3部 8話 春夏の戦い
「ちょっと。何考えているのよ」
「し、声を静かに」
話を聞いた少女の1人が声を荒らげた。
「何だ、突然声を出して」
「な、何でもないわよ」
男たちに聞かれて、咄嗟に誤魔化す春香。
「逃げられるわけがないわ。誰一人として今まで成功してないのだから」
「嫌よ。私まだ死にたくない」
春香の言葉に全員が否定的な態度だった。
別にここにいたい訳じゃない。逃げると殺されるからこそ、否定しているのだ。
「だとしても、ここにいても私たちはいずれ食料にされて殺されるだけよ」
「だけど、逃げるにしてもどうやって」
「私が貴方達が逃げるための時間を稼ぐ」
春香の提案を聞いた少女達は、目を見開き仰天した。
「それ、本気で言ってるの」
「自分を犠牲にするなんて」
自分が身代わりになってほかの人たちを助けると言っているかと思い込む。
だけど春香は、自分の命を投げ捨てるつもりは無い
「大丈夫。あなた達が逃げ切れたあと、私もすぐ逃げるから。だから覚悟を決めて」
それは確信のある言葉だと気づき彼女たちは真剣な表情で春香の顔を見た。
「逃げるように合図するから、このまま少しだけ待ってて」
ランドセルの中から霊符を取り出す春夏。
そしてそのまま妖怪たちに近づいた。
「おやおや、さっきの見て近づいてくる子がいるとは、勇気がある行動を通り越して、馬鹿の行動としか思えないな」
春香の行動にバカ笑いをする男たち。
「ねぇ、そこの妖怪さんたち、あなた達はここいるので全員なのかしら」
「ここにいる妖怪たちは4人で全員、まあ新たな食料探しに3人は外に出てるけど」
4人とも白い玉のネックレスをしている。
それが何か分からないけど、春夏はここいる連中が妖怪だということに気がついている。
「よ、妖怪?」
周りにいる女の子たちの内の1人が春夏の言葉に真意を疑った。
何故なら普通に考えて妖怪というのは空想上の産物でしかないのだから。
「そうか。あと3体もいるのか。なら、この行動は一か八かね。」
そう言って春香は目を閉じて精神統一をした。
そして心の底から思う。運悪く残りの3体の妖怪に彼女たちが出くわさないようにと。
「何々、もしかして君一人で俺たちに逆らうつもり。やめ時なよ、一日でも長生きしたければ」
どうせこの場に居続けて助けを待っていたら命なんて風前の灯でしかない。
だったら自ら行動をして現状を変えるしかないのだ。
「天よ、我の前の邪悪なる化身に怒りの雷鳴を降らせよ。投雷(とうらい)」
御札を取り出し、詠唱する春香。
目の前の妖怪たちに目掛けて雷が降ってきた。
「うわ、危ねぇ」
雷を後ろに飛んで交わす妖怪たち。
「数多な災害の神よ、この者たちに更なる追撃を行え、追雷『ついらい』」
落ちた雷の一部が分岐して再び妖怪たちに襲いかかる。
「ギャァァァァァア」
それを避けることが出来ず、男たちはその雷を全身に受けた。
「す、凄い」
目の前の衝撃的な出来事に呆けている女の子たちだったが、そんな彼女たちに春夏は、声をかけた。
「今よ。皆んな逃げて」
「う、うん分かった」
「助けてくれてありがとう」
「誰か人を呼んでくるから」
春香の言葉に少女達は全速力で反対方向に逃げ始めた。
森を抜ければ、大人に助けてもらえるだろう。
そう思った春香はこれで少女たちの心配が無くなった。
春香の霊術で痺れていた妖怪達は、数秒で痺れが解け、口を開いた。
「くそ、餌共が逃げてしまった」
「ち、こいつ霊媒師の力を持つ女だったのか」
春香は臨戦態勢を取るかのように、力を入れて身構えた。
「お前たち妖怪だよな。答えろ、昼間に何故行動できる」
「何だ。霊媒師なのに無知だな」
「答える必要は無いだろ。お前はここで死ぬんだから」
「お前は俺たちの餌を逃がした。簡単に死ねるとは思うな」
妖怪は一斉に春香に襲いかかる。
「雷の力よ、我が身の周りに集まり、周囲を巻き込む波となれ。雷波(らいは)」
近寄ってきた妖怪たちに、春香は自分を中心にした雷の波を発生させた。
それを避けきることが出来ず雷波を直撃する妖怪たち。
