3部 7話 死の樹海

目が覚めると背景は暗い。

周りに住宅が無い、森の中にいた。


「どうしてこんなことに」

周りに同い年の女の子が7、8人いた。

「私たちこのまま死んじゃうのかな」


女の子達は現状に怯えていた。

しかも全身傷だらけで、服もボロボロに汚れていた。

突然知らないところに連れてこられたんだから怖くなるのも当然の事だろう。


「何ここ?」

春香はなんで自分がここにいるか、思い返してみた。


今朝、いつも通り登校していた時。

1人の男に声をかけられた。

「春香ちゃんおはよう」


車から出てきたスーツ姿でネックレスをした男に春夏は笑顔で返答した。

「熊本さん。おはようございます」

普通なら恐怖でその場を去ろうとするが、春香はその男とは面識がある。


前日、アイドルに興味が無いか。と声をかけてきたのがその熊本という男だからだ。

「アイドルの話、考えてくれたかな?」

「それが母と兄に話してみたのですが、絶対だめだと言われてしまって」


「まあ、それが普通だよね」

そう言って、男はある提案を持ちかけてきた。


「アイドルの件だけどもし、君が本気でなりたいのなら、親への連絡は売れてからにして、今は一人暮らしするという案もあるけど」


普通に考えればまともじゃない、怪しい提案でしかない。

だけど世間常識がまだない小学生にはそれがおかしなものだと思う子は少ない。


何故なら名刺を渡された時、どこの事務所か書いてあり、しかもその事務所はネットで調べて本当にある会社なのだから。


「そんなことしてもいいんですか?」


「勿論、君が本気でやりたいならの話だけどね。中途半端な気持ちでやるものでは無い仕事だから親元を離れたくないと言うならこの話は無かったことにするけど」


それを聞いた時、春香は疑問に思うことがあった。

「それじゃあ親への連絡は」

「当分は出来ないね。自衛隊とか警察学校と一緒。新人育成のうちは携帯を持っては行けない仕事だから」


テレビで見たことがある。

自衛隊育成所や警察学校は新人の内は携帯の所持が許可されていない。


そういう仕事が本当にあるからこそ、アイドルの新人が携帯の所持を禁止されている。

春香にとって不思議な事だと思わなかった。


色々悩んだが、自分も家計のために支えになることがしたい。

「分かりました。私、家族に内緒で親元を離れます」


春香は、何も疑うことをせず話を承諾してしまった。

本来、芸能界入りの話は未成年の場合親の承諾を得てからでないと事務所に入ることが出来ない。


その事を春香は知らなかった。

「それじゃあ車に乗ってくれる」

言われた通りに車の後部座席に乗る。


すると突然睡魔に襲われた。

「あ、あれ?」

「もしかして眠くなった。事務所は遠いから着くまで寝てていいよ」


「は、はい」

言葉に甘えて、春香は車の中で眠りにつくのだった。


それから目が覚めたらここにいたのだ。

ここでようやく、騙されていたこと気がついた春香。


「私、アイドルになれると聞いて、ここに来たのに」

声の方向に顔を向けると、同じクラスで1週間近く学校を休んでいた松田佳奈がそこにいた。


しかも周りの女の子と同様に全身汚れて、至る所にアザが出来ている。


「松田さん」

「青龍寺さん、目が覚めたのね」

「どうしてここに?」


学校を休んでいた同級生が、こんな山の中いたのだ。

驚くのも無理はない。


「あなたと多分一緒よ。アイドルにならないかと、声をかけられて気づいたらここにいたの」


ここ数日兄のゴタゴタでテレビを見ていなかった春香。

学校の噂で行方不明になったと聞いていたが、まさか同じ理由で誘拐されているなんて思ってもいなかった。


いつも強気で、自意識過剰な佳奈が、身震いをしている。


「どうしてみんなここから逃げないの」

「逃げられないのよ。ここから逃げようとした子が死体となって帰ってくるから」


それを聞いた時、春香の背筋がゾッとした。


「どういうことなの」

春香の質問に佳奈が1面真っ赤になっている地面を指さす。


「あそこの地面だけ赤くなっているでしょ。あれはこの場から逃げようとした女の子の血の跡。逃げようとした女の子全員殺されているのよ」


だからこの場にいた女の子は、全員怯えているのだ。

「それじゃあその女の子の死体は?」

「無いわ。だって皆、私たちの目の前で食べられてしまったんだから」


狂気の沙汰だ。人間が食われる所を目撃するなんて今の日本で普通に暮らしていれば絶対にないのだから。


春香は聞いたことがある。母親から人を食べる妖怪という存在を。


「全員目が覚めたか、食事を用意してやったから食いな」

目の前にベットボトルとパン、そして日干しの牛肉が目の前に投げられる。


それを見て食べ物に、すがりつく女の子たち。

まるで戦場のよう、食事の取り合いで華やかさなんてない。見苦しい光景だ。

殴り合いや取っ組み合い、彼女たちは生きるのに必死だった。


さっきまで震えていた佳奈も争いに参加し、食事を確保していた。


「見ていて面白いな。人間って目の前に食事を置いてやるだけでこうも醜い争いをするなんて」

食べ物や飲水はギリギリ人数分ない。

必ず争うように、考えて用意しているとしか考えられない。


春香ともう1人の女の子は地面に落ちた物を食べる気になれずその場で見ていた。

「こ、これは酷い」


「これだから、人払いはやめられない」

笑っている男たち4人組。それに痺れを切らしたのは食事に手をつけなかった女の子。


彼女は、歩いて距離を詰める。

そして目の前に立って、男の頬に向かって平手打ちをした。


「ふざけないで、こんなことして。私たちは貴方達の玩具じゃないの。早く家に返してよ」


その怒りの行動に、頬を叩かれた男は、逆ギレをした。

「だめ、そんなことをしたら」


食事に手をつけていた女の子の1人が、叩いた少女に口を出した


「早く逃げて」

「え?」


その声に振り向いた瞬間、男の姿が人から化け物に変貌し、鬼みたいな角を生やし、顔が巨大な妖怪は大きく口を開けた。


次の瞬間、少女の首を1飲みでかぶりつき、首の上から血が吹き出した。

「イヤァアァアアァア!!!!」


目の前で同い年の少女の死ぬ光景を見た。

首が無くなって、地面に倒れる体。

化け物は、その死体を骨も残さず全て食べる。


さっきまで食べるのに必死だった女の子たちが、食事を一斉に止めた。

目の前の光景に耐えきれず、吐き下す子もいた。


少女の着ていた服は不味かったようで、妖怪はそれだけ吐き出したが、真っ赤になっていて何がなんなのか全く分からない状況だ。


こんな光景を見てしまったら怯えるのも当然の事だろう。

「俺たちに歯向かうことはするなよ。死にたくなければな。と言っても寿命が少し伸びるだけだけど」


それを見た周りの男たちは妖怪に声をかける

「おいおい、俺たちの分も残しておいてくれよ」

「1人だけで味わうなんて、俺も腹減っていたのによ」


「悪い悪い」

このままこの状況が続けば、いずれ精神が崩壊する。


幸いにも春香は力が残っている。そして自分のランドセルが近くにあり、手前のポケットに霊符が入っていた。


いつも持っておけと、口うるさく言う母親に内心うんざりしていたが、この時だけ母親に感謝をする春香。


食事が終わり、震えている女の子達に、春香は彼女だけに聞こえる音量で声をかけた。

「ねぇ、皆。ここから逃げましょう」


その言葉に彼女たちは驚いていた。

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