんのしているお守りを彼に貸してあげたからね、そのお守りは妖気や霊気を隠すだけじゃなくて傷を早く癒す効果もあるのよ」


「そんな力まで」

「後は、護身のためにもなるわね。そのお守りがあれば1度だけ命を失うような攻撃を受けても1回だけ身を守ってくれるのよ。だけどそれを付けてると霊術が半減してしまうデメリットもあるけどね」


「このお守りはそんなにすごいものなんですね」

「私も若い頃は護身のためにしていたのよだからお互い気づかないまま1年過ごしてしまったのよね」


色々聞いてなるほど、という表情をする雪子。

「拓狼君の父親はどうしたのですか、まさか」

「生きていると思う。私が霊媒師と気がついてた時、私と拓狼を守るため妖魔界に住処を変えたのよね」


霊媒師が妖怪と子供を作るなんて、霊媒師業界にとって反逆行為と言ってもいいだろう。

見つかれば花子は反逆罪として檻の中に、拓狼は異端の子として殺処分されてしまうだろう。


それを避けるために、拓狼の父である狼男は2人から離れたのだ。


「そうなんですね」

「だから16年もの間、霊媒師に気が付かれないで学園生活を遅れた雪子ちゃんは運がいいと思ってた方がいいわよ。普通は1年経たずに見つかって半妖だろうと霊媒師に殺されてしまうのだから」


花子の言葉を聞いて自分は恵まれていると思った雪子だった。

そんな時、花子のスマホに着信が来た。

「もしもし、真凛ちゃん。どうしたの・・え?」

真凛の電話に花子は驚き声を上げた。

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