3部 2話 転校
時刻は8時28分。
駆け込みで教室に到着する拓狼。
「あぶねぇ。ギリ間に合った」
息を切らしながら席に着く。
「拓狼。遅刻ギリギリじゃない」
「朝から色々あってな。間に合ってよかった」
「全く、時間に余裕を持ってきなさいよね」
そうは言われても朝一で氷漬けにされてから冷えたからだを温めるためにお風呂に入り、そして説教を受ける。
そんなことで小一時間使用してしまったのだから別に遅刻ギリギリに来ようだなんて思っていない。
だから拓狼にとってその言葉は不快だった。
「拓狼。お前今日寝坊したのか」
「いや、そういう訳じゃないんだが」
前の席に座る、佐藤翔平が、拓狼に話しかけてきた。
「ふーん。まあ別にいいけど、それより今日転校生がやってくるらしいぞ」
「転校生、もしかして女子か?」
「そうそう。しかもめっちゃ可愛いらしいぞ」
「なるほどね。だから今朝から男どもが騒いでいるわけか」
クラスの男達が朝からテンションが高い。
可愛い女子が転校してくると聞いていてもたってもいられないんだろう。
「たかが女の子が転校してくるだけで、みんなうるさいわよね。このクラスに女の子って沢山いるのに」
「そういうのとはちょっと違うだろ。どうせ転校してくる女の子と仲良くなったら彼女になるかもとか、考えているんだろ」
そんな事起こる訳ない。
可能性はゼロではないが、彼女なんて転校生じゃなくても、共学なんだから出来るやつは出来ているのだから。
淡い期待なんて持つものでは無い。
「拓狼は気にならないの?」
「いや、俺は興味が無いわけじゃないけど」
転校生という言葉に、ちょっと嫌な予感がしているのである。
「はい、席につけ。ホームルームを始めるぞ」
担任の先生の言葉に、騒いでいたクラスメイト達が席につき静かになる。
「だがその前に、今日は転校生がいるから。紹介するぞ。入ってきなさい」
「はい」
その凛とした綺麗な声に、拓狼は聞き覚えがあった。
教室に入ってきたのはブレザーを着た、増田雪子だった。
「増田雪子です。こんな中途半端な時期に転校してくることになりましたが、皆さんよろしくお願いします」
クラスの男だけじゃなく、女子すらも人形見たいで可愛いと。雪子の容姿を褒め始めた。
男はというと席を立ってハッスルするバカもいた。
「マジで可愛い子来た。テンション上がるわ」
照れくさくなる雪子、だけどクラス全体を見回して拓狼がいることに気がつくと、手を降り始めた。
「あ、拓狼くんと同じクラスなんだ。良かった」
クラスメイトの視線が一斉に拓狼に向けられる。
「あの、増田さんだよね。青龍寺と知り合いなのかな」
「そうですよ。今彼の家で、私はホームステイしています」
それを聞いたクラスメイト達は、拓狼を囲み始めた。
「おい、青龍寺。あの美人がお前の家で一緒に住んでるってどういうことだよ」
「まさか、あの転校生と毎晩あんなことやそんな事を」
「だから先週休みが多かったのか」
「そんなわけないだろ。家には母さんや妹がいるんだから」
「まぁ、そりゃそうだよな」
「だけどコイツの母親。見たことあるけど女優並みに綺麗だぜ」
「あぁ、俺は抱ける。普通に美しい人だ」
「しかも妹はアイドル並みに可愛いし」
「ま、まさか。家族を含めて禁断の4ぴ・・」
「んな訳ねぇだろ。バカじゃねぇのか」
色んな事で騒がれて、朝から疲れることが連発する拓狼。
「ねぇ、拓狼。あの子って昨日言ってた女の子よね。まだ家に住まわせてるの」
「そうだけど。お前、どうした。何で雪子をそう毛嫌いする」
「拓狼。見た目に騙されたらだめよ。あの子普通じゃないわ絶対に」
「やっぱり、お前」
「おい、てめぇら。うるさいぞ静かにしろ。それじゃあ転校生の面倒は拓狼に全て任せた」
担任教師の面倒くさそうな態度、雪子の面倒を拓狼に擦り付けた。
「じゃあ席だけど、拓狼の隣に座ってくれ」
「はい。わかりました」
雪子が歩き、拓狼の席の隣に座る。
「それじゃあ今日のホームルーム始めるぞ」
クラスメイト全員が教師に視線が向く中、拓狼の後ろの席に座る真凜が雪子の背中を叩いた。
「あ、あなた昨日の」
「放課後、屋上に来なさい」
小声で耳元に囁く真凜。
雪子は全身震えていた。
「おい、どうした。そんなに震えて」
「い、いや。何でもない」
雪子を見る真凜の表情は形相で、まるで親の仇を見るかのように睨み付けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
放課後、真凜の言われた通りに屋上に向かう雪子。
階段を上がる途中に全身が震だった。
まるで蛇に睨まれた蛙のような。そんな悪寒がしたのだ。
「何これ」
最上階から繋がる階段の途中から、結界が貼ってあり、雪子はその中に足を踏み入れてしまったのだ。
屋上に上がると真凜が中央にたっていた。
「これはどういうことなの」
雪子は屋上に上がった途端、明らかにおかしい光景を目の当たりにした。
「人がいない」
放課後の屋上なんて誰も立ち寄る人がいない。
それは当然のことだ。
放課後なんて部活に行くか、帰宅するかの生徒のどっちかに分かれる。
屋上なんて立ち入り禁止にしてるのだから生徒がいないのは当然のことだ。
だけど問題はそこでは無い。
何が変なのか、それは屋上から見下ろした光景に生徒の姿が無いということ。
グランドは野球部やサッカー部が練習のため晴れの日の放課後には必ず部活動を行っている。
テスト前では無いのに、誰もいないなんておかしな事だ。
「ここは、結界。裏の世界よ」
「裏、何を言っているのかしら」
「地面に映る影、この世界はそこ影の中の世界、他の人々は影の中。表側にいるわ」
「影の世界」
「今、グランドに誰もいない。だけどグランドに影は見えるでしょ」
真凜の言う通り。グランドの地面に人影だけが無数にある。
「表の世界で今ごろ部活動をしているわ。だけど表の世界で起きる事をこの影の世界では影でしか判断出来ない。その逆も、影の中の世界で起きることは表の世界の人間は誰も見ることが出来ないわ。こんなことをしてもね」
真凜が火の刃を飛ばし、雪子の頬をかすり、手すりの1部を切り落とした。
その手すりはグランドの上に落ちるが、誰もいないこの世界で怪我をする人間なんていない。
「例え、策を今のように壊しても、表の世界に戻ればまるで何事も無かったかのように元に戻っているわ。ただこの裏の世界で起こった戦い、影の世界で命を落とせば表の世界で死ぬ事になる」
「まさか、私を殺す気かしら」
「これ以上拓狼のような一般人を巻き込まない為に、とくに拓狼は自分のことより人のことを大切にする人間だから。あなたのような妖怪と関わらせるわけにはいかない」
真凜は、胸元から御札を取りだした。
真っ白な背景に赤い文字で書かれた御札を。
「私だって簡単に殺される訳にはいかないのよ。氷菓と氷蘭。力を貸して」
雪子の指輪が、刃渡り30センチの双剣に形を変えた。
戦闘態勢を取った真凜と雪子。
2人の殺気が屋上の闘志を変えた。
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