3部 5話 拐われの樹海
2体の妖怪の首を跳ねて、妖石玉を回収した拓狼は足早に、人払い妖怪の巣窟になっている森へ向かう。
これ以上の犠牲を出さないようにするため。
『あの馬鹿、アイドルの話はやっぱり罠だっんだ』
春夏か無事か心配になる拓狼。
電車で3駅先の所に山はある。
歩いていくとなると時間がかかってしまう。
電車を使って行こうとしたが、手持ちに余裕が無い。
と、いうより財布をどこかに落としてしまったようで今1円も持っていない
1度家に帰ってみたが、誰もいなかった。
鍵も一緒に置いてきてしまったため家に入れないのだ。
「くそ、母さん出ないな」
スマホで母親に電話をしているが話し中なのか、県外にいるか分からないが、コール音がならない。
「なんで繋がらないんだよ」
雪子の電話番号は知らないためかけられない。
仕方がない。そう思った拓狼は黒い御札を懐から取り出した。
「我に宿る邪悪な根元よ、限りなき混沌よ。我はその力を欲する。我が体に再び甦れ。呪われし力を解放する」
封印を解き、拓狼雄叫びをあげた。
「ウワァアアアオォォオン」
その声とともに妖怪の姿に変貌する拓狼。
人間の最高時速は約40キロ、だけど1学生であり、陸上をしていない人間となると20キロペースで5分間を走り続けるのは無理がある。
だけど狼男化することで拓狼は最高速度は100キロ出せる。
しかも体力も向上し、2時間までなら全速で走ることが出来るようになる。
新月ではなく満月であれば200キロを4時間走ることが出来る訳だが、満月でなくても3駅分なら充分すぎるだろう。
ただ問題なのは、満月だと体力と妖力の回復が早いのだが、新月となるとその効力は10分の1。
現地に着いたとして、戦える力があるかどうかは謎だった。
だけどそれを気にしている暇はない。
のんびりしていると春夏が妖怪に食われてしまうかもしれないからだ。
狼男になった拓狼は、目的の山に30分足らずで到着する。
「ここだな。連れ去った少女を集めている山は」
見ると至る所に妖気が漂っている。
危険の香りの漂う山、というのは霊媒師なら誰でもわかるほどにだ。
いや、山なんて野生の動物も多く生息しているのだから、妖怪だけではない。
あまりの不気味さに血の気が引く拓狼。
春夏を救うために森の中に入ろうとした。
その時だ、殺気を感じて後方に飛ぶ。
すると、目の前に火の矢が、地面に突き刺さった。
「ち、避けられた」
聞き覚えのある声だった。
声の方向に振り向くと、2メートルの崖の上に真凜が巫女のような服を着て立っていた。
それと昼間見た時と違って、真凜の髪色は真っ赤になっている。
「真凜」
「何故私の名前を知っている。気安く呼ばないでちょうだい」
「おい、真凜、俺は・・・」
この時、拓狼の言葉が詰まる。
何故なら、今の拓狼は妖怪の姿。霊媒師の真凜に素自分の正体を素直に答えることが、出来ないのだ。
「私はあんたみたいな妖怪の知り合い、いないわよ」
しかも人間の時の容姿の面影は全くない。まるで別人のように変わっているのだ。
真凜が拓狼に気が付かないのも無理はない。
「この森が怪しいと思って来てみれば、貴方少女達を誘拐した妖怪の仲間ね」
拓狼を誘拐犯の仲間と勘違いしている真凜。
「違う。俺は誘拐された少女を救いに来た」
「言い訳なんて見苦しいわ。火矢」
御札を持って霊術を唱える真凜。
弓が出てきて、矢を引く真凜
「無詠唱だと」
攻撃を避ける拓狼。無詠唱で霊術を唱えだ真凜に驚いている。
「まさか2連続で避けるとは、それならこれはどうかしら。火矢雨」
今度は弓矢をはなった瞬間に無数の火の矢が降り掛かってきた。
避けきれないと判断した拓狼は瞬発力を頼りに致命傷になりそうな弓矢だけを両手で掴む。
12、3本は掴む事が出来たが、それ以外の数本は対処が間に合わず腕や足、頬を掠めてしまう。
「まさか、あの数の矢を致命傷になる攻撃だけを見極めて、キャッチするとは。凄い瞬発力ね」
真凜は拓狼を退治しようしている。
だけど拓狼は真凜と戦うつもりは無い。
今すぐにでも、この場を抜け出して、春夏を助けに行かないと行けないのに、無駄なところで時間と体力を浪費している。
「火炎放射、火矢雨」
今度は炎が放射して、渦のように飛んでくる。
それを避けた拓狼だったが火の矢の雨が追撃で襲いかかる。
『このままだと、いずれ妖気が切れて正体がバレてしまう』
「火矢雨、火炎陣」
真凜は本気で拓狼を殺しに来ているのだ。
霊媒師として1人で妖怪退治をするのに充分なほどの力を有している。
対して拓狼は狼男の力を使い切れていない。
例え拓狼が真凜を殺すつもりで相手をしても、適いそうもなかった。
『仕方がない。この手は使いたくなかったが』
「おい、その位置だとパンツ丸見えだぞ」
ミニスカートの巫女服、拓狼の位置だと確かにパンツが見えている。
それを言われた真凜はスカートに手を当てた。
一瞬だが、真凜の攻撃の手が止まった。
「今だ」
その隙を見て、拓狼は近くある、樹木をなぎ倒した。
倒れた樹木はそのままドミノ倒しで真凜に襲いかかってくる。
咄嗟に樹木を避ける真凜。
だけどその一瞬が仇となり、真凜は拓狼を見失ってしまった。
「くそ、あの変態狼男、どこに行った」
拓狼の作戦勝ちといっていいだろう。
なぎ倒した樹木はドミノ倒しで、倒れるのは分かりきっていた。
なぜなら真凜の攻撃を避ける時に倒す樹木を計算して切り傷をつけていたからだ。
しかも、止まるところは真凜のちょうど目の前になるように。
故に、例え真凜が避け無かったとしても目の前で倒れるように考えて行動していたし、倒れたのは拓狼の狙い通り真凜の立っていた所の 当たらない位置だ。
拓狼は倒れた樹木で真凜の死角をついて逃げたのだ。
妖気を探る真凜だが、近くに妖気を感じられないでいた。
「私としたことが、あの妖怪を完全に見失ってしまった」
真凜は狼男を探すため森林の中を探し回る。
その行動によって、妖気の漂う森の中心部に入ってしまった。
真凜は方向感覚を失い、森の中をさまようことになってしまうのだが、そのことに気づかないのだった。
結界の構造は2重になっていて、人間と妖怪によって同じところでも別空間となってしまうのだ。
実は真凜と拓狼の位置は意外と近いのだが、絶対に会うことは出来ない。
何故なら拓狼は狼男になっていたおかげで妖結界の真の内部に入ることが出来たからだ。
「はぁ、疲れた」
疲労が溜まって、妖怪化を解き人間に戻る。
するとすじじい悪臭が鼻を指した。
嗅いだ瞬間に頭痛と吐き気が襲ってくる。
「な、なんら、ごごの匂ひ(なんだこのにおい)」
鼻を摘む拓狼。
その匂いは、生まれて初めて嗅ぐ人間の死臭だった。
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