2部 4話 亡き父の意志

雪子を再び乗せた青龍寺家の車。

コンビニからわずか5分、有料駐車場に車を止めて2〜3分歩くと雪子が生まれて育って16年間住んでいたマンションにたどり着く。


「朝お電話頂いた青龍寺さんですね」

入口の前にはマンションのオーナーである40代の男が立っていた。

「今朝突然の連絡なのに、対応していただきありがとうございます」


「いえいえ、大丈夫ですよ。それでそこにいる女の子が増田さんの娘さんですね」

「初めまして」

マンションのオーナーとの賃貸契約は雪子の父が行っていたから会うのは初めである。


「君のお父さんとはマンション契約だけじゃなく釣り仲間でね。よく君の話を話を聞いていたんだけど、増田さんの言っていた通り、アイドル顔負けのべっぴんさんだね」


「いえ、そんなことは無いですよ」

謙遜する雪子。

「父とは喧嘩ばかりで高校生になってからまともに話してなかったです。まさかこんな形でお別れするとは思っていませんでした」


16歳ならば思春期真っ只中であり、女の子なら父親の事を1度は嫌いになるのが当然のことだろう。

何故なら10代中半を迎えれば体が子供を作るのに適した体づくりをし始める。


だけどその歳を迎えた時、親の年齢はどんなに若くても30代を超える。

そうなれば加齢臭が漂うため、父親を生理的に拒否してしまうのだから。


その他にも家にいないことが多く、帰ってきたら疲れて寝ている。それを見て情けなく感じてしまう。

故に全てではないが、ほとんどの家庭で起こりえる事だろう。


そんな思春期の娘と父親の2人暮らしとなれば、喧嘩はよくしていた。

故に、拓狼はひとつの疑問が湧いた。

「殺人事件で警察も関与したんですよね」


「もちろん。警察の調べも入ったよ」

「それじゃあ、彼女には気を悪くさせる質問で申し訳ないけど、父親の殺人犯として彼女が捜査線状に上がらなかったのですか」


拓狼の質問は普通に考えれば最もな言葉だった。

普通は妖怪なんて誰も信じない。

思春期の娘が父親に対して殺意が湧いて殺したと考えるのが普通の考えだろう。


つまり雪子が第1の容疑者となる。だけど。

「それは無いよ。もちろん増田さんの娘さんが容疑者として話が上がったけど、それは無理だって判断になったんだ」


「それは何故ですか」

「今から説明するよ」

真っ先に容疑者として浮かび上がったのは雪子だが、無理だとされたのは鑑識が遺体の状況を確認した上での判断だ。


雪子の父の死体は首や手足、5体がバラバラに切り裂かれてた。

引き裂かれた部位は全てが一刀両断であった。


つまり、切られたところ全てが1振りで切り落とされたということである。

まず一般の家庭でそれが出来る凶器が置いてあるわけが無い。


戦国時代ならともかく、このご時世、人の体を切断する刀が置いてある家なんて、市内探して1世帯いるかどうかだろう。


突発的な殺意で父親を殺したなら、普通は包丁を使って刺すのが一般的だ。

首を絞めて殺害する場合は男女の力の差で逆転される、実の娘でも殺されたかけたら抵抗するに決まっている。


だけど、その包丁の殺傷痕がない。

計画的に犯行するとしても刀の入手なんて高校生がやるのは無理に決まっている。


そして彼女が殺人犯事ないとされる1番の理由は成人男性の体を一刀両断出来る力が普通の女子高生に無いということだ。

体の部位を切り落とそうとした場合、刃物で何度も斧のように切りつける必要がある。


だけどその何度も切りつけた痕跡がない、そしてこの一刀両断出来るであろう凶器を使うのは普通の女子高生には力が足りない無いということ。

人の体を切り落とすならば刃渡り30センチ以上で重量15キロ以上あると推測する。


女子高生、いや一般男性であっても、凶器を持ち上げられたとして、狙ったところに振り下ろせるかは別の話だ。

剣術をやっていない人間にこんな芸当は不可能だ。


「警察も一様色々調べてから容疑者を特定するからね。君は犯人に追われて隠れ住んでいるか犯人に監禁されてるか、殺害されているという風に考えて今は調べているようだね」


