3部 9話 守るべき家族

春香は息を切らしていた。

妖怪たちが一方的に襲ってこなくなり、春香に嫌な攻撃をしてくるようになったからだ。


遠距離で妖気の技を放ち、交わした先に仲間を配置する。

そして死角になるところからの攻撃を繰り返し行う妖怪たち。


春香は拓狼と同じように、殺気を感じる訓練をしていたため、致命傷になる攻撃をギリギリで交わすものの、身体中かすり傷だらけになる。


無論、春香もただ逃げるだけではない。

避けて霊術を打ち込み、攻撃のバランスを崩せるように反撃をしているが上手く決まらない。


そんな感じで戦闘が続き、3体を1人で相手をしていた春香は、体力と霊気が尽きかけていた。

「や、ヤバい。こ、これはもう無理」

気がつけば崖に追いやられていた。


「どうやら、ここまでのようだな。妖怪三体を相手によくここまで戦った。褒めてやるよ」


男の姿をしていた敵。

だけど今は人の姿の面影はなく、3体とも化け物の見た目に変わっている。


それぞれがしゃどくろ、海坊主、鵺(ぬえ)の容姿をしていた。


「数の有利に、このまんまこの女だけでも仕留めるぞ」

「ほかの餌には逃げられてしまったからな。おっと仲間が誰か帰ってきたようだ」


「そのようだな、誰かわからんが、妖気が近寄ってくるのを感じるな」

「仲間が帰ってくるだと」


その言葉に春香は驚いている。

3人を相手にしてギリギリなのに、もう一体加わると絶対に勝てるわけが無い。


しかも体力と霊力がが尽きた今だと、もう無抵抗に殺されるのが目に見えていた。

春香の目に髪の白い狼と人間の容姿を足して2で割った妖怪が、近寄ってくるのを捉えた時、もう絶望しか無かった。


「ここまでね。私は死ぬのかしら」

死にたくない。だけどこの状況を打破できる方法が見当たらない。


生きることを諦めたその時、春夏の目の前で驚きの光景が映る。

狼人間の妖怪が、仲間の妖怪を殴り飛ばしたからだ。


殴られた海坊主は、そのまま近くの樹木に頭から衝突した。

「どうなってるのこれ」


まるで同士討ちにしか思えない行動に、戸惑う春香。

「おい、誰だあいつ」

「狼男なんて仲間にした覚えがないぞ」


「え?」

戸惑う様子の妖怪たちを見て驚く春香。

普通に考えれば妖怪が人間の方に味方をするなんて有り得ない。


だが、目の前の狼男が春香の方を持つのは当然の事だ。

何故ならその妖怪の正体は、春夏の実の兄の拓狼なのだから。


「残念ながら、俺はこの少女の味方。お前たちを殺しに来た者だ」

その場にいたもの全て、驚きで膠着する。


1番状況が理解出来てないのは春香だった。

『え、私に味方してくれる。妖怪が、何で。どうして』

戸惑う春香、そんな彼女に拓狼は声を掛けた。


「ここまでよく1人で頑張ったな。あとは俺に任せて逃げるんだ」


拓狼に逃げるよう言われる春香。

もしこれが見慣れた兄の姿だったら戸惑うことは無いだろう。


だけど見たことの無い妖怪に言われて状況把握が出来ていないのだ。

人間を守る狼男を見て妖怪達は口を出す。


「おい、お前は何故人間の味方をする。霊媒師と妖怪は敵対する関係なのに」

「そんなの関係ない。この女は俺にとってかけがえのない存在で、大切な家族だ。家族として守るのは当然の事だろ」


「言っている意味が分からない。霊媒師と妖怪が家族なんて」

がしゃどくろは狼男の行動に理解が出来ない様子だったが、鵺は何かを感じたようで真剣な表情をしていた。


「大切な家族、何を言っているの?」

「ぼっとするな春香、早くここから去れ」

「え、なんで私の名前を」

「いいからさっさと消えろ。邪魔なんだよ」


拓狼が怒鳴り散らすように言うと、春香は狼男から逃げるようにその場から走り去っていった。


「たく、やってくれたな。お前たち霊媒師の兄妹に餌を全部逃がされた」

