3部 1話 新たな生活

週明けの月曜日。

目覚まし時計で目を覚ます雪子。

見慣れない天井に見慣れない家具、そして柔らかいベッド。


今までと違う朝に一瞬困惑したが、ここ一週間の出来事を全て思い出した。

命を狙われている時、拓狼という同い年の男の子に助けられてからその少年の家で、寝泊まりさせてもらえることになった事。


そして自分が半妖であるというまるで漫画の世界のような真実。

全てを把握してから立ち上がる雪子。

「そっか、これから私は新たな土地で新たな人生を歩み始めるんだ」


寝巻きを脱ぎ、下着になる雪子。

そしてタンスに手を掛け、上着を取ろうとしたその時。

ガチャリという音と同時に拓狼が部屋に入ってきた。


「あ、今日から学校か、めんどくさい。・・・・あ」

下着姿の雪子を見た拓狼、2人ともその場で固まる。

まるでここだけ時間が止まったかのように。


「あれ、俺の部屋。あ、そうだ。昨日変わったんだったんだ」

「キャアァアアア」

「ちょっと待ってくれ、覗いたのは悪かった。わざとじゃなかったんだから冷凍付けにするのは止めてく・・・・れ」


「あ、ごめんなさい」

「は、はやぐ氷のなががらだじでぐれ。ざ、ざむくてごごめじにぞう」

「朝っぱらから何やっているのよあんた達は」

あたふたしている雪子、花子は熱湯を持ってきて拓狼を囲っていた氷を掛けて溶かすのだった。


「拓狼、貴方って子は1度ならず2度も女の子の着替えを覗くなんて」

「何も言う言葉がありません」

朝から説教を受ける。


「まあ、部屋を変えた私の責任でもあるけど、気おつけなさいよ」

「そう言えば母さん。なんで部屋を変える必要があったんだ」

普通に考えれば部屋を変える必要なんて無いように思える。


だって父親の部屋をそのまま雪子に開け渡せば良かったのだから。

「お父さんの部屋と春夏の部屋はね、妖怪を寄せ付けなくする結界が張ってあるのよ。拓郎は半妖だったから結界を張ると逆に体に支障が出てね、部屋に結界を張ってないの」


雪子は半妖でしかも妖気を封印していないから部屋に入るのにリスクがある。

「なるほどね」

「まあ、雪子ちゃんにあげた御札。それさえあれば普通に部屋に入れるとは思うけど、ふとした拍子に壊れて外れるかもしれないから念の為にね」


部屋に張った結界は夜な夜な妖怪に襲われないためのいわば防護である。

だけど拓狼だけはその結界を部屋に張ると色々支障が出たのだ。


子供の頃突然体全身が燃え始めたりして、それで急遽結果を解いたらおさまったのだ。

「今俺が父さんの部屋にいても大丈夫なのか」


「それは問題ないわよ。子供は体がまだ未成熟だから妖気を出してなくても妖怪の遺伝子が結果的に、体を傷つけられていたようで成長した今じゃ耐性があるから結界の中にいたって体は傷つかないわよ」


「なるほどね。子供の時、春夏や父さんの部屋に入った時、気持ち悪くなっていたのはそれが理由なのか」

「今じゃ気持ち悪くなったりしてないでしょ」

それが耐性が出来たという証拠である。


「じゃあ父さんの部屋の結界を解けばいいだけじゃないのか」

「結界を10年張っていたら、例え解いたとしてもその部屋は霊気の塊、そこに雪子ちゃんを入れてしまうと最初は御札が守ってくれるかもしれないけどいずれ御札の効力が切れて最悪体が消滅するかもしれないのよ。霊気が完全に消えるまで1年以上かかるから」


つまりなし崩しで拓狼の部屋しか無かったということだ。


〚少女の行方不明事件が多発、今月で30件近く発生しています〛

話の途中だが、テレビのニュースが耳には入ってきた。


〚行方不明になった少女は10歳近くの子が多く、一ヶ月前から発生した事件ですが今のところ全く足取りを掴めておりません〛

「物騒な世の中ですよね」


行方不明事件は極たまに報道されているが未成年の女の子がいなくなる事件というのは不愉快でしかない。

「母さん。春夏は」


その事件を聞いてか、拓狼は妹のことが少し心配になった。

「もう朝食を食べて学校に行ったわよ」

「そうか、このニュース見ると不安だな」


「隣の家の隼也くんと一緒に学校に行ってるから大丈夫よ」

そう言って、机の上にサラダと目玉焼き、食パンをのせる花子。


「それよりも、今日から学校でしょ。早くご飯を食べて学校に行きなさい」

「あ、そうだった」

机の上に並べてある朝食を急いで食べる拓狼。


時刻は8時10分。朝礼は8時半からなので急がないと遅刻してしまう。

「ご馳走様」

飯を一気に口に入れて家を飛び出す拓狼。


「さて、雪子ちゃんもこの服に着替えて」

「それは、もしかして」

花子が持っていたのは拓狼が通う学校の制服だった。


家を出ると、何時もは待ってくれている真凛がこの日はいない。

週明けの月曜日は、日直だから。真凛は早く家を出たのだ。


何時もなら8時になっても家から出てこない時、わざわざ家のインターホンを鳴らして迎えに来てくれるのだが、この日はそれがない。


このままだと遅刻だ、そう思って全力で道を走る拓狼。

その時だ、曲がり角の先で誰かと接触した。

「いて、誰だ」

「す、すみません」

拓狼とぶつかったのは同じ歳くらいの髪が逆立った少年だった。


「急いでたもので」

「そうか、こっちこそごめん。ところで君」

「え、何」

「ここ数日の内に変な人間を見かけなかったかな」


「変な人間?」

「そう。見た目は綺麗な女なんだけど、髪が真っ白で、氷を作ることの出来る。そんな変わった人間に」


「い、いや。見てないけど。」

少年の探している人間を拓郎には心当たりあった。間違いなく雪子だろう。

「その雪女がどうしたんだ」


「数日前に、夜で歩く少女を氷付けして連れ去るところを見てな。俺はココ最近少女行方不明事件の犯人はその彼女だと思って追っているんだよ」

とても信じられない話だ。

雪子がそんなことをする人間だなんて思えないからだ。


「へぇ雪女、妖怪が少女を誘拐ね」

「お前、妖怪なんて話よく聞くな。普通ならこんな話を聞いて適当に足らうと思うんだが」

「いや、まともに聞いてるわけないだろ。妖怪なんておとぎ話じゃあるまいし」


「だよな。初対面なのに変なこと言ってごめん。その様子から見て、知ってるかと思ったわ」

「いやいや、知らないよ」

「悪い邪魔したな」


そう言って不気味な笑で立ち去っていく少年。

拓狼は一体何なんだと思いながら雪子の事が気になった。

本心を隠して騙そうとしているようには思えないだけど、探らないといけない。そう思うのだった。


立ち去っていく少年の不気味な笑み。

手がかりを掴んだからこそ、その顔をしているのだ。

拓狼の自ら掘った墓穴。

それに気づくのは随分先の事だった。

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