「そうですか」

「それじゃあ彼女が住んでいた部屋まで行こうか」

マンションのオーナーに案内され、エレベーターにのり、最上階の8階まで行く。


・・・・・・・・・・・・・


8階の1倍奥の部屋、それが雪子の住んでいた家だ。

「鍵は取り換えてあるからもうその鍵は使えないよ」

鍵を取り出した雪子に男が口を出す。


男が取りだした鍵で部屋を開けると、中は新居同様のもぬけの殻になっていた。

「悪いけど業者に頼んで、もう全て持って行ってもらった後だから、何も無いよ」


床や壁は綺麗に張り替えられている。

雪子が暮らしていた部屋たった。

だけど、ここはもう誰かが住んでいた痕跡が無くなっていたのだ。


「ゴメンね、私独断の考えで使えそうなものや大切そうな物が取っておいてあるけど。ダンボール2つに入る分しかないんだ」


雪子は靴を脱ぎ部屋の奥へと向かった。

「ここが私の部屋で、ここはお父さんの書斎。ここがリビングでお母さんが生きていた時はここで家族みんな仲良く談笑していた」


そう言って思い出に浸りながら部屋の中を歩き回った。

「お母さんが死んでからお父さんと一緒にご飯することが嫌になって毛嫌いするようになった」


雪子から後悔の表情がにじみでている。

ウザイと思っていた父親に、もう二度と会えなくなってしまったのだから。


「こんなことになるんだったらもっと色々話したかった。お父さんに酷いことばかりして、嫌な言葉を沢山、口に出して」

どんなに過去のことを悔やんでも時を戻す方法なんて存在しない。


父親に対しての行動を反省して落ち込んでいる雪子に男は言葉をかけた。

「そこに置いてあるのが最低限回収した物だ」


ダンボールの中は子供の頃に買って貰ったぬいぐるみやアクセサリー、捨てるのが面倒くさくて取っておいた雑貨品だが、今となっては亡き父が自分のために買ってくれた思い出のある代物だ。


そしてアルバムと、雪子へと書かれた封筒が入れてあった。

その封筒の中を開けると1枚の手紙が、入っていた。


「これ、もしかして」

「君のお父さんからの手紙だ。君が未成年のうちに自分が事故や何かで死んだ時のためにと残した最後の手紙だよ」



受け取った手紙の中身を確認する雪子。

「これ、お父さんの字」

雪子は中の手紙を読んだ。


『拝見、雪子へ。

この手紙を読んでいるということはおそらく何かしらの事故や事件に巻き込まれて、成人前にお前を残して俺が他界したのだろう。


いつ、この手紙を読んでいるの分からないが、これを書いている時はお前が小学5年生でお前の母雪菜が亡くなった一週間後だ。


今お前はいくつになった。もし中学生や高校生になっていて、俺の事をウザイかったり、汚ないとか思って俺の事を嫌いになっている時かもしれない。


それで雪子、もしその時に俺が死んだのなら最初は迷惑な父親がなくなって喜んでいるかもしれないが、その内後悔に変わってくると思う。


それはお前が一人で生きていくのが辛く感じた時だろう。俺だって16の頃に両親が他界して同じことを思ったからな』

雪子の父親は高校生の時に両親、雪子にとっての祖父母が交通事故で無くなっている。


車に同乗していた年子の妹も含めて。

『だけど、親になって今お前に言いたいことがある。それは雪子が思春期で俺に対して冷徹な態度をした事を親不孝だと思わないで欲しい。


何故なら年頃になればそうなるのは当然だ。お前は今自立しようと足掻いている時期であるからそれは大人になるために必要な時期。


雪子ができる1番の親孝行はお前が幸せになることそれだけだ』


「お父さん」


『将来どんな男と一緒になるか分からないが普通の家庭を築いて、子供を作り幸せになる。それ以上にお前に望むことは無い。後悔があるとすればお前の結婚式にバージンロードを一緒に歩けない事、娘の幸せの門出を一緒に祝うことが出来ないのが悲しい。だけど、幸せになってくれればそれでいい』