鵺の言葉にがしゃどくろは驚いていた。


「兄妹、この狼男と霊媒師の娘が」

「そこの狼男は半妖だ。人間の匂いがする。しかも微かにだが、あの女と同じ血の匂いが」

匂いで拓狼が半妖であることを見抜いたのだ。


「違うのは、こいつは妖怪の匂いがあるけど、あの女には無い。だから恐らく半血、親のどっちかは分からんが、片方が同じ人間なんだろう」


それを聞いた拓狼は驚いている。

「凄いな。匂いでそんな事も分かるのか」

「体のどこかが出血していれば、鵺の種族は匂いを嗅ぐだけで大体の血縁関係がわかるんだ」


拓狼は狼男の時、匂いに敏感になるのだが、人の死臭が悪臭に感じなくなってしまう。

なぜなら、妖怪になっているから。


これは憶測になるが、死臭というのは、生命的本能が無意識に脳へ働きかけているのだろう。

生き物、特に動物の生態形は弱肉強食の世界である。


故に肉食獣なら、どんな生き物でも動物の死臭が漂うのだ。

それによってこの生物は危険だと本能的に語り初めて、生きるために脳が働く。


だからシマウマとかの草食動物は、ライオンのような肉食獣から逃げる。容姿ではなく匂いで。


同族の死臭を嗅ぐことで、危機を判断するためにだ。

だから人間の時と比べて狼男の時は人間の死臭に気が付かないのだ。


少し話が逸れてしまったが、拓狼と妖怪の戦闘に戻そう。

実は表に出てないが、拓狼は心の中で、焦っていた。


『やばいな。これは』

考え無しに、妹を助けようとしたのがいけなかった。

この時、重大なミスに気がついたのだ。

『もう妖力が残ってない』


満月と新月では使える妖力が全然違う。

簡単に言えば満月の時の4分の1、以前変身した時は、傷を受けたら受けたところから体が自然回復していたのだが、今は真凛に負わされた傷が全然治っていない。


しかもそれだけでは無い。念の為にと、服を脱がずに妖怪化しているため、拓狼の腹はまるで刃物に突き刺さったかのような激痛がするのだ。


最初は腹を手の平で叩かれた程の痛みしか無かったので、何とか耐えられるほどの腹痛だった。

だけど現状ではもう耐えきれない、このままだと死ぬかもしれないと脳が働いた。


刃物が刺さったような痛みがする所には霊符がある。これが痛みの正体だ。

この状況で戦うことは絶対に無理だ。


『以前妖怪になった時と違って今回は移動していた事が多かったから長い時間妖怪になれていたけど、この状況で戦うと負ける』


拓狼は変身を解いた。

「本当に人間だ。しかも、人間の姿だとあの女の面影がある」

「そう言っただろ。でも変身を解いて俺たちと戦えるのか」


「問題ない。妖気はもう空だけど、霊気は残っているからな」

そう言って拓狼は懐から霊符を取り出した。

「天の災害の雷よ、矢となり形を変え、我が身の前に現れたまへ、雷矢(らいや)」


雷矢を出した拓狼は、気を失っている海坊主目掛けて矢を投げた。

「グファ」

矢を腹に受けた海坊主は体が消滅していく。


「おい、こいつ半妖だけじゃなくて、あの女と同じ霊媒師でもあるのかよ」

「おい、アイツらはいつ帰ってくるんだ。2人で相手するなら少し厳しいぞ」


アイツらというのは、恐らく妖怪達の仲間のことだろう。

「お前たち仲間なら、何体いるか知らないが、俺が3体近く退治したぞ」


それを聞いた時、妖怪達は驚いていた。


「おい、俺たちの仲間全員駆られているじゃないか」

「畜生、こんなガキ相手に3体ともやられたというのか」


拓狼の言葉を聞いた時の妖怪達は、顔が引きずっていた。

「仕方がない。あれをやるか」

「あれって、マジか」

「やらないと俺たち2体揃って退治されるぞ」


がしゃどくろの言葉に鵺は何かの覚悟を決めたようだった。

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