3部 6話 クラスメイトの嫌がらせ

数日前の事。

春夏はいつも通り、小学校に登校して、友人の紗倉(さくら)という女の子と話していた。


「春ちゃん。翔太くんと仲良いよね」

田中翔太、真凜の弟で家族ぐるみで、春夏と仲のいい男の子だ。


「翔とは幼い頃からの長い付き合いだからね。上同士が仲がいいし、家も近いから」

学校へ一緒に通っているのを見て、そう思う紗倉。


正直、兄妹仲や幼なじみ仲より、拓郎と翔太、真凜と春夏、という同性同士の中が1番いい。

まるでそっちの方が本当の兄弟、姉妹のような感じだ。


「おい、春」

友達と話していた春夏に、翔太が話しかけてきた。

「翔、学校で話かけてくるなんて珍しいわね。どうしたの?」


「拓兄さ、事件に巻き込まれて今入院しているんだろ。大丈夫なのか」

翔太は拓狼の事が気になっていた。

「多分。今意識ないけど命に別状はないって病院の先生が言ってたらしいから」


春夏は母から聞いた言葉をそのまま翔太に告げるのだった。

「お兄ちゃんの事、真凜ネェから聞いたの」

「あぁ、姉貴心配してたから」


翔太と話していると、同じクラスの少女が1人近づいてきた。

「田中君、おはよう。青龍寺さんと何を話していたの」


彼女の名前は松田佳奈、春夏は佳奈の事が嫌いだった。

「あ、松田か。実は春の兄が入院してな、それについて話しをしていたんだよ」


「そうなの、それは心配ですね青龍寺さん。お兄さん、無事に帰ってくるといいですね」

「そうね。心配してくれてありがとう」


言葉では体裁を保とうとしているが、内心は怒りを隠すのに、必死だった。

「俺、先生から次の授業の使用物の配達頼まれているから。そろそろ行くわ」


「私も、次の授業の準備を手伝わないと」

翔太と紗倉は日直で、1日授業の開始の手伝いをしないといけない。

「行ってらっしゃい」


笑顔で見送る春夏、2人がいなくなって周りに人の視線が無くなった時。

「イッ」

痛いと声を上げそうになる春夏。


自分の足が誰かに踏まれたのだ。

上履きに誰かの、上履きの底の跡がある。


「どうしたのかしら、青龍寺さん」

「あんた。本当に性格悪いわね」

きょとんとした様子で話しかけてくる松田佳奈。


「あらあら、私が一体何をしたと」

とぼける彼女に春夏はイライラを隠すのに必死だった。

冷静さを失ったら損をするのがわかっているから。


「あんた今私の足を踏んだでしょ」

「何を言うと思ったら。私があなたの足を踏んだ証拠でもありますの」


いかにも、推理ものアニメの犯人が口走るような事を言う目の前の女。

だけど証拠がないからこそ、何も言い返すことができない。


上履きに踏まれた後があっても、学校内誰もが同じものを履いているのだから犯人探しなんて出来たものではないのだから。


「それよりも貴方、相変わらず田中君と仲がいいのね」

「仲良しというか、ただの幼なじみよ」


春夏が目の前の少女が嫌いなのは、陰険な嫌がらせをしてくるからだ。

おおっびらに行動すると先生に伝わって、印象が落ちてしまう。


だからこそ、こんな地味なことばかりを繰り返す。そんな彼女に嫌気がさすのだ。

「だから何よ」

「別に、何も無いわよ」


時々、自分を悲劇のヒロインみたいに振舞って春夏の印象を落としにかかる佳奈。

クラスの他の女子を仲間につけての嫌がらせ。

それが理由で、身に覚えのないことで先生に呼ばれて注意を受ける春夏。


正直、そんな生活にもううんざりだった。

「あんた。私になにか恨みでもあるわけ」

「別に何も無いわよ」

彼女は顔を背けて答える。


少女は春夏に、嫉妬をしているのだ。

それは春夏の見た目が優れている。という訳では無い。

嫌がらせをしてくる佳奈もそれなりに可愛い容姿をしているのだから。


彼女が春夏に嫉妬しているわけというのは、年頃の少女にある恋煩い的な物だ。

佳奈は同級生の翔太を、密かに好意を抱いているのだ。


本来、彼女の方も春夏近寄って話したくないほどに嫌っている。

だけどそれでも話に入ってきたのは、翔太がそこにいたからだ。


本人は自覚していないが、翔太は周囲の女子からモテている。

容姿はカッコイイし、人当たりもいい。それにほかの男子と違って、女子に嫌がらせをしてこないからだ。


姉のいる男の子は小さい頃から姉が中心に行動して、それに振り回されることによって女の子の接し方が普通の男の子と違ってくるのだ。


春夏のクラスメイトで姉を持つ男の子は翔太と、もう1人くらいしかいない。

しかも優しいだけではなく、明るいし、運動神経も抜群なのだ。


そうなれば翔太がモテるのも当然の事だろう。

スカートめくりに、マウント取り、生理痛を馬鹿にしない。

クラスメイトの男たちと違って1回りか2回りは精神的に成長しているのだから。


故に、そんな翔太といつも一緒にいる春夏が羨ましくて憎いのだ。

「翔が好きなら、私に構ってないで告白すればいいでしょうが」


春夏は無論、佳奈が翔太に好意を持っていることに気づいていた。

翔太が近くにいる時といない時では明らかに態度が違っているのだから。


「そんなの恐ろしくて出来ないわ」

告白なんて言うほど簡単にできるものでは無い。

好きな人に想いを伝える時、失敗する時のことを考えてしまう事が多いからだ。


臆病になってなかなか勇気が踏み出せない。

しかもその好きな人の近くに、いつも一緒にいる異性がいる。


それを見ると余計に失敗するリスクを考えて何も行動が出来なくなってしまうのだ。

だけど、それが理由で危害を加えられると、やられている方はたまったものでは無い。


「告白もしてない、臆病風吹かしておきながら近くにいる私にちょっかいばかりかけるのやめなさいよ。はっきりいって迷惑だわ」


春夏の言うことは正しかった。

ただただ失敗することを恐れて、近くにいる同性に八つ当たりする人間にイラつくのは当然だ。


だけど、佳奈はそんな事を気にせず、まるで自分が正しいとでも言うかのような、言葉を返してきた。


「私の気持ちも知らないくせに、知ったようなことを言わないでよ。あなたは彼の近くにいつもいるからいいでしょ。でも私はただのクラスメイトというだけしか接点がない」


今まで落ち着いていた彼女は、今怒りを顕にしている。

「近くにいるから、家族ぐるみで仲がいいから。あなたは普通に話すことが出来て、だけど私は」


恋する乙女、好きな男の子を前にすると上手く話すことが出来なくなってしまうのだ。

さっきのだって、翔太の周りに2人の同性がいたから入っていくことが出来ただけで、2人きりで話をするのが照れくさくて出来ない。


「私はあなたと違うの、一緒にしないでよね」

そう言って立ち去っていく佳奈。


そんな様子に春夏は呆れていた。

好きな人を前にして会話ができない。だからといって勇気を出さずにそのまま時が経つのを待ち、いつか仲良くなろうと思っている様子だ。


そんなのは逃げだ。好意を持っているなら勇気を出さないと現状を帰ることが出来ない。

「告白できないからって、私に嫌がらせしているようなら、その恋は絶対に実らないわよ」


そう思う春夏だった。

それから、翌日の学校生活。突然佳奈が学校に来なくなった。

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