娘を持つ父親にとって美しいドレス衣装を着て一緒に歩くことはきっと一番幸せなことだろう。

『この手紙は雪菜が亡くなってからすぐに書いたものだが、お前が笑顔を取り戻してきた今の生活を、不幸とは思えない。どんな結末になっても。


ちなみに会社が休みを取らせてくれたから、5年生の雪子と明日、泊まり込みで東京のテーマパークに行くところだ。今の私にとっては未来の事だが、この手紙を読んでいるお前にとっては過去の事だろう。この手紙を読んでいるお前はこの出来事を覚えているか』


雪子はこの時の出来事を思い出した。

母がなくなって寂しかった時期に、父親が無理をして2日間休みを取り、世界的に有名なテーマパークに連れて行ってくれたことを。


それはたった2日の出来事だったが何があったか今でも鮮明に記憶にある。

平日に休みを取ったため、普段は2時間以上待つアトラクションに10分足らずで乗れて、2日間を充分に遊び尽くした。


「楽しい事ばかりしたと思う。お前が笑顔出いてくれればそれで満足だ。だからいつも明るく笑っていてくれ」


父の手紙は途中だが、雪子は手紙を読めなくなっていた。

(お母さんがいなくなって寂しかっただろ。雪子がずっと来たかった遊園地だ今日は充分に遊びつくそう)

(うん。ありがとうパパ)



雪子の頭に思い出が過ぎり始めたのだ。

(いつも仕事で家にいてあげられなくてごめんな)

(大丈夫だよ。パパがいれば私寂しくないから)


その小学生の頃の思い出の後に頭をよぎったのは父と過ごした日々。


(雪子もついに中学生か、制服にあってるな)

(そうかな。ちょっとは大人らしくなったかなお父さん)

(あぁ。成長したな)

中学入学の時の思い出。


(お父さん、私の洗濯物入っている時は一緒に入れないでって言ったでしょ)

(あ、悪い。疲れてて確認するの忘れてた)

(最低、いいよ。私のだけもう1回洗うから)

思春期で父親の服と一緒に現れた時の嫌な出来事。


(こら、雪子。いつまで外にいるんだ。7時には帰ってきなさいっていつも言ってるだろ)

(うるさいな。子供扱いしないで、もう16歳なんだから)

(お前のことが心配なんだよ)

(はいはい。もう耳だこが出来てるよその言葉)

門限を破った時に叱られたこと。


(おい、雪子ご飯できたから食べなさい)

(いらない。父さんが作った料理なんて、汚くて食べたくない。私はカップラーメンがあるからいいわ)


(カップラーメンばかり食べるのはやめなさい。体に悪いぞ)

(いいよ別に長生きしたいと思わないし)

父が作った料理を食べずに別のものを買い食いした時のこと。

酷い時は父の料理を目の前でゴミ箱に捨てたこともあった。


『どんなに辛いことばかりでも、楽しい事は必ず起きる。だから頑張って生きて欲しい、それが父である私の最後の願いだ』


「お父さん。私、お父さんの苦労を何も分かってなかった。自分勝手に今まで生きて、それでも私のことを見捨てずに、しかも幸せになって欲しいって・・・」


雪子の目が潤んできた。

ダンボールの中にあるネズミぬいぐるみを箱から出した。

それはテーマパークで父に買って貰ったマスコットキャラの物だった。


「すみません。しばらくの間、この部屋で1人にして貰ってもいいですか」

花子は雪子の心情を悟って頷いた。

「いきましょう。拓狼、部屋から出るよ。管理人さんもすみませんが彼女の言う通りにして貰ってもいいですか」


「はい。いいですよ。色々溜まったものを吐き出したいのでしょう」

雪子1人を残して部屋から全員出ていく。

扉の閉まる音がすると、雪子はぬいぐるみを顔に当てて感情の丈を思いっきり発散させた。


「ごめんなさいお父さん。本当に、本当に・・」

まるで子供のように大声を上げながら泣き叫ぶ雪子。

どんな事をしても父は戻ってこないし、二度と会話をすることも出来ない。


父親がいなくなってから1ヶ月の間、命を狙われ、普通の生活もままならなくて、緊迫状態だった雪子。

命を狙われる事が一旦無くなったからこそ、父親の死に対して向き合うことが出来て、初めて父親のありがたみがわかったのだった。

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