「くそ、また霊術を食らってしまった」
再び痺れて動けなくなった化け物たち。
「私達はあなた達の餌じゃない」
そう言って再び詠唱を唱え始めた。
「天の災害の雷よ、矢となり形を変え、我が身の前に現れたまへ、雷矢(らいや)」
雷(いかずち)を放つ矢が具現化する。
「くらえ」
それを、力いっぱい投げる春香。
投げた先は妖怪の胸元に目掛けて放たれ、心臓に突き刺さった。
矢の刺さった妖怪は、形が保てなくなり、灰となり、妖石玉を残して消えていった。
「油断した。一体やられた」
「あんた達、意外と弱いわね」
仲間がやられるところを見て、考え方を変える妖怪たち。
「ガキだからって、気を抜いているとこっちが狩られるな」
春香は妖怪を1体、簡単に倒したことによって少し調子に乗った。それが仇になってしまう事になる。
対して妖怪達は、仲間が来るまで時間稼ぎをする戦い方に作戦を変えるのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
春夏の時間稼ぎをしている間、囚われていた少女達は、走っていた。
逃げる途中に、運悪く妖怪の一体に出くわしたのだ。
翼の生えた、全身真っ黒の悪魔みたいな、そんな化け物に。
「な、何でよ」
全員、死に物狂いで逃げる。
捕まったら最後だと分かっているから。
追ってきている妖怪は空を飛んでいて、疲れる様子は全くない。
対して、人間である彼女たちは体力が切れるギリギリだった。
そんな時、少女の1人。松田佳奈が木の根に躓き転んでしまう。
「いや、そんなの嫌」
化け物と佳奈は目と鼻の先、春香と違って戦うことが出来ない彼女はこのまま死ぬと思い、恐怖で目を閉じた。
だけど次の瞬間、聞こえてきたのは男の声と化け物の断末魔だった。
「雷よ、我の体に雇え。力を与えよ。我はその力を欲する、天地を切り裂く刃を我に与えたまへ、雷光剱」
その断末魔の方向に顔を向けると、高校生くらいの男の子が雷の剣を持ち、立っていた。
追ってきていた化け物は体を真っ二つに切断されている。
「大丈夫」
「はい。助けてくれてありがとうございます」
佳奈は助けてくれた少年に感謝をする。
「君たちはどうしてここに」
「アイドルになれるという話に騙されて、化け物にここへ連れてこられて」
その話を聞いた少年はやっぱりという顔をしていた。
「それでその化け物、他に居いないのか」
彼の言葉を聞いた時、少女達は、慌てて答え始めた。
「そうだ。私たちを逃がすために身を呈して守ってくれた女の子がまだ奥に」
「青龍寺さん。彼女のおかげで私たちは逃げることが出来たんだ」
「何?」
佳奈の言葉に少年は驚いていた。
「お願いします。私たちのために戦っている彼女を。青龍寺さんを助けてください」
少年の表情が真剣になる。
「分かってる、絶対に助ける。妹を見殺しにする兄なんてこの世にいないからな」
その言葉を聞いた佳奈は驚いていた。
「妹、お兄さん。もしかして」
顔をよく見てみると、確かに春香の面影がある顔を少年はしていた。
「俺は青龍寺拓狼。青龍寺春香の兄だ」
「青龍寺さんの、お兄さん」
「ここをしばらく走れば結界の外に出られる。そうすれば赤い髪をした巫女服を来ている高校生くらいの女の子がいるから、その人に助けてもらってくれ」
そう言って拓狼は森の中を走っていく。
「ま、待ってください」
佳奈は拓狼を呼び止めようとしたが、耳を傾けることなく、拓狼の姿は森の中へ消えていった。
佳奈と別れた拓郎は、再び黒い御札を、手に取った。
「頼む、体よ。もう少しだけもってくれ」
そう思いながら自分の体にムチを入れる。
さっき狼男になっていた時、霊符が邪魔をして体を痛めつけていたのだ。
そのせいで体力と妖力を減らし、全身に激痛が走ったが、今はそんなことを気にしている暇はない。
妹を救うために、拓狼は再び狼男の姿に化けるのだった。
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